第10話
「休憩させてください……」
「この問題まで解けたら休憩にしましょうか」
「今やっている問題の2ページ先に見えるんだけど」
「もっと先の方が良いですか?」
あたしの作戦に問題があったとすれば、
少しだけ違うのは、いつもより四月一日さんの距離が近いことだけど、これは嬉しくもあるようで恐怖でもある。
「これで……、解けたと思う」
「正解です! ご褒美にキスして良いですね」
「せめて、ですか? と聞いてちょうだい。あと、駄目です」
学校一の美少女に口付けを強請られるとか最高じゃねえかと言う奴。それを喜んで受け取れないからあたし、というか僕はいままで彼女がいないんだ。
「無許可で桃色展開するなよ、人の家で」
「では、
「良いぞっ!」
「ありがとうございます!」
「あたしの味方はどこにも居ない」
「……がんばれ」
「
「……四月一日さんが」
「知ってた知ってた」
あたしを追い詰めているようで、会話することでの休憩時間を捻出してくれている真子には感謝を、ただ楽しんでいるだけの
すでに普段のテスト勉強の数倍量を終えているから、平均点はクリア出来る気しかないんだけど、それを四月一日さんに伝えても信じてくれないのよね。好きな相手の言葉は信じなさいよ。
さすがに2ページ分も問題集を解かないと休憩なしは心が折れるので、
彼女は和服が好きなくせに、食べ物は洋風が好きなのよね。そして、料理が上手。まあ、紅茶にそこまで差が出るのかあたしの舌では判断がつかないけれど。
「ところで、随分とおうちを使わせて頂いておりますが、本当に良かったのですか?」
「ああ、良い良い。どうせ親父もお袋も遅くまで帰ってこねぇし」
「……お父さんに許可はもらっている」
「せめて御挨拶だけでも、と思っていましたがその分ですとお会いすることは難しいようですね」
「二人の両親は、あたしも滅多に会わないしね」
「そうなんですか? それこそ毎日のように会っていると思っていました」
「俺らは
双子の母親とあたしの両親は幼馴染で、真司たちが小さい頃はほとんど毎日うちで預かっていた。それだけ家族ぐるみの付き合いだからこそ、あたしも堂々と他人様の家で女装なんてしているんだけどね。
「ぶっちゃけ、親の手料理より優真の家の飯のほうが食ってるんじゃねえかな」
「……間違いない」
「本当にお忙しいんですね……!」
「その分、裕福で贅沢させてもらってっから、俺は文句ねえけどな」
「……真子も優真と真司がいるから寂しくない」
「ああ、でも……」
真司が楽しそうに笑う。だいたい碌でもないことを思いついた時だ。
「四月一日さんは俺らの母親に会ったら驚くんじゃないかな」
「……確かに」
「私がですか? それはどういうことでしょう」
「どう思うよ、マイフレンド」
「あたしからはノーコメントで」
「ええ……、三人だけ分かっている話とかずるいですよ! 私にも分かるように説明してください!」
意地悪をしているのは真司なのだから、身体を揺さぶるならあたしではなく真司を揺さぶってほしい。服が伸びる……。
「仕方ねえ、おっし、家族アルバムでも持ってくる……お?」
「……珍しい」
「噂をすれば何とやら、かしらね」
真司が立ち上がろうとした時、特徴あるエンジン音が外から響いてきた。聞き覚えのある重い音は、話題に上っていた真司たちの母親の愛車の音だ。
あの人が夕方に帰ってくるなんて、年に数回あるかないかだから、本当に珍しい。
「母親が帰ってきたみたいだ」
「え? えっ! いきなり御挨拶ですかっ」
「あたしの親じゃないからね」
あと、仮にあたしの親でも紹介する内容はあくまでも友達として紹介するわよ。
「ですが、話からするとお二人のお母様は
「そういうことをあたしに直接言うことは嫌いじゃないわよ」
四月一日さんが身支度を整える時間もそこそこに、あたしも直接会うのは久しぶりになる双子の母親、
「ただいま。いつもより靴が一組多いと思っていたけれど、初めて見る顔の子が居るわね」
「おかえり、お袋。クラスメートの四月一日さん、一緒にテスト勉強してんだよ」
「そうなの。息子と娘がいつもお世話になっています。母親の三日月文といいます」
「あ、……え? ……え?」
礼儀正しい四月一日さんが、自己紹介をしてきた相手に返事をすることが出来ずにいる。文さんとあたしとを何度も往復して見比べている。
「優馬君がその姿を見せて良いお相手なのね」
「まあ、色々ありまして」
「あの、あの……」
「な? 絶対に驚くって言っただろ?」
「真司。母親と親友で、友達をからかうものじゃありません」
口では軽く叱っていても、文さんだって少し楽しそうだ。文さんは真面目で頭が良いけど、堅苦しい人じゃない。なんせ、真司の母親なんだ。あいつのいたずら好きは文さんから学んでいるに違いない。
「三日月くんと真子さんの……、お母さま、なんですよね」
「ええ、そうよ」
「どうして……」
文さんが歩み寄る。
自分の息子でも、娘でもなく、あたしの傍に。
「五月乙女くんとそっくりなんですか……!」
座っているあたしの肩に手を置いた文さんが、それはもう楽しそうに微笑んでいた。
あたしそっくりの、あたしが大人になったとしたらこうなるだろうという顔を、微笑ましていた。
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