第三十一話 チンパンジーを超えて


「まあ、とりあえず太陽系から出て、まずは一番近い惑星とか 目指そうか」

 航宙船小判丸のブリッジで、正面モニターの宇宙航海図を見ながら、操舵ユニットへと着席姿勢で接続しているコハクへと告げる。

「それでは、お隣のピリンカ太陽系へと、ジャンプ致しましょう」

「ぴりんか…?」

 生前に天文少年でもなかったアルトだけど、学校の授業などでも全く聞いた覚えの無い太陽系の名前だ。

 少年の疑問に、侍巫女が答える。

「ピリンカ太陽系は、アース太陽系から最も近い太陽系であり、にも拘わらずごく最近に開発をされた、ちょっと珍しい太陽系です」

 地球を母星とする地球人類による宇宙進出への歴史は、地球から遠ざかるほど新しい惑星開発という歴史が、当然と言えば当然である。

 しかしアルトにとっては、そんな常識よりも気になるワード。

「あーす太陽系…?」

 また聞いたことの無い名前だ。

「? どうしたのだアルト。何か引っかかる事でも あるのか?」

「えっ、あ、いやぁ…」

 訊ねてくるセーラー娘だけでなく、ツバキも何やら、アルトの様子に怪訝そうだ。

「…まさかアルト…小学生でも知っている太陽系の名前を、知らないのですか?」

「ぃいや、知ってるよ、うん!」

(もし知らないなんてバレたら、僕の正体っていうか…遺伝子法に引っかかる存在だって、知られてしまうかも…っ!)

 遺伝子法違反は極刑らしいし、流石にクーラとか、特に激怒しそうだ。

 バレるワケにはゆかない。

 という少年の焦りは、ある意味違う感じで、しかし正直にも顔へと表れているらしい。

「ふうむ…アルト、知らない事は恥ずかしい事ではないぞ。例えアルトが、知識に於いて小学生よりも乏しいのだとしても、これから大いに学んで、身に着ければ良いのだ!」

 と、金髪セーラー服の美少女が、寛大なる輝く笑顔で許してくれている。

「いや、その…知識っていうか…」

 かつて、正義の味方お巡りさんを志して勉学や運動に勤しんでいた少年にとって、怠け者認定みたいな言われ方は、受け入れ難し。

「いや アルト。無理はしなくても大丈夫です。あなたに知識が無い事実は明白。勉強などの自己鍛錬を怠っていた事を、恥じる心があるならばこそ…これより精進をすれば、人並みには追い付けましょう」

「ぐぐぐ…っ!」

 もし普通に学校などでテストがあれば、少なくとも賞金稼ぎで宇宙をフラフラしているこの二人には、負けない自信がある。

 悔しむ少年に、クーラは勘違いをしながら、役に立てる嬉しさで頬を染めつつ、ブリッジの空間をフラフラと漂って。

「まったく、しかたがないなぁ~。それではアルト、これから お嫁さんであるこの私が、説明をしてあげようではないか!」

 パーティーマスクの下の大きな眼差しが、キラキラと輝いていた。

「え、うぅ…」

 確かに、この時代の知識はまだあんまりないというか、記憶に染み込んでいないというか。

 アース太陽系もピリンカ太陽系も、訊いてからこの身体の知識がアルトの記憶に流れ込んで来たので、今現在は知っていたりする。

「ま、まあ? 僕も、ド忘れしていただけだし–」

 と、自己評価にして百点な感じの返しをしていたら、抜刀巫女の目がキラりと光った。

「ちょっと待ってください」

 後から仲間になったクーラに、自分が奥さん筆頭だと強調された事が、ある意味で身も心も捧げているツバキの自尊心に、触ったらしい。

「アルトは、某の護るべき恩人。アルトが恥をかく事のないように、知性の面でも援護をするが某の務め。アルトには、某が説明いたしましょう」

「いやだから–」

「あの、むしろアルト様をお助けするのは、このコハクの役目です。特に話題が宇宙や知識の面であれば、誰よりも詳しいのはこのコハクです!」

 主の役に立つことが存在理由な女中ロイドが、二人の対決に割って入る。

「いやだからっ–」

「いやいや私がっ–」

「いやいやいや某がっ–」

「いいえこのコハクこそがっ–」

 目的地へ向かう相談という極めて普通な話し合いなのに、異様に混乱している。

 誰もが自己主張をする状況で、唯一、みんなが認識していて共通していて聞こえてくるのは「アルトは基礎知識に乏しい」という、屈辱の勘違い。

 悔しさ激高な少年は、場を静める為に、大声で仲裁をした。

「とっ、とにかく~っ、僕の話を聞いてくれっ!」

「「「は、はいっ!」」」

 三人揃って、気を付けをしていた。


「アース太陽系ってのは、地球連邦政府の中でも最重要な、地球本星のある太陽系の正式な呼び方で、銀河同盟でもそう呼ばれている。で、ピリンカ太陽系ってのは、約五十年前に開拓をされた新しい惑星のある太陽系で、地球連邦の領内では、一番新しい太陽系領の事だ。今さら、こんな近距離で開拓をされたのは、同盟関係ではないクリャルト惑星連邦の新しい開拓惑星がその領域の近くで出来たから、地球連邦としては防衛の要所とする為に完成させた。という歴史でしょ?」

「「「おおお~」」」

 少年の記憶に染み出した知識を、ブリッジのモニターを使って披露すると、女子三人は素直に拍手をくれた。

 元の身体の少年は、宇宙が好きだったのだろうか。

「さすがはアルト様~♡」

「意外と、本当に知っていたのですね」

「なんだ、知らないフリをして私たちをからかうとは、イジワルなヤツだ」

 言いながら、三人は楽しそうに微笑んでいる。

「ま、まぁ…って言うか、イジワルとかでもなくて–」

「まあ なんであれ、アルトに小学生なみの知識があったとは、これ幸いでした」

「うむ。チンパンジーよりも知性に乏しかったら、流石にお嫁さんとしても 心配になるからな」

「アルト様が知識に乏しくても、コハクたちは徹底的にサポートいたします!」

「はぁ…どうも…」

 まだ勘違いをされている感じだけど、とりあえず自尊心は護られた。

「それで、アルトの知性がチンパンジーよりは上だと解って、どうするのだ?」

「そういえば そうですね。アルトの知性がチンパンジーよりは上だと判明して、それで何が解決をするのでしたか?」

「僕たちの目的惑星っ!」

「「ああ」」

 チンパンジーはツバキとクーラだっ!

 と、呆れるチームリーダーである。

「ところでコハク、ピリンカ太陽系には、どんな惑星があるの?」

 主から指名された女中ロイドは、それだけで嬉しそうだ。

「はい、アルト様♪ ピリンカ太陽系 通称ピリンカには、人類の居住する惑星が二つと、無人の惑星が一つ、存在しております」

「へぇ…」

 少年の反応に、ツバキが「やはり知らないようですね」的な、勝手に納得の自慢フェイスで、説明を引き継ぐ。

「一つは、アース太陽系の地球と同じ自然環境であり、名前は『ピリンカガイアⅠ(わん)』といいます。太陽との距離がほぼ適していた為、ほぼ無改造で移民が始まり、一般人の中でも地球連邦軍の軍隊の関係者や家族などが、住民の大半と言われています」

 更に「やっぱりアルトの知識は小学生レベルなのだな」と、勝手な納得をした的なニッコリフェイスのクーラが、説明を引き継ぐ。

「もう一つは、ガイアⅠよりも太陽から離れている『ピリンカガイアⅡ(つー)』と呼ばれる惑星だ。こちらは地球連邦政府の軍事部門が駐屯していて、いわばクリャルト連邦との領域の境目を護っている、戦闘部隊の基地惑星でもあるな」

「へぇ…」

 交戦状態ではないとはいえ、危険の最前線でもある。という事だ。

「って事は、結構あぶない惑星域じゃないの? そんなところに、僕らみたいな賞金首を兼ねる賞金稼ぎが行って、大丈夫なの?」

 宇宙冒険の初心者としては、当然の心配だろう。

 しかもアルトは、もし逮捕されてしまったら、遺伝子法違反で極刑にされてしまう危険が大な身である。

「そうですね。アルト様の場合ですが、ステーションやギルド以外の施設へと特に立ち寄りなどされなければ、危険はないでしよう。このピリンカ太陽系を起点として、次の恒星系へジャンプするのが、アース太陽系から本格的な外宇宙へと向かう、一般的な航路となります」

「そっか…そこって、えっと…銀河警察とか、いるの?」

「いいえ。軍隊が駐屯しておりますので」

「「ん…?」」

 知らない大地へ降りるのも楽しみだけど、とにかく今回は、身の安全が第一だ。

「それじゃあ、そのコースで行こう!」

 と決定。

 そしてクーラとツバキは、何やら違和感を感じた様子。

「ところでアルト、一つ 気になったのですが」

「なに?」

「アルト、何やら銀河警察を、やけに警戒していないか?」

「ギクっ!」

 遺伝子法違反がバレる。

「ぃいいやあぁぁああっ、そんなこと…ない…んじゃない…かなぁぁぁ…」

 蚊の鳴くような声で焦るアルトの顔が、見る見る青ざめてゆく。

 正義感の塊みたいなクーラは絶対に許してくれないだろうし、極刑レベルの犯罪者だと解ったら、ツバキだって許してくれないかもしれない。

「「んんん…?」」

 最強の女子二人が、何かを確信して、ジっと見つめてくる。

「ぇえっとぉ…」

 ツバキの清楚な静眼と、クーラの真っ直ぐな眼差し。

 タイプの違う美少女たちの美顔で超接近をされて、激しくドキドキもして、思考が混乱させられる。

「つまり…」

 精神的に追い詰められて、答えに困っていたところに。

「アルト様っ、緊急事態ですっ!」

 それは、主を救わんとする女中ロイドのフェイク情報ではなく。本当に緊急事態であった。


                    ~第三十一話 終わり~

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