第1-3話 命の残穢(ざんえ)


ドブンッ。何かが落ちる音が聞こえた。と同時に海の中に放り出されたような感覚が咸月を襲った。「ドナーダイブを行うには犠牲者の手を握り祈ること。眠気に襲われるような感覚が出るとドナーのトリガーが起動した証拠です。トリガーが発動した後、ダイブ後は海の中にいるイメージを持つこと」咸月は研修で講師が話していた内容をできるだけ思い起こしながら今の状況をなんとか理解しようとした。見渡す限り何もない真っ暗な場所。

「息はできる。なんだろう、とっても静かだ。このまま海の奥深くに落ちていくような感覚。すごく冷たい。これは夢...?」

「咸月、聞こえるか?」聞いたことのある声が脳の中から伝わってくる。

「はい、進藤先輩。聞こえます」咸月は答えた。

「どうやらダイブは成功したようだな」

「とても不思議な感覚です。進藤さんは私の状況は見えていますか?」

「あぁ、見えている。俺はここにいる」

そこには憂いを帯びたような青と漆黒に包まれた蝶が飛んでいた。

「ドナーとバンカー間のコンタクトはうまくいったみたいだ。プシュケ(蝶)を通じて咸月と会話できていることが何よりの証拠だ。初めてのダイブにしては上出来だな。ドナーの力を持つ人の中にはダイブ時に溺れているような感覚に襲われ状況がうまく汲み取れず失敗するケースもある」進藤は続けた。

「ダイブ成功後はこの被害者の命の残穢と呼ばれるものを見つけることだ。これはドナー本人が被害者の残穢を汲み取ることができる。目を瞑ってみな」

咸月は進藤の言われた通りに目を瞑った。

「奥深くに何かあるような気がします。とても表現しにくいですが」

「その感覚を大切にしろ。慣れてくればそこまでの道筋も見えて来るようになるはずだ。そのままゆっくりその方向に向かってくれ。身を任せるような感覚で良い。」

咸月は少しずつ奥深くにあるものを目指して潜っていった奥深くから明るい何かが見え始めた。「綺麗...」咸月は思わず声を発した。

「今見えるのが被害者、桂木美琴の命の残穢だ。これに触れることで加害者の命の思念体にたどり着くことができる。こいつを見つけて触れば一時的であるが加害者を失神させることができる。これはライフトレース準備のためにあるのだが、加害者の動きを封じる手立てとしても使われている。今回がその最たる例だ」進藤は続けた。

「ただ、ダイブ前に榊さんが言っていた通りこいつに触ると擬似的に被害者が受けた当時の体験をすることになる。深読みをしすぎるな。殺されると思ったらすぐに引き返せ。こいつに接触できる時間は多くて20秒だ。加害者の命の思念体のパスさえわかれば良い。いいな?」

「了解しました」咸月はドナーダイブ時と比べ少しづつだがリラックスできていることを実感していた。「大丈夫、きっとうまくやれる」咸月は大切なものを触れるように桂木美琴の命の残穢に触れた。

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