第十五話 馬追い
接岸して、航宙船の側側ハッチから港へ上がると、無人の施設はゴーストビルディングのように、汚れた廃墟を思わせた。
小判丸に用意されている宇宙服は、生前時間のジャージを思わせる、少し余裕のあるタイプで、ヘルメットはオートバイ用のタイプと似ていた。
「じゅ、重力 ないよね…」
「コハクがフォローをさせていただきます、アルト様」
航宙船のグリップから手を離し、思い切って軽くジャンプ。
無重力の広い港を、アルトは恐る恐る浮遊しながら、スーツの姿勢制御噴射システムなどを駆使しつつ、対面の壁へと近づく。
対して女中少女は、特に何かを噴射する事もなく、全身と手足の動作もほぼ見せずに、綺麗な姿勢で目的の壁へと静かに到着をした。
「アルト様、こちらです」
「う、うん…よしっと」
頑張って港の手すりにつかまって、ソロソロと移動をしながら、ブーツの底の特殊磁石で目的の壁に立つ。
「あー怖かった…それで、ここの港って、一応 機能はしてるの?」
「一部ですが、正常に可動している機関も存在しております。コロニーの現状維持システムには、ほとんど役に立ってはおりませんが」
「ふうん…」
コハクはアンドロイドなので、宇宙船外でも特に装備を必要としないらしい。
女中さんスタイルで宇宙港を闊歩する姿は、なんだか合成画像のようでもあった。
入出港の管制室はガラスが割れていて、ハッチも壊れたこの港はもちろん空気など無くて、人用の出入り口は閉じられたまま機能が停止。
「どこから入るか…」
「アルト様、こちらです」
奥の荷物搬入口は機能が生きていて、トラックが乗れる程の大型エレベーターが可動していた。
「どうぞ」
システムを操作したコハクに促されて、大型エレベーターへ乗って、無重力な港から地上まで降りて行く。
回転して重力を発生させているコロニーの中心軸は無重力だけど、上空三キロほどの高度からエレベーターで地上へと降りて行くに従い、遠心力による約一Gの人工重力を感じられるようになる。
「お…なんか、身体が重くなってきた」
「はい。もうすぐ 地上階で御座います」
エレベーターガールのように、恭しく頭を下げる女中少女だ。
中央から三キロ弱の地上階まで降りると、重力は地球上とほぼ同じな、ゼロコンマ九Gらしい。
重力を感知すると、ブーツの磁石がオフになる。
「なんか、重力があると安心するね」
「コロニーでお生まれになれば、また違うようですが。アルト様、あちらを」
平手で指示された方を見ると、ビークルの貸し出し施設があった。
「そういえば、野生のビークル とか言ってたけど…」
大きめな小屋みたいな施設を覗いてみる。
「ビークルって言うなら。車とかじゃないのかな?」
と思って見たら。
「うわっ、なんだアレっ!?」
小屋の向こう、施設の中庭には、メカな馬が十頭ほど、ノンビリとくつろいでいた。
「も、もしかして、あれが…ビークル…?」
「はい。この二番地第二十アイランドは、太古の地球をイメージした生活および観光施設でしたので、人工的に造成された自然環境と、野生の馬に似せたビークルが好まれ、利用されておりました。と、記録にもございます」
メカホースたちは、みな大型の牡馬のような体躯をしていて、ボディーはメカだけどブラウン系などで、様々な色付けを施されている。
人が利用しなくなって、AIが自然環境に適応しようとした結果、野生馬のように集まって過ごしているらしい。
「の、乗れるの…?」
野生の馬は気が荒い。
みたいなイメージがある。
「プログラムは野生化しておりますので、あらためて乗りこなす必要はありますが、後ろから近づいて蹴られたりしない限り、危険なビークルではありません」
「そう…」
目的の賞金首が隠れている林の岩場まで、七キロ以上はある。
「この馬を乗りこなせないと、指名手配犯の元まで…まあ、ほぼ辿り着けないんだよね?」
「はい」
「なら、頑張るしかないか」
決意をしたアルトは、施設の囲いに侵入をして、メカホースたちへとゆっくり歩み寄る。
「お~い、馬たち~。僕を乗せておくれ~」
不審者=敵である野生にとって、当然アルトは敵でしかない。
メカホースたちはブルルっと合成音で嘶くと、集団で少年から距離を取った。
「離れてゆく…力づくで捕まえるしかないって事か」
少し走ったら、馬たちも速足で遠のく。
止まると逃げるのをやめるものの、こちらをガン見して警戒している。
「アルト様、こちらの装備をご使用下さい」
施設の一角に残されていた、ビークルホース用の手綱システムを手渡された。
先が輪になっていて、鞭のようにしなり、メカホースに充てれば自動で巻き付いて手綱になるらしい。
「ようし…メカホースたちっ、行くぞっ!」
生真面目にもメカホースたちへの挑戦を宣言してから、アルトは必死に走る。
しかしメカホースたちの俊足は当然、人間の脚では追い付けず、距離はなかなか縮まらない。
「はぁ、はぁ…ようし!」
暫くグルグルと追いかけ回して、周回の内側を走って少しずつ、騙し騙し距離を縮めて、手綱が届く距離まで詰めたら投擲。
「それっ!」
しかし、手綱を避けられて失敗。
また追いかけっこから、やり直しだ。
という手順を何度か繰り返して、アルトは漸く、一台のメカホースへと、手綱を引っかけた。
「よしっ–あわわっ!」
手綱を取り付けられたメカホースは、野生化したプログラムに従って逃げ回り、捕獲者を振り切ろうとする。
アルトは走る馬に引っ張られて、まさしく西部劇の一幕のように、ゴロゴロと引き回されていた。
「うわっ–痛ててっ–こいつぅっ!」
宇宙服の耐久性のおかげで、アルトは痛みに堪えながら手綱を引き寄せて、馬の胴体へとしがみつく。
背中へと跨ったら、ホースビークルのプログラムが、野生から初期設定へと移行したらしい。
アルトが跨る背中が柔らかいクッション状にシステムチェンジをして、足を乗せるペダルも出現。
野生化していなければ、当然、こんな苦労はしなくて済むのである。
メカホースは走るのをやめて、背中の主へと、愛嬌のある顔寄せをしてきた。
「おお、なんかなついてきた。これでいいの?」
「はい。アルト様、お見事でございます」
言いながら、コハクは横座りでメカホースを操っている。
「コハク、捕まえてたの…?」
「はい♪」
アンドロイドからすれば、野生化したメカホースを捕らえるなど、朝飯前らしい。
なら捕まえて、寄越してくれれば。とか思うも。
「アルト様の冒険心を満たして戴くには、メカホース確保は丁度良いと演算いたしましたので」
「まぁ…そうだね」
引きずられたものの、宇宙服のおかげで怪我はしていないし、何より自分で捕まえた馬が従順なのは、なんだか嬉しいし愛着も感じる。
「メカホースの操縦は、本物の馬と同じですが、手綱を通してアルト様の意思を電気変換し、メカホースへと感知されますので、難しくはないと思われます」
つまり、乗者の思考を電気信号として、手綱を握る掌から伝達をされて、メカホースへの命令とされるらしい。
「へぇ…お」
歩けと思ったら、想像した速度で歩き出す、メカホース。
走らせたら早く、止まれと思ったら停止する。
まさしく、従順なお馬さんだ。
「うわ~、なんかすごく、可愛いな~」
「そ、そうですか…!」
メカホースを褒めたら、コハクが何だか不機嫌になった気がする。
「それでコハク、賞金首たちは、どのあたりにいるの?」
「あ、はい。ここから南側方向の、あの林の岩場です」
メカホースへの情報転送ではなく、わざわざ平手で指し示すコハクだ。
「よし。それじゃあ行こうか。案内をお願いするよ、コハク」
「は、はい!」
頼りにされて嬉しそうな、女中少女。
そんな二人を、密かに監視している犯罪者たちがいた。
~第十五話 終わり~
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