第4話


 改めて、四月一日わたぬき佳苗かなえが有名人であることを実感させられた。


「はっはっは! どうした、男子! まるで奇々怪々のゾンビだぞ!!」


 奇声を上げて狂い暴れる彼らがゾンビだとすれば、教壇で大笑いする貴女が病原体です。

 遅刻してきた僕らを見た担任の正月一日あお先生が告白の件を暴露してしまったせいで教室が世紀末へと堕ちてしまった。男たちは、みな各々で狂いだす。血の涙を流す者、どこからか取り出した藁人形を五寸釘で滅多打ちにしている者、悪魔を召喚しようとする者、机で御手玉を開始する者、天井に張り付く者、などなど……。人間を辞めている連中もいるじゃないか。


「お時間を融通して頂き、ありがとうございました。正月一日先生!」


「構わん、構わん。連絡事項なんぞはあとでまた伝えれば良い。それよりも大事なのは青春だ!!」


「おかげでばっちり五月乙女さおとめくんに告白が出来ました!」


「そうか! それは良かったな!」


「はい!」


 良い師弟関係を築いているところ申し訳ないが、貴女達が話す度に殺意が目に見える形で僕に飛んでくるので勘弁してもらえないでしょうか。


「落ち着け、お前ら!」


 こうなると予想でも立てていたのか、廊下で待機していた真司が大声で入ってくる。


「五月乙女を庇う気か」

「なれば貴様も同罪」

「美人の妹が居る時点で憎い」


 おかげで殺意が真司にも分散される。良いぞ、元々真子のせいであいつもそれなりに憎まれているからな。同時に、媚びを売られているけれど。


「お前らが考えているような展開にはなっていない。なにせ、四月一日からの告白をきっぱりと断っているからな」


「生命の危機を感じるのでホームルームをサボります!!」


 糞野郎をぶちのめすのは後だ。

 まずは教室から逃げ出すことが一番だ。それはもう楽しそうに笑っている真司の横をすり抜けて、教室から飛び出した。同時に、カッターや包丁があとを追って飛び出してきた。


「裏切者に制裁を与えるためにホームルームをサボります」

「奴の身体を切り刻み野良犬の餌にするためにホームルームをサボります」

「シュコーシュコー……、シュコー……」


「許可しよう。大いに青春を楽しんでこい!!」


 生徒の自主性を重んじてくれる良い先生だと思うだろうか。僕には殺されようとしている生徒を見殺しにしている悪魔に見えたよ。



 ※※※



「死ぬかと思った……」


「よく生きて戻れたな」


「一時間目の予冷が鳴ったからね」


 正月一日先生以外ではあのノリが通じるはずがないので、双方から休戦の申し出がなされることとなり、命からがら戻ってこれた。


「真司は僕をどうしたいんだ」


「これ以上にないほど面白かった」


 僕の後ろの席で悪びれもしない幼馴染にこれ以上恨み節を言うつもりはない。意味もないからね。それよりも。


「どうして四月一日さんがここに居るのさ」


「私もクラスメートですから、居るのは当たり前ですよ?」


「そうじゃなくてさ、僕の記憶に間違いがなければ隣は四月一日さんじゃなかったよね」


 窓際の席を手に入れた僕は、隣の席が右側にしか存在しない。そして、そのただ一人の隣の席はサッカー部の松本くんが座っていたはずだ。


「お願いしたら快く変わってくれました!」


「どっちの入れ知恵かな?」


「今回は真子」


「……ラブコメは席が近くなくてはならない」


 僕の斜め後ろ、真司の右隣りに居る真子がどや顔でピースサインを向けてくる。席を替えられた松本くんは学校一の美少女にお願いされてそれはもう幸せそうだった。


「今日から宜しくお願いしますね!」


「ああ、うん……」


「優真が居ない間に、一緒に飯を食う約束をしておいたぞ」


「それはすごいね」


「……二人きりはまだ早いから真子たちも一緒」


「それはとてもありがたいね」


 生命的な意味で。


「ここで四月一日お手製の弁当が飛び出せば完璧だったんだけどな」


「残念ながら、いつもお母さんが作ってくれているので……」


「メシマズ属性もないらしい」


「日曜日に自分の分を作るくらいですね。美味しくもまずくもないですが、自分だけなら構わない感じです」


「僕が居ない間に随分と仲良くなったね」


 おかしいな。

 告白をされたのは僕だったはずなのに、真司と真子のほうが四月一日さんより仲良しになっていないかな、これ。


「安心しろよ」


「ほう」


「まだ下の名前では呼んでねえ」


「そこを安心材料に出来るほど僕は馬鹿じゃない」


 むしろこの短時間でそうなっていたらクラスメートに追いかけられるのは僕ではなく真司であるべきだ。


「あともう一つだけ聞いて良いかな」


「一つと言わず、いくらでも聞いてください!」


「僕はどうしてさっきから八月晦日はつみさんに見られているのかな」


「あたしのことはお構いなく」


 珍獣を見る目付きで、顔が触れそうになるほど至近距離でずっと僕を観察してくるクラスメートは、さらりと無理難題を言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る