第8話


「ただいまー」

「……ただいま」

「ただいま」

「お邪魔します!」

「お邪魔しま、どうして五月乙女さおとめまでただいまなのさ」


 両親がどちらも医者である真司しんじ真子まこの家は、一般的に見て豪邸だ。玄関からして、僕ら五人が一度に入ってもまだまだ余裕があるほどだ。


「勝手知ったるというか、それこそ小さい頃から出入りしてたから」


「俺の母親と優真ゆうまの両親が幼馴染なんだよ」


 二人の両親が仕事で忙しい時はうちでお泊まり会が開催されることも日常だった。さすがに中学校に上がる頃には催されることはなくなったけれど、理由もなくお互いの家に泊まることだって今もよくやっている。


「つまり、三日月みかけくん達のご両親にアピールすることは五月乙女くんのご両親にアピールするのと同義……!」


「過言ではない」


「勝手を言わない」


 呼吸するように適当をほざく親友の頭を小突き、一階の居間に向かう。いつもなら真司か真子の部屋に直行するので久しぶりである。


「それで、何して遊ぼっか!」


「もぉ、恵果けいかちゃん!」


「……あと二週間しかない」


「二週間も! あるじゃん!」


 部活が休みとは言え、勉強嫌いっぽい八月晦日はつみさんが素直に付いてきたと思えば案の定だった。怒っている四月一日わたぬきの様子から想像するに、このやり取りが毎回行われてきたのだろう。


「気持ちは分かるけどな。せっかく来たんだから八月晦日も諦めて勉強しようぜ」


「分かるなら遊ぼうよぉぉ!」


「……先に勉強」


「だな。まずは勉強。遊ぶのはそのあと」


「金髪のくせに生意気だぞ!!」


 この手の駄々っ子に過剰に構ってはいけないことを理解している双子は、騒ぐ八月晦日さんの背中を軽く押しながら居間へと向かう。


「ごめんなさい、恵果ちゃんが……」


「気持ちはよく分かる」


「駄目ですよ?」


「近いです」


 瞳の色を消さないでください。

 怖いです。怖いですから。


「とはいえ、いきなり本腰入れてもな。今日は軽く復習するくらいで良いよな」


「……文系科目は任せて」


「恵果ちゃんも五月乙女くんも、遠慮無くなんでも聞いてくださいね!」


「心強いよ」


「うええ……」


 お盆にジュースを乗せて持ってきてくれた真司の号令のもと、僕たちは勉強を開始した。正式なテスト範囲は一週間前にならないと発表されないので、前回のテスト範囲の終わりからいま勉強しているところまでの軽い復習を行っていく。

 とはいえ、僕の成績が良くないのはひとえに勉強をサボっているからである。難しい問題を解けと言われればお手上げだが、教科書の簡単な問題を解くくらいであれば解けなくもない。


「佳苗ぇ」


「んん?」


「佳苗ぇぇ」


「ええとぉ」


「佳苗……」


「そろそろ自分で考えようね」


「佳苗様ぁぁぁ」


 一方で八月晦日さん側は大忙しである。

 もはや復習とは言えず、授業のやり直しと言ったほうが良い。一問毎に質問が飛び交い、四月一日さんはさきほどから一切自分の分を進めていない。


「……変わる?」


「ううん、恵果ちゃんに教えるのも良い勉強だから大丈夫だよ。それに、調子に乗らせると解ける問題まで聞いてくるから」


「ちょっと! それじゃあ、あたしがまるでズルみたいじゃん!」


「実際そうでしょ?」


「そうだけどさ!」


 三人で勉強会をしているときは、各々が自分の勉強をただ黙ってやり続ける。時々僕がどちらかに質問することはあっても静かな空気が流れ続けるんだ。


「こういう楽しいのもアリだな」


「そうだね、勉強会って感じがする」


「まったくだ。んで、そこ計算ミスってるぞ」


「んがぁ」


 そう思っているのは僕だけではなかったようだ。

 真司はともかくとして、真子も二人のことを気に入っているように見える。あまり僕たち以外と交流を持とうとしないから珍しい光景だ。


「もう、無理……」


「もぉ……、まだ一時間しか経ってないよ」


 最初に音を上げたのは当然の流れで八月晦日さんだった。

 机に突っ伏した彼女の頭からは見えない湯気が立ちこめている。


「一時間!? まだ!? 学校の授業だって一時間もしないじゃん!」


「確かに、そろそろ休憩にするか」


「二時間くらい!」


「学校の休憩時間は十分だぞ」


「うわぁぁぁ」


 八月晦日さんほどではないが、本音を言えば僕もそろそろ休憩したかった。彼女の言う通りだよ、学校でも一時間も勉強しない僕が家でどうやって続けろと言うのか。


「……根を詰め過ぎても逆効果」


「三日月妹良いこと言った!!」


「……真子で良い」


「マコマコぉ!」


 真司が苦笑交じりに、四月一日さんは頭を抱えて。それでも二人も同じ意見にたどり着いたようで勉強会初日は一時間で幕を閉じることになりそうだ。


「では、私はこのまま五月乙女くんと勉強していますので」


「え」


「はいはーい! あたし、ゲームしたい、ゲーム!!」


「んじゃ、俺の部屋に行くか。じゃあな、優真」


「……頑張れ」


「じゃあ、僕も」


「逃ガシマセンヨ」


 ――がしり。


「真司ぃぃぃ! 真子ぉぉぉ!!」


「八月晦日ってシューティング出来る?」


「やったことないけどしたい!」


「……対戦ゲームもある」


 情など一欠片も見つからない。

 僕の声を一切合切無視して三人は二階へとあがっていってしまった。気持ち、駆け足で。


「さあ、つづきをしましょうね」


「真子も言っていたけど、根を詰め過ぎると駄目っていうか。ほら、休憩も大事だから!」


「大丈夫ですよ、家には少し遅くなると連絡していますから」


 たっぷり追加で一時間半。

 詰め込んだ根が溢れ出したものを更に詰め込む勉強を強いられることになった。

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