第6話
「最高です……」
「それは良かった」
「鼻血が出そうです」
「それは勘弁してね」
紅潮した頬を恥ずかし気に隠す美少女が、その手の下で鼻血を我慢していると誰が想像するだろうか。
夕暮れ間近の公園には、多種多様な人で溢れている。残された僅かな時間を全力で楽しむ子供達、買い物袋をぶら下げて言葉の大輪を花開かせる奥方、犬の散歩をするお兄さんとすれ違い頬を紅らめる女子大生、暗い顔でブランコをこぎ続けるサラリーマン。
最後の一人は見なかったことにしよう。
学校が終わるや否や急いで帰宅して女装した。
普段は休みの日にしか行わないため限られた時間での女装には幾ばくかの不安もあったのだが、そんなものは僕を見つけた
「付き合ってください」
「まずはお友達から始めようって話はどこへ行ったのかしら」
「それが駄目なら結婚してください」
「落ち着いてちょうだい」
触れても良いのか、と逡巡する暇はない。肩を掴んで力いっぱい揺さぶった。そうでなければ彼女の目が危なかったから。僕は何よりも自分の身を大切にしたい。
「すみませんでした……」
「落ち着いてくれたのなら良いのよ」
「好みすぎる顔が近くにあると思うと居ても立っても居られず」
「貴女の思考ってどこか男子寄りよね」
幼い頃から美少女として無数の男の欲望を目の当たりにし続けた結果なのだろうか。だとすれば世の男共は猛省するべきだ。
落ち込ませてしまったのは申し訳ないが、それを態度に出すべきではない。僕だって男である以上は、こんな時に優しくしてしまえばどうなるかを理解しているんだ。
「知ったあとでも信じられません。本当に見た目は女性にしか見えないです、それに声も」
「相当練習したからね。そういえば……、あたしが男だと気付いた理由は教えてくれたけど、どうしてあたしが
自慢ではないが、クラスの中でも相当地味な立ち位置だ。
そもそもが男嫌いの四月一日さんが僕のことを以前から見ていたとは考えにくい。だというのに、どうして彼女はあたしの正体が僕だと気付いたんだ。
「それは簡単ですよ」
とても良い笑顔。
満面の笑みを咲かせて。
「別れた後で、あとを付けただけですから」
「お疲れ様でした」
躊躇してはいけない。
逃げる時に大切なことは思い切りだ。逃げ切るという確固たる意志を持ち足を動かし続けるんだ。
「どぉして逃げるんですか!?」
「人違いです」
「その返しは無理がありませんか!」
どうして彼女は第一印象を大切に残させてくれないのだろうか。
話せば話すだけメッキが剥がれていくじゃないか。しかも、剥がれ落ちたあとはおぞましい何かが在るだけである。バ化粧だってもう少し可愛げがあるぞ。
「大丈夫です、大丈夫なんです!」
経験上、この手の人間と付き合ってはいけない。僕も人のことは言えないが。
「家の中には入ってませんから!」
足を速めた。
「慈悲を! せめてもう一度だけお慈悲を!」
美少女が大粒の涙を零しながら美女に纏わりつく様子は目立って仕方がない。いまは遠巻きに見られているだけだが、勘違い糞野郎が出てきたり、学校関係者に見られでもしたら厄介だな。
「仕方ないわね……、場所を変えるわよ」
「はい!!」
中途半端に優しくするから。
一部始終を隠れて見ていた
※※※
「倫理観と常識と節度を守りましょう」
女の子に告白された。
向こう十年は自慢出来そうな話だというのに、どうして僕は悲しくなるような言葉を吐かなければならないのだろう。
「あとキャラもね」
「ですが、私の本性はこれです」
「お願いだから美少女設定を守ってちょうだい」
可愛い、若しくは綺麗な彼女が欲しいとは常々思っているが、ヤンデレは御免被る。四月一日さんと将来付き合うかは分からないが、それでも修正出来る所は修正しておかなければ僕の未来が危ない。
「自分でも自分が怖いんです。ですが、そのくらい五月乙女くんが綺麗なのが原因なんです!」
「その点だけは同意するわ」
「……でも、仰る通りです。越えてはいけないラインを越えてしまってました」
むしろ、ラインを踏みつけてグリグリと潰していったあとでゴミ箱に放り込んだくらいのことをしているんだが。
「無我夢中でした、ごめんなさい」
「……二度とやらないなら良いわよ」
「はい! もう許可なく絶対にしません!!」
「許可はしないので一生しないでちょうだい」
どうしてそこで不満気な顔をする。
本当に反省しているのか?
「でもストーキングされていたなんて気づかなかったわ」
これでも女装している時は視線に敏感になっているほうだ。特に男から変な勘違いを起こされることは多いから。
「告白から逃げるために気配を断つ訓練をしていたので」
「大変の規模が違い過ぎていまいち突っ込んで良いのか分からなくなるわ」
僕が想定していた初デートとは大きくかけ離れてしまっているが、これで良いのだろうか。仲を深めるどころの話ではない。
「ですから、男性に想いを寄せるなんて思ってもいなかったんですよ」
「女装趣味の変態だけどね」
「好きな恰好をすることが悪いことだとは思いません。似合う格好をされて、そのための努力をされているのですから誰に文句を言われる筋合いはないじゃないですか」
「簡単な話じゃないのは、貴女の方が分かっているでしょ」
「そうなんですよ。難しいですよね、社会で生きていくのって」
「
「私は家族、五月乙女くんはお友達、ですか」
「あたしの家族も公認はしてくれているわよ。父さんのほうはかなり微妙みたいだけどね」
「私も、実は自分に娘が居たとして複雑な趣味や嗜好をしていたら受け止めきれるか分かりません」
「分かるわ。あたしも一緒」
結局のところ、自分勝手で終わるんだ。
自分は好き勝手したいけれど、だから他人のすべてを受け入れることが出来ると言い切れるほど僕は器が大きくはない。
「好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。否定しないように気を付けていても、無理ね。どこかで否定しているもの」
「
「一応、性別が男のままで好きだと言われているから。……よく分からないわね」
最低な言葉を付け加えるとするならば、美少女であれば許されると思うんだ。
綺麗ごとを並べていこうが、見た目は何よりも重視される。少なくとも、最初の一歩に於いては。
「元の五月乙女くんは駄目だと言うような女ですけど」
「あたしのほうが魅力的なのはあたしが一番理解しているわ」
そうなるように努力を重ねた。
男である自分の見た目は嫌いじゃない。でも、好きでもない。
味気ない顔は女装に便利だと思いこそすれ、自慢できると思ったことなど一度もありはしない。そして、格好良くなろうと思ったことはない。
「やっぱり」
「うん?」
「私は五月乙女くんが好きです」
「お友達で」
「どぉしてですか!」
「どうしてでしょうね」
「美少女ですよ、私!!」
「言い切れる所は好きよ」
「では!」
「お友達で」
初デートとしてはどうなのだろう。
それでも、笑いながら掛け合いが出来るようになったのだから、仲は深まったはずなんだ。
良いかどうか置いておくとして。
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