第六話 嫁取りとか追跡劇とか
突然、お嫁さんを貰え。と言われたみたいだ。
「あの…意味がわかりませんが…」
学ラン少年の当たり前な返答に、魔法使いみたいな博士は、更に言葉を重ねる。
「アルトくんが、このコハクのマスターになってくれれば、それはそれで ワシは安心なんじゃがのう」
「いぇ…ですが…」
女の子のマスターとか、危ない感じの響きにしか聞こえない。
公男の怪訝そうな視線にも、女中少女は静かに微笑んでいる。
「あの、彼女とは初対面もいいとこですし…コハクさん? だって、急に貰われろと言われても 困ってるんじゃあ…」
と心配したら、少女は意外と平気そうだ。
「アルト様が、この私 コハクのマスターになって頂けるのでしたら、このコハク、存在の全てを賭して、アルト様にお仕えいたします!」
愛らしい媚顔を優しく微笑ませて、少女は綺麗な礼をくれる。
「え、えっと…っていうか、そもそもマスターって…?」
記憶にも染み出してこない単語の意味に、疑問しか湧かず、博士が誇らしそうに答えた。
「ほっほっほ。アルトくんには、コハクが人間にでも見えるのかな?」
「え…え?」
という事は、宇宙人とかなのだろうか。
「アルト様、ご覧下さい」
言われて見たら、立ち止まった女中少女が両掌で首を外して、持ち上げた。
「ぅわあっ!」
なかなかスプラッターな光景に驚いたものの、よく見ると、首の接続部は完全にメカニクス。
「このコハクはな、恒星系破壊兵器 X‐五八六 マスダ式航宙戦闘船の端末じゃよ」
よく解らないけれど。
「えっと…つまり、ロボット…?」
「はい…」
ロボット的には、接続部分を見られるのは恥ずかしいらしく、頬を染めて恥ずかしそうに目を伏せて答える。
「ロォボットとは、また古風じゃの。ほっほっほ!」
老人に古風だと笑われた。
「コハクがマスターだと認識をすれば、このコハクもその一切の機能も、全てがお前さんのモノじゃ。お前さん、行っちゃあなんだが、平均的にも裕福ではなかろう?」
「ま、まぁ…」
「このコハクがあれば。少なくとも宇宙船には事欠かないし、その気になれば太陽系の一つくらいは支配できるかもしれんぞ? どうじゃ、掘り出し物じゃろう!」
言っている意味が、よく解らない。
「で、でもそんな凄い物でしたら…僕のような、素性のしれない輩にあげてしまって良い物ではないと…」
「まぁ、お前さんをワシが気に入った。というだけなんじゃがな。正義感も強そうじゃし、暴力の中でも理性的な行動をとっておったし」
あの修羅場を、老人は冷静に観察していたらしい。
再びの徒歩逃走を再開すると、老人がコハクについて話し始めた。
「元々このコハクは、ある惑星の王から開発を頼まれた、宇宙兵器でな」
ある惑星「A(仮)」の王室から、軍事大国である「B(仮)」との交渉にあたり、対等の戦力が必要だから開発して欲しいと頼まれ、開発をした。
ユニットは無事に完成したものの、そのタイミングでA(仮)とB(仮)は戦力的に拮抗していて、しかもA(仮)の方が軍事圧力を掛けていたと発覚。
「なのでワシは、コハクと共にトンズラしたら追い付かれた。というのが、お前さんの見た光景でな」
コハクはまだマスターが未承認な状態であり、施された武装などは一切が使用不可能なロック状態なので、今は逃走をするしかなかったのだとか。
「な、なるほど…」
この身体から公男の記憶に、A(仮)とB(仮)の情報が染み出してきて、老人の話が事実っぽいと感じる。
染み込んで来た情報そのものは、随分と薄かったけれど。
「まぁそんなワケでな。ワシ一人ならドコへでも逃げられるんじゃが…ほぼ無機質で構成されているコハクを連れてでは、ワシでは今のコハクを護りきれんでの」
ちなみに博士自身は、自分の造った宇宙船のマスターとか、科学者としての自尊心が受け入れられないのだとか。
「それで、僕に…?」
老人は頷き、コハクも恥ずかしそうに媚顔を伏せている。
「コハクもまんざらではなさそうじゃし、どうじゃろうか」
「そ、それは…」
宇宙船と言っていたけれど、そんなに簡単に手に入るのだろうか。
公男が解答を逡巡していると、コハクの超高性能対人センサーが、何かをキャッチ。
カチューシャからニュっと伸びたウサ耳型のセンサー機器が、ピクピクと反応をしていた。
「! 博士、南方より先ほどの犯罪者たちが、接近をしています。ロボ猟犬でこちらを追跡しています。数は三十。あと五分もあれば、この場所まで辿り着く可能性が 九十七%です」
「ここまでくるっ!?」
公男が警戒をしたら、老人が頭上を指し示す。
「ここから上がって、何でも良いから車を手に入れるぞい」
下水管のラダーを、コハク、博士、公男の順に登って地上へ出ると、住宅街の共用駐車場へと出た。
夜も遅いからか、駐車場は停車でほぼ満員状態。
「おお、これは車の借り放題じゃな。コハク、適当な車を拝借するぞい」
「はい」
命じられたコハクが、手近なエレカの扉に掌を充てる。
タッチキーらしいシステムを反応させると、扉が透けて車内が輝いて、扉のロックが外された。
「開きました」
「さ、これで宇宙港まで逃げようぞ」
「いやあの、これって車泥棒では…」
「いたぞっ! ガキとジジィとドロイドだっ!」
犯罪組織に見つかった。
「そら急げろっ!」
先に後部座席へと乗り込んでいる博士に急かされて、公男は慌てて車の助手席へと飛び乗る。
「すみませんっ、勝手に借りますっ!」
「では出発いたします」
言いながら、コハクは外からエレカを操り、走るエレカに飛び乗って、運転席へと着席をした。
「ぁあのっ、僕は車の運転とかっ、した事ないですっ!」
とはいえ、この老人がカーチェイスをこなせるとも思えない。
「大丈夫じゃ。コハクにとってはこの程度のエレカなど、センサーを切っていても無事故運転じゃわい」
「はい」
笑顔で軽やかに返答をするコハクは、運転席でハンドルに触れる事なく、非接触型の走行指示だけで、エレカを走らせる。
宇宙港へと向かうエレカが一般道に乗り出すと、犯罪組織たちもエレカで追跡をしてきた。
「車が八台…! あれが全部–」
「A(仮)の エージェントたちじゃな」
エレカの速度は、公男にとって生前の時代ではありえない、時速五百キロくらいのスピードだろう。
対向車どころか街の夜景までが、超高速でビュンビュン後方へと流れてゆく。
「うわあああっ! ぶぶぶぶつかるうっ!」
助手席で思わず縮み上がる公男に、老人は笑う。
「ほっほっほ! 市販のエレカですら起こさぬ事故を、このコハクが起こすものかよ」
「はい♪」
エレカはギュンギュンと走り続け、そして背後から追いすがる追跡者たちは、速度を上げつつ銃撃もしてきた。
「な、なんか、追い付かれてますけどっ!」
「敵対車両は違法改造により、速度制限を解除されている様子です。このままでは、操縦技術ではなくハード的な要因で、追い付かれてしまうでしょう」
そもそもこのエレカはファミリー向けで、最高速度では追跡車たちに劣るらしい。
「ど、どうすれば…そうか!」
相手で撃ってきているのだから、こちらも撃ち返すしかない。
公男は、コハクに頼んで助手席のトップをオープンさせると、立ち上がって追跡車たちへと、銃撃を開始。
コハクが、公男の頼みを博士に確かめてから実行した事には、気づいていない。
「正当防衛だ!」
追跡車たちの銃撃は、コハクの操縦でヒラりヒラりとかわす。
公男は、犯罪者たちの射線からコハクの動きを推察して、追跡車たちのエレカのボンネットなどを狙った。
–ッギュウウウゥゥゥンっ!
数発と撃って、四台のエレカを炎上させて無力化させて、追跡車たちを減らしてゆく。
「宇宙港が見えてきました」
「ゲートで照合して、扉を閉じてしまえ」
「はい」
公男たちのエレカが接近すると同時に宇宙港のゲートが開いて、エレカが通過し、次の瞬間には閉鎖させる。
コハクの遠隔操作で全てをパスして入港すると、閉じられていたゲートの向こうで、追跡者たちのエレカが事故ったり急停車したりしていた。
『追いかけろっ!』
「あいつら、まだ追ってくるみたいだ…!」
また生身で、銃撃戦になるのだろうか。
「なに、ここまで来てしまえば、後は宇宙船まで走るだけじゃ」
老人は、ニッコリと笑った。
~第六話 終わり~
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