第三十二話 敵が見参!
「本船の右方向から、大質量の物体がワープアウトしてきます! 皆さん、何かに掴まって下さいっ!」
言われて、ツバキとクーラがシートに掴まり、アルトも慌てて掴まろうとしたタイミングで、船が強い衝撃に揺さぶられた。
–ッドオオンッ!
「うわわわっ!」
「アルト様っ!」
右側からド突かれるような衝撃を受けて転げたアルトを、コハクが瞬時の判断でクッションを展開させてセーフ。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう…でも、一体…?」
主の問いに、女中ロイドが答えた。
「ワープアウトをした巨大質量体は、宇宙船と判明。モニターに表示します。本船は右の後部エンジンに、実体化した巨大船の先端部分が接触、損傷。自動修理に、時間を要します」
「コハクは大丈夫っ?」
「は、はい♡」
主に心配をされて嬉しいコハクと、無事を安心するアルト。
「それにしても…宇宙船?」
航宙船小判丸の船外カメラをワイヤーで飛ばし、北天方向からの俯瞰で映した映像には、中型船である小判丸が豆粒に見える程の巨大な宇宙船の先端部分が、確認できた。
「何? 事故?」
と、良心的な判断をするアルトに、侍巫女が告げる。
「ありえません。故意に衝突をさせてきたと、判断するベキです」
「そ、そうなの?」
理解できていないアルトに、金髪セーラー少女も進言。
「間違いないだろう。そもそも航行中はレーダーで注意しているうえ、宇宙空間で船同士の衝突事故など、天文学的にもあり得ない。それこそ、暗黒の大海に浮かぶゴマ一粒を、目隠しをして一突きで刺し貫くようなモノだ!」
「つまり…」
「はい。私たちを狙って突撃をしてきた。と考えて、間違いないでしょう」
コハクの断言に、ツバキもクーラも、厳しい表情で納得をしていた。
「故意…誰がそんな…?」
賞金稼ぎにしては、異様に荒っぽい気もするし、そもそも賞金稼ぎにしては、大型船すぎる気もする。
衝突してきた宇宙船は、カメラ映像による計算では、全長だけで三キロ以上は余裕にある。
全体のシルエットはジンベイザメを想わせて、大型航宙船であり、ついでに悪者だったら違法改造な戦闘艦だろう。
実際、ブリッジと思われる背びれあたりを中心に、すでに各種砲塔が剥き出しにされていた。
「もはやコロニーレベルの、超大型戦闘艦か…」
初めて見た巨大な宇宙船に、少し興奮気味なアルト。
ブリッジのモニターに、通信が入って来た。
「巨大船からの通信です。出しますか?」
アルトが頷いて女中少女が回線を開くと、画面いっぱいに、男というか獣の顔が映し出される。
『逃げても無駄だぁっ! お前がコロニー落としのアルトだってぇ事ぁ、とっくの昔に確認済みだぁっ!』
大きなキャプテンシートにふんぞり返る男は、イノシシみたいな顔の、大柄な異星人。
片目が傷で塞がれていて、牙の生えた大きな口で、派手な葉巻をふかしている。
モニターに映るブリッジの風景には、ガラの悪い男たちが、取り巻きのように控えてニヤニヤしていたり。
「あ、あなたは…?」
コロニー落としのアルト、と呼んだ。
しかし賞金稼ぎにしては、羽振りが良すぎる気もする。
警戒するアルトや、睨み上げる少女たちを見て、イノシシ男は更にニヤつく。
『おぅおぅ、若い娘をはべらせて、随分と調子に乗ったモンだぁなあぁっ! お前を殺したらぁ、その娘たちもオレ様たちの慰み者だぁっ!』
なんだか会話が合わないのは、こちらを完全に見下しているからだろう。
悪党に見下されるとか、正義の少年としては非常にムカつく。
「それで、あなたは誰なんですか?」
素直で意志の強い問いにイノシシ男も、ツバキもクーラも、思わずアルトを凝視。
「…え?」
イノシシ男はともかく、仲間二人にまで唖然とされたのは、ちょっと驚きだ。
「アルトは…まあ、知らずとも当然ですか」
「たしかに、先日まで一般人だったらしいアルトなら、知らなくても仕方がないな」
「そんなに有名な人なの?」
『ほほぉ、オレ様を知らないとは、随分とイキったガキなんだぁなぁっ!』
余裕の笑顔だけど、強い怒りの空気も感じられる。
何やらすごく、怒らせてしまった感じだ。
「アルト様。あの人物は、銀河の帝王の八本槍と呼ばれている幹部の一人、暴力のシッシ・カバブーという人物です」
「シッシ・カバブー…」
巨大な悪の組織の幹部ならば、たしかに先日まで貧しい一般人だったこの身体の人物が知らなくても、無理はない。
あらためてモニターを見つめるアルトに、シッシ・カバブーは、少年が恐れているのだと、勝手に納得をした様子。
『ようやく解ったようだなぁ、クックック…。オレ様の顔に泥を塗ってくれたお前がぁ、ちょうど許せないと思っていたところにぃ、魔王様から直々にぃ、討伐のご命令を頂戴したんでなぁ…。殺しに来たつてぇワケだあぁっ!』
どうだ怖いか的なアップで威嚇を楽しむ悪の幹部だけど、アルトには別の事実が、頭に引っかかっている。
「宇宙に魔王って、いるの?」
主の問いに、女中少女が答える。
「はい。銀河の裏社会で広く影響力を持つ人物、という意味では、この宇宙全ての銀河に、それぞれ魔王や帝王に該当する存在がおります。現在、私たちが航行しているこの銀河で言えば、銀河の魔王ゼムバイトという人物が、その存在に該当します」
と、説明を聞いても、前世の記憶から、少し認識が合わないアルト。
「魔王って、剣と魔法のファンタジー、とかの話じゃないの?」
少年の問いに、ツバキが答える。
「特に、そのような括りはありません。この宇宙にも太古から、宇宙大帝や宇宙の王者、宇宙鉄人や宇宙の騎士など、様々な通り名が存在してます故」
ツバキの説明に、クーラが続く。
「うむ。通り名というのは、その者たちの浪漫でもあるというからな。あ、宇宙警察とか宇宙探偵という、職業を表すと同義な呼称もあるぞ」
「へぇ…」
と言いつつ、聞いた事のある呼び名ばかりな気がする。
「それで、えっと…シッシさんは、どうして僕に恨みを?」
『シッシさんじゃねーよ! お前ぇはオレ様の顔にぃ、泥ぉを塗ってくれたからなぁっ! その礼参りだよぉっ!』
「顔に泥…?」
銀河の魔王の幹部を相手にしたとか、全く思い当らないアルトだ。
「何かの勘違いでは…?」
と言いかけて、シッシ・カバブーは怒りを露わにした。
『お前がコロニーごと潰したぁ、ドン・マーズはぁっ、オレ様の子飼いのぉ、一人だったんだよおぉっ! しみったれた小銭しか稼げねぇ、ゴミだったけどなぁっ! しかぁしっ、命を取られてコロニーまで落とされたとあっちゃああっ、オレ様のメンツに関わるってぉ話だぁっ!』
「あ、あれは僕がそうしたんじゃなくて、あの人が勝手に…」
『理由なんざぁ、どうだっていいんだよおぉっ! ヤツが殺されコロニーが落とされてぇっ、オレ様のメンツが銀河レベルで泥まみれってぇ事実だけがぁっ、問題なんでなああっ!』
「えぇ~…」
いわゆる、貰い事故というヤツだ。
とはいえ、宇宙船をぶつけてくるような暴力上等な相手には、話し合いも無理だろう。
「こ、こんな相手に 狙われるなんて…!」
捕らえられて殺される自分が想像されると、ビビる。
そして困惑するアルトの盾となるように、ツバキが立つ。
「シッシ・カバブー。ドン・マーズは自らの策でコロニー落下を引き起こしました。そのうえで、このアルトを亡き者にするというのならば…某、桑畑流抜刀術の使い手、桑畑椿が、相手となりましょう!」
「ツバキ…!」
侍巫女は、アルトと共に、この難敵と戦う覚悟のようだ。
ちなみに、クーラとの闘いで刃が潰れた日本刀は、船内の熱線銃などを利用して、ツバキ自らが打ち直している。
敵に対して、更にクーラも。
「私も同意だ! アルトの名誉と命の為に、お嫁さんであるこの私、プリクトン人のクケント・クーラが、お前たちに正義の鉄槌を下す!」
「クーラ…」
涙ぐみそうなアルトの手を、コハクが優しく包み、笑顔を向ける。
「コハク…」
少女たちの決意に、アルトの意思が、力を増してゆく。
「みんな…僕は…ん?」
ツバキを見ると、暗い顔でニヤニヤしている。
「あ、あの人数を…斬れる…っ! ふひひひひ」
モニターに映った悪党どもの集団に、人斬りの血が湧きたっているらしい。
「あのような大物を討伐できればっ…私は正義の使者としてっ…くうぅっ!」
クーラは正義のヒロインとして大絶賛される自分を想像して、ワクワクしている。
「ダークマターの集積及び三次元半でのコンバインを開始。ぶつぶつぶつ…」
コハクは何やら難しい顔で難しい言葉を発していた。
少女たちの名乗りを聞いたシッシ・カバブーは、隠しきれない冷や汗を、アルトたちにも解るくらい垂れ流しにしている。
『ひ、人斬りツバキとっ、壊し魔クーラっ、だとぅ…っ! アルトっ、手前ぇっ、なんてぇ狂った連中をかき集めやがったんだああっ! こうなりゃあっ、皆殺しだあああっ!』
「ええ…」
激戦が開始される事は、不可避だった。
~第三十二話 終わり~
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