第11話


「これには語るも涙、聞くも涙の物語が」


「はいはい、いい加減四月一日わたぬきさんで遊ぶのはやめなさい」


「あら、彼女は優馬ゆうま君の良い人だったかしら」


「違いますけど、クラスメートがおもちゃにされているのを見過ごす男にはなりたくないもので」


「その恰好で言われてもよ」


 真司しんじ真子まこの家で今日も勉強をしていれば、とても珍しく二人の母親であるふみさんが帰ってきた。

 友達の家で勉強していて、その母親が帰ってくれば普通はただ挨拶するだけで良かったのだけど、姿を見せた文さんは、なぜかあたしとそっくりの顔をしている。その事実に四月一日さんの頭はクルクルと大忙しになっている。


「簡単な話で、あたしが女装するときの手本にさせてもらっているだけよ」


「手本……、だけで、こんなにも似るものなのですか」


「そもそも、あたしに僕の面影とかないでしょ」


 綺麗は作れる。

 化粧や服装、髪型で多少のことは誤魔化しが可能なのよ。あたしは綺麗なものが大好き。そして、身近で最も綺麗な女性が文さんだった。

 で、あれば、文さんを目指して女装するのはあたしにとっては当たり前のようなもの。結果として、そっくりな見た目になってしまったというわけね。


「正直、真子より優馬のほうが母さんに似ているもんな」


「似ているというか、生き写しのようなのですけど……」


「優馬君が大きくなって、ますます似てきたわね」


「これ以上背が伸びてくると女装がやりにくくなるんですけどね」


 信じがたい気持ちは痛いほどよく分かる。

 あたしだってようやく最近になって自分で満足できるレベルの女装が出来て来たときは本当に嬉しかった。四月一日さんには悪いけれど、信じてもらえないということはそれだけあたしの努力が無駄じゃなかった証明になる。


「正直驚いて……、あ! すいません! 自己紹介もせずに! 私、四月一日わたぬき佳苗かなえと言います! みなさんのクラスメートで、優馬くんに絶賛アタック中です!」


「へえ……、やるわね」


「一目惚れしました!」


「良いじゃない、優馬くん。こんなかわいい子に好かれるなんて、嬉しいでしょ」


「ノーコメントでお願いします……」


 嬉しくないわけじゃないけれど、それ以上に怖いのよ。

 それを文さんに言えば、男の子なんだからしっかりしなさいと叱られる未来しか見えないので口には出さないけどね。


「男の子なんだから自分の意志はしっかり持ちなさい」


「すいません……」


 口に出さなければ出さないで叱られてしまう。

 滅多に会わないといっても、両親と幼馴染であれば付き合いだって長いので、文さんもあたしのもう一人の母親だ。頭は決して上がらないのよ。


「大丈夫です、お母さま! 私が必ずや落としてみせますので!」


「ますます気に入ったわ」


 四月一日さんがものすごい速さで文さんを攻略していく。

 真司も面白がって助長させるし、真子は助けてくれないのでまさしく孤軍奮闘である。しかも、相手が文さんであれば負けが確定している戦いだというのだから涙が出てきそうだ。


「母さんも帰ってきたし、今日の勉強会はこの辺で終わるか」


「あら、もしかして邪魔したかしら」


「んにゃ、むしろ良いタイミングだったよ」


「そうですね、確かにもう日も暮れてきましたし」


「ぃやったー!!」


「女装口調を保てないくらい嬉しいのかよ、お前」


 もろ手を挙げて喜ぶ僕に真司が呆れた視線を送ってくるけれど、そんなことを気にしている暇はない。さっきまで敵と言ってごめんなさい。文さん、いえ、文さま! 貴女は僕の女神様だ!!


「私と五月乙女くんだけ延長しましょうか」


「むしろ泊まってくれても良いわよ、親御さんには私のほうから言っておいてあげる」


「…………」


「優馬くんの勉強嫌いはどうにかならないものかしらね……」


 あんまりな提案に無言で首を振り続ける僕に、文さんが頭を抱える。

 一度でも終わりが見えた途端にまた勉強再開だなんて心が持たない。それこそ発狂して叫び出してしまいそうだ。


「四月一日さんという強力な助っ人も居るみたいだから、これ以上私の口からは言わないけれど、将来のためにも勉強はしておくべきよ。それじゃあ、私は着替えてくるから」


 二階にある自分の部屋に歩いていく文さんの後ろ姿は、僕の理想だ。女性でありながらもカッコ良さを併せ持つ背中に僕は幼い頃から惚れ込んでいる。

 そして、それは僕の女装姿に惚れこんだ彼女も同じだったようで。


「……、く、人妻……っ!」


「貴女も業が深いわね……」


「ていうか、惚れてるって豪語している相手を目の前にしてよく言うよ」


「……豪胆」


 爪を噛み締めるほど悔しがる四月一日さんの横顔には、学校一の美少女という肩書は消え去っており、彼女が欲しい非モテの陰キャ男子のそれが隠されることなく表に出まくっていた。


「こ、こほん。それはそれこれはこれと言いますか。プリンが好きでもハンバーグが嫌いではないといいますか」


「だから、それは普通男側が言う台詞だからね?」


「知れば知るほど、俺、四月一日と仲良くなれる気しかしてこない」


「……こちら側の人間」


 その後も、言い訳を続ける彼女だったが、文さんが私服姿になって降りて来た途端に視線がそちらへ勢いよく向いたため、言い訳などまさしく空しく綺麗さっぱりと霧散していく結果となるのでありました。

 まあ、文さんは綺麗だからその気持ちはよぉく分かる。共感して良いのかまでは知らないけれどね。

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