第八話 ネコで古風な最新鋭船
重力圏を脱出すると、ネコ型航宙船である小判丸は、巡航速度を保ったまま月へと向かう。
「月ですか…何かあるんですか?」
「ワシの隠れ家じゃよ」
魔法使いにも見える老博士は、地球や月以外にも、いくつかの秘密アジトを持っているらしい。
「で、じゃが…アルト君、コハクを貰ってくれるかね?」
「え、ああ…」
そういえば、そんな話をしていた。
差し上げられると言われている女中少女は、恥ずかしそうにモジモジしている。
「でも、その…僕は、お金も何もありませんけど…ああ、せいぜい この手にしているハンドガンくらいで…」
と、銀色の、そしてお世辞にも高級感があるとは言えないアルティメット・ナンブを見せたりする、正直な公男。
「何もいらんよ。アルト君はワシらを助けてくれたしのぉ。命を狙ってくるような元の発注者に渡すよりも、お前さんみたいな若者にこそ、コハクは有益じゃろうて。のぅ コハク」
「はぃ…」
恥ずかしそうに頷く最新航宙船の端末であるコハクは、まさしく古式ゆかしい日本女性のようだ。
(コ、コハクは可愛いし、外見なんか 人間にしか見えないけど…)
「でもその…僕は宇宙船なんて所有した事 ないですし…どう扱って良いのか…」
と、正直に不安を口にしたら、宇宙船の端末少女は涙ぐんだ。
「コ、コハクは…あると様のお役に立てない、ダメ宇宙船でしょうか…」
「い、いやっ、決してそういう意味では…っ!」
女子に泣かれるなんて初めてな公男は、どうして良いのか解らない。
「べべ別にそのっ、コハクっ–さん? には、何の問題も無くてそのっ–僕がっ、宇宙船とかっ、この時代にもっ、未知な部分ばかりでしてっ、そのっ–」
慌てて説明するも、上手く不安が伝えられていない気がする。
それでも、女中少女の表情がパっと明るくなった。
「それでは、コハクがお気に召さないという事では、ありませんのですね?」
輝くような、愛らしい笑顔だ。
「は、はぃ…」
これがロボットだなんて、首を外したところを見たのに、なんだかまだ信じられない気持ちな公男。
無邪気で愛らしい笑顔に、つい見とれてしまった。
少年と少女の初々しいヤリトリに、老博士が状況を進める。
「この時代の事がわからんとか よくわからんが、それなら益々、コハクが役に立つぞ。単に超高性能な宇宙船というだけでなく、銀河共通の常識から外宇宙の共用ではない言語、更に初めて聞く言語ですら、情報の蓄積で三日もあれば完璧に通訳できるぞい」
「そ、それは凄いっ!」
ハイスペックが裸足で逃げ出す感じの謳い文句だ。
「でも…本当に、その…タダで戴いてしまって、良いんですか…?」
代わりに条件。とか言われないだろうか。
「代わりに条件がある」
やっぱり。
「ワシの隠れ家のある場所だけは、破壊とかせんでくれよ。なんたって、隠れ家を作るのが一番 大変なんじゃからのぉ」
「え…それだけ ですか…?」
「それだけじゃな」
本当に、それだけらしい。
女中少女を見ると、公男の返答を待って、まるで入学試験の結果待ちな受験生の如く、ドキドキしている様子だ。
「そ、それじゃあ…コハクさんを、僕が頂きます…」
なんだか「娘さんを下さい」みたいに、恥ずかしい。
「ぁああ…ありがとうございます…っ!」
感謝で頭を下げる少女が、嬉しそうに瞳を濡らす。
コハクは、公男の正面で綺麗な正座になって、三つ指をつく。
「不束者では御座いますが…どうか末永く、お傍に置いてくださいませ」
思わず見とれて、公男も慌てて正座。
「は、はいっ! あのっ、り、立派な所有者になれるようっ、頑張りますっ!」
娘の嫁ぎ先が決まって、郎魔法使いも嬉しそうだ。
「ほっほっほ。それでは早速、マスターの登録を行うとしようかの」
「マスターの登録…?」
何か公的な書類でも書くのだろうか。
と思った少年に、女中少女が説明をくれる。
「私たち宇宙船は、マスターの所有物であるという登録が義務告げられております。私のマスターはあると様ですが、その登録をされませんと…万が一にも盗難などの場合、所有証明がなければ返還されませんので」
「なるほど…自転車の防犯登録みたいな感じですか…解りました。それで、どうすれば?」
登録書類はどこですかと尋ねようとしたら、女中少女が立ちあがり、恥ずかしそうに眼を閉じた媚顔が、少年の顔へと接近。
「え…」
可愛いフェイスにドキっとしたら、右の頬に優しい口づけをされていた。
「………ぇええっ!?」
女子にここまで近づかれたのも初めてだけど、キスを貰ったのも初めてだ。
数時間みたいな数秒の頬キスが終わると、コハクは恥ずかしそうに、媚顔を離す。
「…あると様の皮膚から、遺伝子情報を戴きました。…登録完了です。これで私、コハクと航宙船小判丸は、正式にマスター・アルトの所有物となり、全ての機能のロックが解除され、使用可能となりました♡」
報告をしながら、嬉しそうなコハク。
「ぼ、僕の宇宙船…機能の全て…?」
自分の宇宙船と思ってブリッジを眺めても、この立派な宇宙船が自分の物となった事に、まだ実感がわかない。
それに、全ての機能とは?
「色々と出来ますが、先ほどまではロックされておりまして、ごく一般的なドロイドよりはずっと便利、くらいの機能でした」
だから、博士と二人で逃げるのは難しかったらしい。
「現在は、ビームシールドや超高速ハッキングなど、お役に立てる機能がオープン状態です♡」
さっきまでがノートパソコンだとすると、今は自律型スーパーロボットのような状態らしい。
「そ、そうなんだ…」
「あ」
コハクが何かに気づいて、逆に公男が慌てる。
「えっ、あ、あの…僕に何か、不備でも…?」
やっぱり登録取り消し。
とか言われたら、落ち込みそうだ。
「マスター・アルトの遺伝子情報ですが…アルト様の仰られた通り、遺伝子に変異の痕跡が見られます」
「ほほぉ」
老化学者は、特に興味を持ったらしい。
「遺伝子の年代測定が完了いたしましたところ、アルト様の存在自体が、西暦二千年代…つまり現在より二千五百年ほど昔の遺伝子である。と算定されました」
科学者の老人からして、少年の現状だけは、すぐに納得できたらしい。
「ほほぉ…つまりお前さんは、西暦二千年代あたりからやって来た。というワケなのかい?」
「じ、実は…」
信じて貰えるかどうかはともかく、公男は全て、正直に話した。
前世で事故死して、この時代の、この子孫の身体に転移してきた事。
「なるほどのぉ! つまりお前さんは、ほぼ二千年前の個体から現代の個体へと転移してきた、特殊な個体。というワケかい。それはなんとも興味深い話じゃっ!」
遺伝子的には、公男の転移が事実だと証明されらしい。
「まあ…僕も、目覚めて色々と体験するまで、よく解らなかったんですけれど…」
老博士は、少年の周りをグルグルと回って観察をすると、少し考えて、提案をしてきた。
「のうアルト君よ。ワシはお前さんに、とても興味を持ってしまった。お前さんさえ良ければじゃが…コハクの中のお前さんの遺伝子情報とか、これからのお前さんの遺伝子情報とか、ワシにもお裾分けして貰えんかのお」
「えっと…」
魂が転移してきて、この時代の身体に入り込んで、肉体ても影響を与えている。
つまり、二千五百年前の人間が生きている。
ついう科学的な事実に、科学者としての知的好奇心が、刺激をされたらしい。
この老人の素性は知らないけれど、少なくとも悪人とは思えない。
「ま、まぁ…僕もよく解らないですし…良いです、解りました」
「おお、それは嬉しい! それではコハクよ、早速じゃがワシの隠れ家のデータバンクまで、アルト君の遺伝子情報を転送しておくれ」
頼まれたコハクは、現在のマスターである公男に同意を求める。
「マスター・アルト、宜しいですか?」
「あ、うん。どうぞ」
所有者の許可を貰って、コハクは虚空へと視線を上げて、七色に光るデータを送信。
「完了しました」
「ほっほっほ。お前さんのデータ、魂の存在を肯定する とてつもないデータかもしれんのう♪」
心底から楽しそうな老博士だ。
と、いつの間にか宇宙船は、月へと接近。
正面モニターいっぱいに、真っ黒い宇宙空間で白黄色い月がハッキリと、エッジを立てて輝いていた。
「月面上空 五十キロです」
「ふえぇ…こんなに大きく見えるのに、そんなに高度があるんだ」
公男が生きていた時代の地球上から見た月よりも、大きくてハッキリしていて、逆にワザとらしく感じたり。
老博士が、立ち上がる。
「それじゃあ、ワシは隠れ家に引っ込むとするわい。早くお前さんの遺伝子の研究も したいからの」
月に着陸するのかな。
とかなんとなく想像をしたら、博士の周囲に七色な光の輪が多数と現れて、博士自信が光の粒へと変換されてゆく。
「て、転送…っ!」
「有機物しか転送できんでな。ほぼ無機物のコハクでは、転送できんのじゃよ」
だから、転送で逃げる事は出来なかったらしい。
渦巻く光の粒に包まれる老博士の姿に、公男は、古典SF映画で見たシーンを思い出したり。
「それではコハクや。船体を大事にな」
「はい、博士。誕生してから三日間、お世話になりました」
まるで、嫁ぐ孫娘の送り出しのようだ。
「アルト君。この宇宙でどう生きるかは、全てキミの覚悟次第じゃ。まあ、何よりもまずは、死なん事かの。ほっほっほ」
「はい」
宇宙船、ありがとうございました。
と告げようとしたら、博士は隠れ家へと転送されて、ブリッジから消えた。
「…行ってしまった…」
暫しの沈黙が訪れて。
「それでは、マスター・アルト。目的の宇宙はどちらへ。このコハク、マスター・アルトの命ずるままに、この宇宙を駆け抜けて御覧に入れますです!」
気合いマンマンな宇宙船だ。
「そうだね…とりあえず、ここから地球と月以外で、人類が住んでいる惑星とか、行ってみたいな」
「了解しました!」
「それと…マスター・アルトは恥ずかしいから…別の呼び名がいいかな…」
「はい、アルト様♡」
ネコ型航宙船小判丸は、漆黒の宇宙へと発進をした。
~第八話 終わり~
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