第5話


「至近距離で見られて気にしないほど僕は鈍感じゃないんだよね」


「じゃあお構いありで」


「見ることの許可をしたいわけじゃないし、構いあると思っているならやめてほしいんだけど」


 教室に戻ってきた時からずっと僕にくっついている女子が居た。

 確か、八月晦日はつみ恵果けいかさんは四月一日さんの友達だったっけ。陸上部所属の運動系女子だ。


「いやさ、佳苗が告白した男子がどんなのか気になるじゃん」


「ちなみに、優真をガン見しての感想は?」


「冴えない」


「正解っ」


「真司はいつか本当に殴る」


「恵果ちゃん! だから言ってるでしょ! 五月乙女くんにそういうカッコ良いとか一切求めてないって!」


 冴えないことは否定もしてくれないのね。

 別に否定されても困るんだけどね。間違いなく、地味顔をしているから。メイクで誤魔化しは出来るだろうけど、別にカッコ良くなりたいわけじゃないからなぁ。


「金持ち?」


「一般家庭」


「じゃあ、どこに惚れたのさ」


「僕に聞かないでよ」


「ええと……」


 四月一日わたぬきさんがちらちらと僕の方を見てくる。別に女装のことは隠しているわけではないけれど、好んで広めたいわけでもないんだよね。はっきり言って気持ち悪いと思う人も居る趣味だしさ。それに、それを言うってことは、四月一日さん本人のことも説明しなくてはいけなくなる。


「……優真がナンパから助けた」


「へええ……!! 五月乙女さおとめやるじゃん! 見かけにやらないね!」


「放っておいてよ」


「ごめん、ごめん! 佳苗は良い子だし、可愛いからさ。ちょっとマジで付き合うこと考えてあげてよね」


 言うことキツいし、言いたい事なんでも言うけれど悪い人じゃない。

 元々クラスメートとして知っていた情報そのままの人だよね、八月晦日さんは。印象をぶっ壊してくれた四月一日さんとは違って、申し訳ないけれど安心するよ。


『ありがと』


『……どういたしまして』


 助け船を出してくれた真子と視線で会話する。

 簡単な意思疎通くらいなら可能なんだ。伊達に幼馴染はやっていない。


「そんなわけでさ、四月一日と俺ら一緒に昼飯食うんだけど八月晦日さんも食うっしょ?」


「もちもち、お邪魔させてもらうわ」


 三人だった昼ご飯が五人になった。

 別に悪い気はしないよね。ご飯は大勢で食べたほうが美味しい時もあるしさ。


「あ、でも佳苗の弁当はお母さんがつくってるよ」


「それはもう確認してるから大丈夫」


 僕が知らないだけで、男子に告白する時は自分で弁当を作る義務でもあるのだろうか。



 ※※※



「五月乙女くんはお弁当のおかずだと何が好きですか?」


「卵焼きかなぁ、真司のところの」


三日月みかけくんの?」


「うちの卵焼きって出し巻きなんだよね。嫌いじゃないんだけど、お弁当だと普通のやつのほうが好きかな」


「……真子は出し巻きのほうが好き」


 卵焼きの好みもあって中学の頃からずっと僕は真子とおかずを交換している。両家の母親も理解しているからお弁当のおかずに絶対卵焼きだけは入るようになっているんだ。


「告白されたくせに他の女子と弁当交換するのは女子としてはどうなんだ?」


「あたしはアリだね。普段を見せずに隠されているほうが嫌だもん」


「わ、私の家の卵焼きも普通のやつですよ!」


「ええと、じゃあ、交換する?」


「はい!」


「真子、良い?」


「……一つだけなら」


 二切れずつ入っている出し巻き卵の一つを四月一日さんに渡す。真子とお弁当を交換して、さらに四月一日さんの卵焼きを一切れ受け取って、本日の卵焼きは二種類になった。


「あ、甘いやつだこれ」


「苦手でしたか?」


「ううん、慣れてないから変な感じがするだけで美味しいよ」


「五月乙女くんの好みに味を変える覚悟はありますよ!」


 結婚生活先の話を持ち出されても返事に困る。あと、教室のなかであまり過激な発言は止してほしい。僕の命のために。


「とはいえ、こうなるとただ飯を一緒に食うだけで終わるわけにはいかないわな」


「……ラブコメ的にはやはりデート」


「詳しそうだけど三日月兄妹って恋人居たっけ」


「居ないが?」


「……不要」


「駄目じゃん」


 八月晦日さんが肩を落とす。

 僕も同じことを思うけれど、言うだけ無駄というやつだ。なにせこの兄妹は自信も根拠もないことですら覚悟だけでやり切ってくるんだから。


「私としても五月乙女くんとはデートをぜひしたいです」


「僕も嫌ではないけど」


 女装している時は基本一人で出かけている。真子が付き合ってくれることもあるが、元々出不精の彼女は僕の格好関係なしに出掛けてくれることが稀だ。

 女装男一人では行きにくい店も多くあるし、一緒に女の子が遊んでくれるとなればこちらとしてもありがたい。


「決まりだな。任せろよ、俺秘蔵のデートプランが火を噴くぜ」


「恋人居ないのにプランがあるんだ」


「それを言うなよ、八月晦日」


 これは僕も何も言えない。

 恋人が居なくても、架空の恋人と妄想してしまうのは男子の性だ。訂正しよう、モテない男子の性だ。


「念のために聞くけど、どんなプランなのさ」


「ふっ、安心しろよ」


「いま不安になった」


「さすがに四月一日も居るから馬鹿な真似はさせねえよ」


 つまり僕だけならさせていたわけだな。


「四月一日ってバイトしてる?」


「いえ、ですのであまりお金は使えないんです」


「大丈夫大丈夫、金欠なのは優真もだから」


「バイトはしているんだけどね」


「浪費家はお薦め度下がるわよ、女子としては」


「浪費、というか必要経費というか……」


 普段の服は親が多少援助してくれるが、女装用の服はただの趣味だから当然僕が買っている。メイク用品も含めるとそれなりに維持費がかかる趣味なんだ。


「なによ、経費って」


「色々あるってことで」


「ふぅん……?」


 八月晦日さんにはお茶を濁したが、四月一日さんには伝わったらしい。

 ちょっと妄想が入っているのは、女装している僕で着せ替え遊びでもしているのだろうか。


「てなわけで、話をまとめるとお前らの最初のデートは」


 今更だけどどうして真司はこんなにも乗り気なんだろうか。

 楽しいことには全力で首を突っ込む奴だけど、それにしてもいつも以上に絡んでくるな。


「星空海岸近くの公園で、決まりだ!」


 存外に良いチョイスをしてくれるからありがたいんだけどさ。

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