第九話 必需品を手に入れろ!
「……どうしようか」
宇宙船を手に入れて、いざ宇宙冒険に出発せり。
と思ったけれど、現実的な問題が、アルト自身に発生した。
「アルト様は有機生命体でいらっしゃいますので、生命活動を維持されるうえで、一日三度のお食事は不可欠でございます」
つまり、アルトは空腹だった。
小判丸の倉庫には、航宙法で定められた範囲での、宇宙航行に必要な保存食が幾つか積まれてはいる。
しかし、備蓄も一週間ほどしかなく、お金もポケットの百万円玉が一枚のみ。
「コハクは ほぼアンドロイドですし、有機パーツも人工有機体ですので、必要なエネルギーはダークマターで補えます」
「なるほど…」
便利で経済的な女中少女。
とにかく、アルトが食べる為にも、お金が必要であった。
「せっかく、超高性能な宇宙船を手に入れたのに…地上で安定的な就職とかも、あまり意味が無い気がするなぁ」
「アルト様ったら…ポ」
超高性能という言葉が褒め言葉だったらしく、コハクは頬を染めて嬉しそうだ。
「何か宇宙で出来る仕事…そうだ、宇宙船を利用して、運送業とか どうかな?」
「お言葉を返すようですが…」
コハクは、言いづらそうに進言をする。
「アルト様は、遺伝子的にはこの時代に存在されない人物でございます。どのようなお仕事を選択されるのであれ、正式採用というわけには行かない。と推測されます」
「? どういう事?」
遺伝子的に存在しない人物という事は、遺伝子偽装と認定される可能性が極めて高い。
そして、各銀河を統治するそれぞれの惑星連合としては、遺伝子偽装は原子レベルで消滅死刑にされる程の、超重レベルの犯罪なのだとか。
「そ、そうなの…?」
「はい。ですので、アルト様が収入を得られる方法といたしましては、非合法稼業、いわゆる裏稼業と呼ばれる職業以外には、極めて難しいと推察されます」
「裏稼業…」
アルトは正義を志す少年であるが、年頃の男子としては、ちょっとワクワクしてしまう言葉でもあった。
子供の頃にネットなどで視聴した、探偵ドラマや仕事な人などが、頭を過る。
「裏社会…えっと、ちなみに どんな職業があるの?」
「はい」
主の問いに答えながら、女中少女がモニターに映し出す。
「大まかにですが、このような職業が 確認されております」
「どれどれ」
モニターいっぱいに映し出された裏稼業は、それこそ太古から続く売春から用心棒、生前の時代にも存在していたハッカーから転売ヤー、更にこの時代らしい宇宙の逃がし屋や惑星改造屋など、様々であった。
「裏稼業は、存在自体をあいまいにする傾向が強くありまして、明確にこの職業、と定義づけをするのは、困難と言えましょう」
「なるほど…」
表示されている裏稼業の中にも、グレーゾーンな仕事が意外と多いらしい。
中でも、探偵や用心棒、ちょっと危険な運び屋、裏取引業者や重犯罪者始末人、更には保証の無い異星人傭兵団など、たしかになんとなくボンヤリした印象ではあった。
「この宇宙船だったら、やっぱり運び屋なんか、出来そうな気もするけれど…」
「そ、その件に関してですが…」
何か言いづらそうな、宇宙船の端末少女。
「本体の倉庫のキャパシティーは、極めて平均的で御座います。裏稼業での運送等を始められるとすれば、最低限でも中型のコンテナ船などを購入し、防衛の為の重武装などを施し、更に仕事内容といたしましては、各惑星国家の裏ルートでの密輸行為となります」
つまり、裏稼業の中でも間違いなく、バレる=犯罪者。
「そ、そうなんだ…」
しかも現在のアルトには、コンテナ船だの武装だのを調達できるお金も信用もない。
仮に命を対価に借金をしたくても、遺伝子法違反の身体では、むしろ懸賞金を欲しさに裏切られるのがオチだろう。
「…たしかに、そもそも正体不明な少年にお金を貸してくれる人なんて、まぁいないよね」
となると。
リストの中で、遺伝子検査などがなく、しかもある意味アルトが経験済みとも言える職業は。
「…重犯罪者始末人、平たく言えば賞金稼ぎ…。っていうのが、現状では最も可能性がある選択って事だよね…」
「コハクも、アルト様の選択に同意いたします」
賞金稼ぎ。
まさに、宇宙を冒険するに相応しい仕事な気がする。
ついでに、少年の心をワクワクさせてもいた。
「そうだなぁ…賞金稼ぎか。それで、賞金稼ぎになるとしたら、どうすればいいの?」
「はい」
笑顔で説明をくれるコハクの言葉は、簡単明瞭。
「惑星連邦のギルドに登録さえすれば、その瞬間から賞金稼ぎとして活動が可能です。登録料金は必要ですが、その際の料金は命を担保とした借金で賄えます。この職業には命の保証はありませんので、遺伝子検査などもありません」
「ギルド…そんなのがあるんだ。あ、ちなみに、登録しないで犯罪者を倒したりすると、どうなるの?」
「はい。極めて常識的に、犯罪者です」
「そう…えっ!?」
という事は。
「僕はその…この時間で目覚めてすぐに殺し屋に狙われて…三人も倒してる。それに、宇宙港までに追跡者も何人か、数えてないけど…きっと…」
殺人者になっているであろう可能性に、軽く慌てるアルトへ、コハクは落ち着いて笑顔で話す。
「アルト様の場合、事情が事情ですので、警察としても正当防衛と判断される可能性が高いと推察されます。ですが…」
「ですが…?」
「先ほども申し上げました通り、遺伝子チェックで偽造遺伝子と認定されてしまう可能性が、非常に高いと推察されますので、正当防衛で無罪→遺伝子違反で極刑。となる可能性が極めて高いと推察されます」
「ぇえーっ! それってつまり、僕はもう、地球では殺人者扱いのままって話?」
「裏通りの一件など、目撃者の証言を考慮すれば、その可能性は四七%と推察されます。ですが最も懸念されるのは、警察機関による取り調べの際の、遺伝子チェックによる判定です」
つまり。
「殺人者の疑いは晴れても、遺伝子違反者として死刑にされる…って事?」
「はい」
とか、主の正しい理解に笑顔を見せるコハクだ。
「うわ~。じゃあ少なくとも地球にはしばらく戻れないし、もしかしたら被せられている殺人者の汚名も返上出来ないのか~!」
正義を志ざし、警察官を目指していた少年としては、血涙レベルで悔しい。
「以上のような事情から、アルト様が現在、最も相応しい職業は、重犯罪者始末人でありましょうと、コハクは意見具申いたします」
あらためて、賞金稼ぎ。
とりあえず、少年心には響く、格好良い職種ではあった。
「でもさ…僕に出来ると思う? ようは、犯罪者との殺し合いでしょ?」
修羅場を二度三度と乗り越えたとはいえ、それしか経験が無いとも言える。
ある意味、調子に乗って一番死ぬタイミング。という気もする。
「あくまでコハクの収集したデータからの推察ですが、アルト様は、射撃の能力と回避の能力が極めて高い。と結論いたしております。重犯罪者の殆どは、銃による殺傷を得意としておりますし、銃撃を回避されたアルト様の一種異様な身体能力ならば、対応可能と推察いたします」
愛らしい笑顔で「一種異様な身体能力」とか言われた。
「そ、そうかな…」
コハクは、アルトの下僕になったと同時に、各種の記録をハッキングして遡ってデータを収集。
アルトが目覚めた際の戦闘も、衛星の防犯映像から取り出して、銃撃戦の様子をデータ記録、衛星本体の記録は逆に抹消していたらしい。
逡巡する主に、女中少女が応える。
「僭越ながら、コハクはビームシールドを展開させる事も可能ですので」
と言いながら、前方に差し出した両掌から、クリアーグリーンのビームシールドを展開させる。
「わぁ…っ! まるでロボットアニメみたいだっ!」
「ですので、マスターを諸語する下僕のお役目を、務めさせていただく事になりましょう」
アルトが賞金稼ぎにワクワクしている事を、コハクは生態モニターで認識しているらしい。
コハクが、単に少女型ではなく各種高性能なのは、所有者の護衛も役目に含まれているからである。
心強い後押しの言葉に、少年の心が決意をする。
「…うん。それじゃあ、正義の賞金稼ぎを目指してみるかな…!」
「はい、アルト様」
とはいえ、とりあえず地球と月には、戻らない方が良さそうだ。
「ここから最も手近で、今のところ顔を出しても大丈夫そうな所って…」
「コハクと致しましては、火星をオススメいたします」
「火星…?」
地球連邦に所属している火星は、地球人類が開発した最初の移民惑星である。
厳密には、一番最初の移民星は月だけど、月は惑星ではなく衛星であり、更に宇宙開拓の拠点的な性格が強かったので、一般的には火星ことが人類最初の移民星であると認識をされていた。
「移民当初より地球連邦からの独立志向が強く、現在までに三度ほどの独立運動も勃発をし、全てが火星独立派の敗北で集結をしております」
地球連邦の直轄地から、最近になって漸く自治権を譲渡されたものの、まだ独立の機運はくすぶっているという。
「このような土地柄と言いますか、惑星柄ですので、治安の不安定さは、この太陽系随一でございます。つまり…」
「いわゆる犯罪者も多い。という事だよね」
「はい」
なんであれ現在のアルトには、ギルドにでも登録しないと、食べる術がないのだ。
「よし。それじゃあ、火星に向けて出発だ!」
「了解しました♡」
宇宙船的には、行き先を命令される事が、何よりも嬉しいらしい。
輝くような笑顔の女中少女の運行で、ネコ型航宙船小判丸は、火星に向けてエンジンを全開にさせた。
~第九話 終わり~
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