第7話


 初めてのデートは至って健全に幕を閉じる。

 陽が落ちる前に公園を後にした僕は、四月一日わたぬきさんを駅まで送ったあとで姿を現した真司しんじとゲーセンで少しだけ遊んだ。


 明日も期待しとけよ!

 殴りたくなる笑顔を浮かべる親友の顔面に一撃をくわえて帰宅すると、神妙な面持ちで待ち構えていた母が居た。


「答えろ」


「せめてただいまくらい言わせてよ」


「楽しかったか」


「それなりにね」


 僕がデートをしていたことをどうして母が知っているかなど気にする方が馬鹿らしい。どちらか確定は出来ないが、どちらかがリークしたことだけは間違いないんだ。脳裏に浮かぶ双子が笑っている。


「母からの言葉は一つだ」


「おかえりなさいじゃないの」


「落とせ」


 親指を下に叩きつけないでください。それだと別の意味になるじゃないか。

 古ぼけたカセットデッキを引っ張り出して、ゴゴゴと効果音を背中に背負ってまで息子に伝えたい言葉がこれではあまりにも可哀そうじゃないか。僕が。


「あんたの趣味を理解してくれるお嬢さんなんて多くはないのよ」


「そうかもしれないけどさ」


「二人が大学を卒業するまでの養育費はなんとかするから」


「せめて生活費って言ってくれない?」


「既成事実を作りなさいと言っているのよ」


「理解した上で生活費って言っているんだよ」


 カセットデッキを持ったまま追いかけてくる母から逃げるようにして洗面所で化粧を落とす。綺麗になることは大好きだが、それでも化粧を落とした時の開放感だけは堪らない。


「自分より美人な男なんて好きになるのは難しいんだからね」


「そういう需要はあるって言うよ」


「最初だけよ。すぐに嫉妬に変わる」


 僕の親だけあって、母も平凡な顔つきをしている。頼むから中身も見た目に合う平凡であって欲しかった。

 言い切りの強い母の意見に物申すほど僕は世間を知らず、また母が根拠なく言い切る人でないことは知っている。


「お父さんなんて喜び過ぎて飛び上がったのよ」


「どこでさ」


「会社」


「そう」


「会議中」


「……そう」


 女装を否定はしないだけの父からすれば、息子が女の子とデートしたことがそんなに嬉しかったのか。申し訳ないとも思うけれど、会議中にスマフォを見てたら駄目だろう。


「少しだけ待っててよ。すぐに付き合うとか……、そういう気分じゃない」


「女心は秋の空よ」


 確かに悩むだけ悩んでおいて、いざ覚悟を決めた時にはフラれました。とか数年単位で笑われる話になってしまう。

 どうあれ心配してくれることに感謝しつつ、帰ってきた父が御赤飯を買ってきたことにだけは突っ込まざるを得なかった。



 ※※※



「本日のミッションを発表する、と言いたいが」


「……そろそろテスト期間」


 学生の本分とは勉学である。

 好きなことをするということはやるべきことを成さなければならないということだ。かく言う僕も赤点を取ろうものなら女装禁止のペナルティが待っている。


「何をしてでも好成績を取っていただきます」


「目が怖いです」


 本当に何をもされそうだった。

 我が家のテストに於けるペナルティの話をした途端に四月一日さんの瞳から光が消えた。ちょっとヤバいヒロインだってもう少し光彩が残っているぞ。


「趣味が禁止はきっついよね。あたしも部活を人質にされてるから分かるよ」


 部活と違って他人に言えない趣味だけどね。

 趣味の中身を聞いてこない八月晦日はつみさんは良い人だ。多分、何か感じ取られている気がする。


「ちなみに前回の五月乙女さおとめくんの成績はどうだったのですか」


「一応平均は超えてるけど、余裕ではなかったね」


「そうですか。手荒な真似はどこまで大丈夫ですか」


「そうだね、少しでも駄目かな」


「法に反することはしませんので」


「不安材料を増やさないで欲しいな」


 駄目なことは駄目だと言いましょう。

 中途半端は命の危険。


「いつもは俺か優真ゆうまの家で放課後勉強してんだけど、四月一日たちも来るか?」


「勿論です。しっかりとサポートさせていただきます」


「あたしもその方がすっごい助かる!」


 四月一日さんには負けるけど、真司も真子まこも成績上位者だ。真子はともかく、ヤンキー風を装っている真司はもう少し恰好に中身も合わせてほしい。


「あたし、勝手に五月乙女も成績良いと思ってたよ」


「真面目なつもりはあるけど、成績は付随しないよね」


「嘘つけ、時々授業中寝ているくせに」


「……誤魔化すのが大変」


「まあ、学生としてそれくらいのほうが真面目だしね」


「てか、あれじゃん。おうちデートになるじゃん」


「おお、言われてみればそうだな。じゃあ、俺と真子と八月晦日は俺の家、優真と四月一日は優真の家で」


「分かりました!」


「却下だ」


「美少女と二人っきりで勉強会とか、男の夢だぞ」


「男の夢よりも生命を優先するよ、僕は」


 真司の言葉に四月一日さんが真顔になっているじゃないか。本当になにをされるか分かったものじゃない。

 あれを見ても、女の子と二人きりだと喜べるやつはただの馬鹿だ。聞き耳を立てながら僕の暗殺計画を企てているクラスメートよりも彼女のほうが怖い。


「やれやれ、これだから初心なぼっちゃんは」


「もうそれでも良いよ」


「で? どっちの家でやるのさ。あたし的には五月乙女の家のほうが面白いんだけど」


「私も五月乙女くんのおうちが良いです!」


「悪いけど、うちの家は五人が勉強するようなスペースはないよ」


「無難に俺ん家かな」


 女子二人の不満は黙殺する。

 あくまでも目的は成績向上なんだから、勉強出来ないんじゃ本末転倒でしょうが。というか、八月晦日さんは僕よりも成績悪かったと思うんだけど。

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