留年生
母が刑務所前で泣き崩れているのを見てから、もう5年の月日が流れた。母は私の刑期終了を見届けることなく2年前に亡くなった。父については知りたくもない。
前科のある私は出所後、就職先を探したがこんな私に職を提供してくれる企業などなかった。そんな私を救ってくれたのが夜の街だった。
「みすずちゃん、このお酒、あの方に持って行って」
「はーい!」
このクラブで勤められるのも山田さんのおかげだ。家もお金がなく、借りられないときも部屋を私のために提供してくださった。佐藤 みすず、これはこの街で私が生きるために必要な名前、これも山田さんからもらった名前だ。山田さんは私の第3の母親。そして、このお店とお客さんが私の家族だ。
「みすずちゃん、聞いてくれよ」
このクラブは小さなクラブなのだが、毎日のように人が来る。おかげで私は毎日フル稼働だ。そして、今、話しかけてくれたお客さんが私を気に入ってくださっている有馬さんで、もう退職されているが警察官だったそうだ。
「今日も来てくれたんですか、有馬さん」
「今日、俺が警察官として最後に捕まえた犯人の判決が言い渡されたんだ」
「それは良かったですね、どんな人なんですか」
有馬さんがお酒を一杯口元に持っていく。
「いや、みすずちゃんには言えないよ、それは最悪な逮捕劇だったからね」
その後、有馬さんはお酒をもう一杯注文したのでお酒を汲みに私は裏へ行った。そして、私と入れ替わるように山田さんが神妙な面持ちで有馬さんのところへ行った。その様子が少し気になり、山田さんと有馬さんにバレないように戻ってみることにした。
「有馬さん、ここで紛失したもの、その後どうですか」
「前回来て帰ったとき、ポケットの中にあったよ」
「最近、似たようなことを言ってくるお客さんがなんか多いのよね」
「まあ、手元にみんな戻っていることだし、そんなに気にしなくてもいいんじゃない」
「いや、ダメよ、犯人見つけたら、警察に突き出してやるわ」
聞いてはいけないことを聞いたような気がして、私は見つからないように裏に向かった。
約一時間後
「じゃあ、そろそろ帰るよ、みすずちゃん、またね」
私はことがひどくなる前に、家族が壊れる前に、山田さんには迷惑をかけてしまうがこうするしかないと行動に移した。
「有馬さん、少し外で話、いいですか」
「え、どうしたのみすずちゃん、そんな打ちひしがれた表情して、笑顔が一番なんだから」
何かに感づいた有馬さんは無口で私を連れて店の外へと出た。
「みすずちゃんって南 佳子だよね」
今までのお酒に酔って気分が上がっている有馬さんとは違い、刑事の顔になった有馬さんは少し威圧感があった。
「そうです、あと、、」
「言わなくても大丈夫、客の物をとってスリルを味わっていたんでしょ、生活にも慣れてきた頃だもんね」
有馬さんはこんなしょうもない私を優しく説いてくれた。
「まだ山ちゃんは気づいてないから、もう盗むことは辞めな」
「でも私、できないんです、このスリルを味わうことから卒業することが」
それでも有馬さんは優しい目で私に言った。
「その時はまた、私に相談しなさい、私の知り合いにあなたのような人を何人も見て、更生させた人がいるから」
思わず涙が溢れ、化粧が崩れる。
「あなたは私の刑事生活の締めくくりを助けてくれたんだから、次は私があなたを助けないとね」
「有馬さぁん、、」
「そんな泣かないで、また来るときにとびきりの笑顔を私に見せてちょうだいね」
そう言って有馬さんは夜の街から帰っていった。
「みすずちゃん、どうしたの顔が大変なことに、、」
「山田さん、卒業できるようにこれから頑張ります」
「えっ、何から卒業するの、ちょっと人の話、聞いてる、辞めたりしないよね」
私は盗み癖から未だに卒業できていない。家族の崩壊のきっかけとなったにも関わらず。でも私は今の母や家族のために卒業できるようにしたい。多くの人に頼るかもかもしれない。でも、これが私の人生。
人に頼ってでもこの私の人生を生きてやる。絶対に人生からは卒業なんかするもんか。
卒業させてください、できないので ばみ @bami_409
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