第五話 魔法使いと女中さん
なにやらトラブルが起きているのに、周囲の人々は、さして気にする様子もない。
こういう光景が日常茶飯事な裏通りなのだろう。
転げた老人に対して、二人の大男が凄む。
「さぁ じいさんよぉ。とっととそのメイドを、こっちに寄越しな!」
お爺さんを庇う女中の少女は、男たちを睨みつけるものの、か細い少女の視線に怯えるような男たちでもないのだろう。
地球人とは違う色の肌をした二人は、上半身が裸で、一人は太っていて入れ墨が入っていて、もう一人は痩せていて各所に機械が露出している半改造人間だった。
二人とも、ガンベルトに大型のハンドガンを突っ込んでいて、外見ともども悪人にしか見えない。
「ヘッヘッヘ。そもそも、そのメイドぁ、あのお方からの依頼品、だろぅがぁ、ぁぁあん?」
パーツサイボーグがヘラヘラしながら、半機械の醜男面を、少女へと近づける。
やせ男の言葉が、公男の頭にひっかかった。
(依頼品…? 人に対して感じの良い言葉とは言えないな)
裏社会的な臭いがする。
半サイボーグの言葉に、老人が抵抗をした。
「なっ、何を言うか! お前らの言っていた依頼者も、その目的も、全てが嘘だったではないかっ–ゴホっゴホっ!」
言いながら、体の具合が良くなさそうな老人は、少女を庇った。
「このコハクを、お前らなんぞにっ–ゴホっ、誰がっ、渡すものかっ!」
「博士っ!」
二人の関係は、博士と助手なのだろうか。
(女の子…コハクっていったっけ。あの老人が何かの博士で、女の子は助手なのか)
女中姿だし、間違いなさそうだと、少年は感じた。
「へっ、ちゃんと裏取りしなかったお前が、間抜けなのさ! ほらお前っ、こっちに来いよおっ!」
「きゃあぁっ、博士っ!」
女中少女の細い腕が入れ墨男に引っ張られると、公男の正義感が、黙ってはいられなかった。
「ちょっとあなたたち–」
「うるせぇっ!」
–ガッ!
止めに入ったタイミングで、半サイボーグが抜いたハンドガンのグリップで、顔を殴られた。
男たちは、公男の怒れる視線に気づいていたのだろう。
「っ痛ててっ!」
後ろに転げた少年へと、痩せ男が歩み寄って、仰向けの胸を踏みつけてきた。
「お前ぇよぉ。さっきっからジロジロジロジロぉ、気に入らねぇ目で見やがってよぉ。なんだぁ、ガキぃ、ぁあ?」
チンピラ特有な周囲への警戒感に、公男の視線が引っかかっていたのだろう。
女中少女の腕を掴む太った男も、踏みつけられる少年をニヤニヤと見下ろしていた。
痛みと屈辱の中でも、公男はまず、話し合いを試みる。
「は、話を聞いていたら、あなたたちの方が、その人たちを騙したって事でしょう–うごっ!」
公男の言葉を遮るように、半サイボーグの男が、腹部を強く踏みつけてくる。
「それがなんなんだよぉ? お前にぃ、なんか関係あんのかぁ? ぁあっ?」
事実を言われて余計に腹が立ったところも、あるのだろう。
男は上から、ドカドカと腹部を踏みつけてくる。
一方的に踏まれる少年に対して、優越感も感じたらしい。
「文句ぁんならかかってこいよお! お前がオレたちに勝ったらぁ、この女中だってくれてやらぁっ! ォラどしたぁっ!」
一際強い蹴りを腹部に受けながら、公男はベルトの銃を素早く抜く。
「言質は取りましたから」
「えっ–」
冷静な目で睨み上げながら告げると、痩せたチンピラは公男のノーダメージっぷりも含めて一瞬だけ唖然として、そして撃たれた。
–ッギュウウウゥゥゥンっ!
「グアっ! ぎゃあああっ!」
半サイボーグのチンピラは、ハンドガンを握る右腕の前腕部分を撃ち抜かれ、銃を落とし、激痛に転がる。
日ごろから鍛えていた公男にとって、舐めて掛かってくるチンピラの全力蹴りなど、急所外しも痛みの無視も、朝飯前だ。
対して太った入れ墨男は、ただのガキだと舐めていた少年の予想だにしなかった反撃で、僅かに焦った。
「こ、このガキっ!」
少女の腕を離す事なく、少年へと銃を向ける。
しかし公男は一瞬だけ素早く立ち上がり、ハンドガンのビームをかわして、男の腕を狙った。
–ッギュウウウゥゥゥンっ!
今度は上手く、男の銃を破壊できた。
「グアアっ!」
握っていた銃が爆発をして、男の利き腕が強いダメージを受ける。
あまりの痛みに少女を捉えていた掌が離れ、女中少女は、魔法使いみたいな博士の元へと駆け寄った。
公男は、男たちに銃を向けたまま、詰め寄る。
「まだこの二人に関わるのなら、今度はお腹とか撃ちます!」
「ぐ…っ! こ、このガキがぁ…っ!」
戦闘力を奪われたチンピラ二人は、少年と博士と女中少女を睨みつけると、痛みに耐えつつ走って逃げた。
「ふぅ…」
前世でも、ボランティアの最中にゴタゴタは経験しているけれど、この時代では危険度は段違いだ。
身を隠していなかった分だけ、スクラップ場での銃撃戦よりも緊張した。
公男は、銃を学ランのポケットにしまうと、老人と女中少女へと声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「はい…ありがとうございます」
「す、すまんの…ゴホっゴホっ!」
女中さんと公男の手助けを得けて、老人はヨロヨロと立ち上がる。
「お、お体の具合が…病院に!」
心配する公男に、老人は静かに答えた。
「いやいや、ありがとうな、少年よ。別に具合が悪いとかでなく、飲んだ水が気管にも入ってしまっただけなんでの」
「そ、そうなんですか…」
「とはいえ、おかげさんでせ助かったわい。ところで、お前さんは…?」
「ああ、僕は–」
と、自己紹介的な雰囲気になったところで、酒場の店主のオジサンが、声を掛けてきた。
「あんたら、早くここから逃げた方がいいぞ! あの連中は、十分もしないで 仲間を連れて戻って来るぜ!」
恰幅の良い初老のオジサンは、心配げに、更に裏道へと視線を送って、公男たちに逃走を促した。
「それもそうじゃな。少年よ、話は後じゃ」
「は、はい」
店長さんに会釈をして、公男は二人と共に、裏道へと逃走。
複雑に入り組んだ細い裏路地から、更に地下の下水道へと逃げ込んだ。
ヒドい臭いの下水道をクネクネと曲がりくねって逃げ続けて、少し広い場所に出た。
「ここらまでくれば、もう大丈夫じゃろう。ところで少年よ、あらためて礼を言う–ゴホっゴホっ!」
「礼はいいですから、せめてもう少し 空気の良いところへ…」
心配をする少年に、老人は訊ねてくる。
「お前さん、名前は なんというんじゃ?」
「う、はい…主人公男です」
「アルト・キミィオか…若くて勇敢じゃな。しかし あいつらに戦いを挑むとは、ちょっとばかし勇気とは言えんぞ。とは言え、お前さんの勇気のおかげで、ワシらは助けったワケじゃがの。ホッホッホ」
忠告しながらも、老人は楽しそうだ。
「ま、まぁ…事情はわかりませんけれど…でもどう見ても、あの二人の方が悪人って感じでしたし…」
「悪人か…まぁ、当たらずとも遠からじ、じゃな」
「?」
なんだか含みのある言い方だ。
女中少女は下水道に明るいのか、目的地に向かって先を歩く。
「お前さん、仕事は何をしとるのかな?」
「えっと…なんて言いますか…」
信じて貰えるかはともかく、正直に話すしか、他にないだろう。
「僕はその…過去の時間からこの身体に転移してきた。と言いますか…」
「ほほぉ。いわゆる時間転移という現象じゃな?」
意外にも老人は、公男の言葉に興味津々で、真面目に最後まで聞いてくれた。
「…というワケです」
「なるほどのぉ…これはまた、なんとも巡り合わせというか、運命というか…そんなヤツなのかのぅ」
「?」
老人は大きくひと呼吸をおくと、女中少女を少年に向かせて、大真面目に訊ねてきた。
「アルトとやら、このコハク、いらんかね?」
「…はい…?」
~第五話 終わり~
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