第七話 宇宙へ!


 エレカは、宇宙船の駐船場へと侵入をした。

 広い地下空間らしき停船場には、十数隻の中型宇宙船が停泊をしている。

「こ、これみんな…宇宙船、なんだよね…っ?」

 公男としては驚いたけれど、記憶が染み込んでくると、特に珍しい光景ではないと認識をできる。

 それでも、あらためて見ると、色々なデザインの全長三百メートル弱な中型宇宙船が並ぶ様は、見上げて息を飲む程に壮観だった。

「あると様、あれが コハクです」

 言われて見ると、ネコが猫待機をしているような外観の宇宙船が、鎮座している。

「あれ…宇宙船?」

 全長は、やはり中型船の基準といえる二百メートル強で、全体的に丸っこくて、デフォルメしたスフィンクスを思わせる。

 しかしブリッジと思われる頭は猫にも見えるし、全体の色合いもミケネコっぽかった。

「宇宙へ出てしまえば、あんな連中など爪先でポイじゃ。ほっほっほ」

「小判丸(こばんまる)っ!」

 コハクが音声入力をすると、ネコ型宇宙船が「ニャ~ン」と、起動音を上げる。

 猫の前脚の間、胸にあたるスペースが前方に開いて、乗船用のスロープになった。

「車は、まぁ 捨てて行くかいのぅ」

 三人が車を降りたら、追跡者たちが追いついてくる。

「いたぞぉっ!」

「宇宙船で逃げるつもりだっ! かまわねぇっ、殺せぇっ!」

 数台のエレカが、急接近をしながら銃撃をしてきた。

 追跡中にボンネットを撃たれた経験からか、犯罪者たちはエレカを停車させて先陣を横向きに止めて、エレカそのものを盾にして攻撃してくる。

「うわわっ、くそぅっ!」

 止まない銃撃の激しさに、三人もエレカを盾に身を潜めるしかない。

「僕が迎撃しますから、二人は宇宙船へ!」

 言いながら、追っ手たちの二人ほどを、銃撃で無効化する公男である。

 いわゆる「先に行け! ここはまかせろ」的な進言をしたら、コハクは落ち着いて対応してきた。

「あると様、大丈夫です。小判丸」

 女中少女が再び音声命令を出すと、ネコ型航宙船は「ミャ~ン」と、甘えるような声を出す。

 両目らしき部分が、禍々しく発光をする。

「まさか…ビームっ!?」

 破壊光線みたいな感じの何かが発射されるとか想像したら、違った。

 宇宙船は、姿形をそのままに、まるでネコがジャれるみたいに、その巨体をゴロゴロと転がし始める。

 向かう先は、追跡者たち。

「なんだっ、うわぁああああっ!」

 中型宇宙船に転がり寄られた犯罪者たちは、慌ててエレカに乗り込むものの、巨体の転倒から逃げる事が叶わず、纏めて下敷き。

「わああああっ!」

 盛大な爆発とともに、追跡者たちは全滅をした。

「う、宇宙船を…転がすなんて…」

 控えめな女中少女の思わぬ大胆な攻撃に、公男は唖然とするしかない。

「あぁ、あると様…はしたないところを、お見せしてしまいました…」

 恥ずかしそうに頬を染めて俯きながらも操縦は忘れず、ネコ型宇宙船は元の駐船位置にフワりと着陸をした。

「ほっほっほ。それでは、宇宙へ逃げるとするかいの」

 宇宙船の中は、外観から想像されるよりも広いようだ。

「う、宇宙船の、中…」

 宇宙船には、この身体も初めて乗ったらしく、公男の意識と一緒にドキドキしている。

「あると様、ブリッジはこちらで御座います」

「あ、はい…」

 女中少女に案内をされて、エレベーターで、ネコの頭の中へ。

 ブリッジは十畳ほどの広さで、正面のウィンドウとコントロールシート、他にもコ・パイロット用のシートが五つと、想像よりはシンプルな造り。

 生前の公男が、子供の頃に観ていた古いアニメの宇宙船を、思い出させた。

「なんか…本当に、宇宙船って感じなんだ…」

「お気に召していただいて、光栄です…ポ」

 少年の感想に、コハクは頬を染めて俯く。

「さて、とっとと逃げるとするか。コハクや」

 魔法使いみたいな老人は、既にコ・パイロット用のシートへと着席している。

「はい、博士。あると様も、どうぞお席へ」

「あ、はい」

 少年が座ると、シートに寄り掛かった背中が、強く吸引をされる。

「わっ…ああ、そっか」

 公男が生きていた時代でいう、シートベルトに該当する安全装置だ。

 と、感覚で解った。

「それでは、宇宙へ発進いたします」

 女中アンドロイドが、着席しながら綺麗な礼をくれると、パイロットシートに着席。

 端末だと言っていた通り、少女はコンソールに直接触れる事もなく、目からの光信号で宇宙船からの状況を受信しながら、宇宙船が発進を始めた。

 フロントのモニターが光を放つと、駐船場の景色が映し出される。

「エンジン良好。障害物および遮蔽物無し。発信シークエンス及び発信許可の申請と受諾を完了。ゲートオープン」

 ネコ型宇宙船の小判丸が前方へと進むと、右側の壁が左右に開放。

 照明で滑走路が照らされると、夜の地球の広大な郊外景色に、遥か遠くまで光の航路が示されていた。

 黒い大地と、更に漆黒な山々を超えて、星々が煌めく夜空へ向かって、光点の線が伸びている。

「す、すごい…!」

 SF映画のような、しかし幻想的なモニターの景色に、公男は興奮を抑えきれない。

 宇宙船小判丸が航路に乗ると、尻尾の左右にフォトンブースターが露出をして、光の輪を吐き出す。

 宇宙船内にも、エンジン音らしい甲高い音が高まって行く感じで、よく解った。

「ほ、本当に、発進…!」

 するんだと思ったら、コハクが号令。

「前進いたします」

 エンジン音がギューンと高鳴ったと思ったら、宇宙船はまるで質量を感じさせないかのような滑り出しで、滑走路を前進。

 僅か数秒でエレカよりも速度を上げると、更に加速をしながら高度を上げて行く。

 光の道筋の、端が見えた。

 そして。

「航宙船 小判丸、離星いたします」

 コハクの号令で、宇宙船がグンっと、速度と高度を上げる。

「ぅわっ–ぉおおおっ!」

 背後に押される感覚がして、モニターの景色が一気に夜空だけとなる。

 街の光や超高層ビルが、あっという間に下へと消えて、薄い雲をすり抜けて、ネコ型宇宙船はほんの数秒で、成層圏へと脱出をしていた。

「う、宇宙…ん?」

 モニターの景色は星空だけだし、宇宙船の中は重力制御が出来ているしで、宇宙に出たという実感は、全くと言っていい程に、無い。

「成層圏を脱出いたしました」

 女中少女の報告に、博士が納得をする。

「ふむ。無事に宇宙へ出れたのぉ。ま、ワシ造ったのじゃから、当然じゃがな。ほっほっほ」

「え…もしかして、処女航海、ですか?」

 いわゆる実験と同義だ。

「あると様は、処女は お嫌いですか…?」

 恥じらいながら訊ねてくるコハク。

「い、いやその、そういう意味とかじゃなくて…」

「ほっほっほ。初めてはみんな怖いモノじゃよ」

「私、コハクも あると様のお気に召して頂けますよう、これから経験を重ねてまいります!」

「う、宇宙船としてって話だよね?」

 とにかく、少年は地球から宇宙へと、上がっていった。


                       ~第七話 終わり~

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