第十八話 運送屋さんの転機


 ドン・マーズの居城であるコロニー「ドン・キャッスルズ」は、アルトたちが戦闘をしたコロニーから見て、火星の反対側に浮かんでいた。

 ねこ型航宙船小判丸は、コロニーから遠く離れた火星上空で待機。

 コロニーのレーダーが届かない遠距離で、敵戦力の偵察を行っていた。

「なんか、宇宙に浮かぶピンポン玉みたいだね」

 拡大映像で処理されなければ、遠くの星の光の一つにしか見えない。

 球体コロニーは、素材剥き出しな銀色の外装に火星の赤い大気を反射させていて、大きさは直径十キロほど。

「比較的に新しい物件ではありますが、どうやら中古で購入されたようで…五年ほど前まで販売されていた記録が残っております。新古品としても最安値のタイプでして、生活空間はありますが、どちらかといえば中継ステーションとしての性格が強いタイプ と言えましょう」

「中古で生活に適さないコロニーが居城なんだ…」

 なんだか切ない気がするけれど、たしかに「ご近所の迷惑者」と言われれば、シックリ来るレベルだ。

 コロニーとしては最低限の生活空間や倉庫や循環装置、乗り降りする為に宇宙船用の接岸ポイントがあるだけで、筒型コロニーよりも生活し辛そう。

「構成員? って、どのくらいいるか 解る?」

「はい。検索をした結果、裏の情報筋によりますと、ドン・マーズと護衛が一人、あとは組織のメンバーが六名の、合計八名という記録です」

「それって、このまえ倒した襲撃者も含めて?」

「仰る通りです。ですので 現在は、ドン・マーズと護衛、構成員が五名で、計七名と判断されます」

「ふぅん…それ以外の戦力…たとえば、宇宙船とかは?」

「中型の航宙船を一隻、所有しているようです。当然、違法な改造を施された改造船と思われます。ちなみに、コロニーにも違法武装が施されている と考えて良いでしょう」

「だよね」

 内部の構造などは、メーカー公式の説明図で解るし、コロニー内部の改造なんて大掛かりな事に、お金を掛けているとは思えない。

「とにかく、まずは ドン・マーズがあの中のドコにいるのか…ん?」

 モニターでコロニーを眺めていたら、小さな光が発進をして、火星に向かって降下してゆく。

「あれ なに?」

 コハクに訊ねると、思わぬ答えが返ってきた。

「はい。火星の地上に本社を置く、運送会社のシャトルですね」

「って事は…これはラッキー! コハク、あの船を追跡して!」

「了解しました」

 ねこ型航宙船は、小型シャトルにバレないよう、大気圏へと突入をした。


 宇宙港で、シャトルから降りる従業員を注視。

 出て来たのは、身長は平均的だけど痩せて顔も緑色な宇宙人で、表情的にも雰囲気的にも、悪人には見えない。

 出入星ゲートの柱の陰で、気を引き締めるアルトとコハク。

「温和そうな方ですが…」

「見かけはね。実はイキナリ強敵とか、ありそうじゃない?」

 コハクの情報捜査によると、そもそも件の運送会社は、表社会よりも裏社会での仕事が殆どらしい。

 つまり、あの温和そうな運送屋さんも、話して見たら怖い人。

 という可能性はある。

 ゲートを通過した運送屋さんは、自販機でジュースを買って、一服するようだ。

「とりあえず、当たってみるか」

「はい」

 アルトはガンベルトの銃を抜いて、マントで隠しながら、コハクと二人で運送屋さんへと、静かに接近。

 ベンチでリラックスする男性の背後に腰かけると、背中に銃を押し充てながら、小声で話しかけた。

「動かないでください。静かにお願いします」

「…っ!」

 緊張しながら、声を出せない運送屋さん。

 女中少女が。さり気なく男性の前へと回り、様子を伺う。

 特に動揺とかも感じさせず、ジっとしている様子は不気味だ。

(…やっぱり 手練れ…?)

 アルトも緊張をしながら、銃をグ…と押し付けたら。

「アルト様、もうその辺で…」

 と、コハクからの忠告。

「え?」

 コハクの優しい掌で振り返らされた運送屋さんは、身体が干からびるのではと心配になるほど、声も無く大泣きをしていた。

「え、あの…」

 なんだか、コチラの方が悪く思えてくる。

 全身を恐怖で振るわせる運送屋さんは、えずきながら、命乞いをしてくる。

「あっあぐっ–どどどどどぅかっ–僕の命だけわはっ–おおおねがぃですうっ–イナカの星にはっ、母ちゃんが一人でっ、畑仕事でっ、暮らしててっ–ぼ僕がっ死んだら、かーちゃん、この世でっ、独りぼっちでっ、もう…っ!」

 急に、昭和みたいな苦労人が現れた。

 コハクが、運送屋さんの人相などからハッキングで調べた情報によると、この人の言葉に嘘はないと確認。

「あぁ、えっとその…」

「ぼぼぼ僕はっ–えぐっ–この会社がっ、反社会的だなんてっ–うぐっ–知らなかったんですうううっ! 今日っ、さっきの配達で退職するのにっ、だからって、こんな始末されてしまうなんてっ! うああああああああああんっ、かーちゃああああああああああああああああああんっ!」

 遂に泣き出す運送屋さん。

「あああのっ–すすすみませんっ! ただそのっ、聞きたい事があってですねっ!」

 悲劇の運送屋さんの泣き声で、周囲の人たちがザワザワし始める。

「どうしたんだ?」

「あのマントの男、脅迫しているのかしら」

「悪い男ねー」

 周囲の人々から、白い目で見られるアルト。

「いやそのっ–たっ、ただの勘違いですからっ! そっそうだっ–きっ、喫茶店でっ、語り合いましょうっ!」

 必死の作り笑顔で、アルトは運送屋さんをコハクと二人で寄り添って、宇宙港を後にした。


「…それでは、あなたたちは、僕を殺しに来たのではないと…」

「ようやく 納得していただけましたか」

 宇宙港近くの喫茶店で、運送屋さんを三十分ほど説得をして、ようやく暗殺者ではないと理解をして貰えた。

「それで、あなたが知っている範囲で結構ですので、さっきのコロニーについて、教えて戴けないでしょうか?」

 と、伺いを立てたら。

「で、でもあの…お客様に関する情報は、なんであれ、守秘義務がありますし…」

 と、真面目な運送屋さんは渋る。

「ま、まあ そうなんですが。僕たちはその、あのコロニーとはその…ちょっと、一悶着ありまして…」

「はぁ…ですが…」

 どこまでも真面目な運送屋さん。

 アルトはテーブルに両掌を突いて、土下座のように頼み込む。

「どうかこの通りです。あなたが知っている範囲で結構ですし、あなたから聞いたとか、絶対に口外しませんから!」

「で、でも…やっぱり、お客様の情報は…」

「あのコロニーの主、ドン・マーズは賞金首です! 社会悪なんです! 誰かが戦わなければならないのです! どうか、協力してくださいっ!」

「う…で、でも…そもそも、情報を漏らしたなんて知れたら、今度は僕が狙われるじゃないですか。火星を逃げ出す程のお金なんて、無いですし…。僕らみたいな貧乏人は、犯罪にだって、耐えるしかないんです…っ!」

 と、涙する運送屋さんに、コハクが提案をする。

「それでは、交換条件を提示いたしましょう。アルト様、宜しいですか?」

「え、あ、うん…」

 コハクに、何か考えがあるらしい。

 真面目に、そして愛らしい美顔で、運送屋さんと向き合う女中少女。

「情報を提供して下されば、私たちがドン・マーズの一件を片付けた暁に、ギルドを通じて火星警察へ、あなたの貢献を進言致しましょう。そうすれば、あなたは火星の治安維持に貢献した偉人として表彰され、賞金も与えられるでしょう。更に火星の行政によって、身柄の保護と、火星から別の惑星への転出を保証されます」

 惑星条例と照らし合わせたらしい。

 コハクの提示した条件に、運送屋さんは迷い始めた。

「べ、別の惑星…」

 賞金を貰って、身柄を護られたうえで別の惑星へ行って、再就職。

「そ、それは…」

 ある意味、反社会から脱したかった運送屋さんにとっても、望ましい話だろう。

「あなたの勇気が、社会の悪を討ち倒せるのです!」

 アルトも後押し。

「…わ、解りました…っ! 僕も、覚悟を決めます…っ!」

 運送屋さんから得られた情報は、予想以上だった。


                       ~第十八話 終わり~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る