第12話


「あら、もう帰るのね」


「は、はい! とても残念ですが、あまり遅くなるわけにもいきませんので失礼します!」


 私服姿も綺麗とカッコ良いの合わせ技を叩きだす文さんに、四月一日わたぬきさんの声が震えている。

 僕としても本音を言えば久しぶりに文さんと話をしたかったが、そのために四月一日さんを一人で帰すという選択肢を選ぶつもりはなかった。女装を解除して、いつもの平凡な僕になる。これで帰り道の安全も確保できた。主に僕の安全だね。


優馬ゆうま君も今度はゆっくりと話しましょう。優子ゆうこひさしに宜しくね」


「分かりました」


 送り狼されるなよ、と笑えない真司しんじの言葉を背に受けて、僕と四月一日さんは真司たちの家をあとにした。

 紅く染まる夕暮れ時に、僕と彼女の影が長く並んで伸びていく。会話がないのは、あたしが僕に戻ってしまったから、そして、四月一日さんが食い入るように僕の顔を覗き込んでいるから。


「別に良いんだけど、転ばないでね」


「実際にビフォーアフターを目の前にしても信じられません」


「化粧の腕だけは必死で磨いたから」


 彼女の願いもあって、居間で女装を解除した。

 普段は人前でメイク関連のことはしないので、見られながらすることには抵抗があったけれど、必死で嫌だと言うほうではないのでどうぞ、と披露した。


「化粧を始めたきっかけとかはあるんですか?」


「え? うぅん……? 憧れ、かなぁ」


三日月みかけくんと真子まこさんのお母様にですね」


「そうだね」


 真司と真子からすれば滅多に会えない母親というのはあまり良い面ではなかったかもしれないが、余所から見れば、たまにしか会えないカッコ良い女性とマイナス面がプラスに変わる。

 子どもながらに家の中でも常に仕事を抱えていた文さんに憧れを抱いたのは事実だ。抱いた憧れが、彼女に近づきたいという欲求に変容したのは小学校高学年くらいだったかもしれない。


「一番最初は母親の化粧品を勝手に使ってものすごく怒られたよ」


「あはは、それ、私もやったことありますよ」


 初めての女装は女装とも言えないただの落書きだった。

 母に怒られたことよりも、鏡に映った自分の姿にひどく落ち込んだことを覚えている。あの時、確かに僕の心は何かに殴られた。


「すぐに母親に相談してね」


「お母様もものすごく動揺されたでしょうね」


「してたね。してたけど、まあ、受け入れてくれたよ」


 近づきたい相手が文さんだったことも許してくれた理由の一つだったかもしれない。母と父、そして文さんは幼い頃からの幼馴染。僕と真司、真子と同じで兄妹のように育ったらしい。

 母は父と結ばれて、そして、文さんは家の都合で真司たちの父親と結婚した。真司曰く、夫婦仲は良いそうなので、別にこれは悲しい話でもなんでもない。


「学校が終わればすぐに化粧の練習して、真司には隠れて真子と女声の特訓もしたんだよ」


三日月みかけくんに黙っていたのは、やっぱり言い難かったからですか?」


「いや? そもそも女装のことは言ってたしね。単純に、女声で最初に騙す相手を真司って決めてたから黙ってただけ」


「仲良いんですね」


「その返しをしてくれる四月一日さんが素敵だよ」


 真司に普段見せていた女装とは毛色の違う女装をして、偶然を装って真司に近づいた。

 実験は見事に成功して、完全にあいつを騙し切った時は真子とハイタッチを交わして、真司とは拳を交わし合った。


「だから女装している時の声も違和感がないんですね」


「通算で六年以上やってるからね。その辺の芸人にだって負けないよ」


 女装目標を文さんにしていることも功を奏した。少しハスキー気味な声は、僕の女装姿にぴったりとフィットしている。


「声変わり前からそんなことをしているせいか、地声が若干高いんだけどね」


「普段の声を意識していなかったので気付きませんでしたが、確かに少し高いですね」


「本当に女装している僕が好きだということが伝わるコメントをありがとう」


「どういたしまして!」


「決して感謝はしておりません」


 すれ違う男たちが、四月一日さんを見てため息を零し、僕を見て二度見する。どうしてお前がそんな美少女と? 彼らの目が口ほどにモノを言うが、彼女の中身を見ても君たちは同じ目が出来るかな。


「仮に付き合ったとしてさ」


「十八歳になったら結婚しましょう」


「違う違う」


「遊びで付き合うつもりなんてありませんよ! これでも私は誠実です!」


「重いことは伝わっているから話をさせて」


 軽々しく遊びとか、誠実とかを口にしないでほしい。断片的に聞こえてくる内容で周囲が僕のことを冷ややかな目で見てくるから。


「仮に付き合ったとして、僕はずっと女装していないといけないのかな」


「女装姿がお好きなんですよね?」


「好きだよ」


「では。と、言いたいですがずっとと言うつもりはありませんよ」


 四月一日さんが笑う。

 夕日に照らされて、彼女の頬が紅く染まっている。


「私は私の好きという気持ちに正直に従っています。ですので、正直に女装してほしいとお願いします。ですが、それは強制では決してありません」


「そうだね」


 女装が好きだ。

 女装姿のあたしが僕は大好きだ。


 だからといって、常に女装していたいわけじゃない。僕は僕に自信はなくても、決して嫌っているわけじゃない。


「あくまでもお願いです。そのなかで、二人の良い位置を見つけていきたいと思っています。それが、お付き合いするということではないでしょうか」


「要望は伝えつつ、無理やりは駄目だと」


「伝えすぎることも、伝えなさすぎることもコミュニケーションとしては失格だと思いますので」


「なるほどね」


「もしかして、私の気持ちを受け取ってくれる気になったのですか!!」


 輝く瞳は、とても魅力的だったけど。


「ちなみに、最初に僕の正体をストーカーして突き止めたことはその過ぎには含まれないのかな」


「……、あ、見てください。大きな入道雲!」


「その返しをしてくれる四月一日さんが素敵だよ」


 交際をコミュニケーションだと彼女は言う。

 だとすれば、僕はまだ彼女との付き合い方を模索していかないといけないのだろう。

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