第四話 肉体の記憶
スクラップ置き場から、煌めく超高層ビル群の都市まで、これから三時間ほど歩かされる事になる。
既に真夜中な車道は街路灯で点々と照らされていて、アスファルトではない何かで舗装をされた車道は、プラスチックのような滑らかさと艶を見せている。
生前の時間では白い線だった、歩道と車道の境界線は、鮮やかな光を優しく浮かせていて、都会の方まで光の道を示してもいた。
「…ああ、アステラトクス…」
と、歩きながら車の来ない車道を眺めていたら、そんな単語が思い浮かぶ。
この車道に使用されている素材の名前だと、解った。
「…この車道は、あのスクラップ処理場に直通しているだけの道路だから、この時間だと車は来ないんだ」
とも、思い出される。
「そうだ…今は、地球本星歴四五六七年、三月二日の火曜日で…ここは、地球本星の日本地域の、東京エリアの郊外…」
歩きながら考えていたら、色々と思い出してきた。
もちろん、こんな記憶は公男のものではなく、この肉体の知識だろう。
転移して一体化をして、この身体の持ち主の記憶が、公男に認識をされ始めているのだ。
「ああ、だから相手の言葉だけでなく、あるメカボールの言葉も解ったんだ」
この身体が学ランじみた衣服を身に着けているのは、そういう服を着ていたという傲然なのだろう。
とも思われる。
けれど、意外と転移による何かしらの現象という可能性も、考えると少しワクワクしたりもして。
創造主に与えられたアルティメット・ナンブをベルトに挿して、スクラップ処理場で拾った防水らしい生地を、マントのように羽織っていた。
頭には、転移した時に被っていたナゾ帽子を乗せている公男である。
そんな、昔の旅人の如き姿で、誰もいない車道を歩いて都市へと近づいてゆくと、丁字路にぶつかって、街路灯が終わって、光る壁になった。
「…このあたりは、開発地域っぽいな」
染み込んでくる記憶では、湾岸地域を再開発しているらしい。
「って事は…この近くに、駅とかある筈だよな」
と思い出しても、この辺りの道は思い出せないから、きっと身体の持ち主も知らない場所なのだろう。
とりあえず丁字路を右に曲がって歩いてゆくと、明かりのついた家が何軒か、広い間隔で存在していた。
「人が住んでるんだな」
家々といっても二階建てとかではなく、殆どが二十階建ての低層マンションである。
マンションの前に公園があって、入り口には自販機があった。
自販機のデザインは、大きく進歩している様子はない。
「そういえば、喉が渇いたな」
公男が近づくと、反応して自販機全体が明るく点灯をする。
ポケットには、肉体の持ち主の小銭が二百万円ほど残されていて、それは生前時代の貨幣価値に換算すると二百円ほどだ。
「この少年、貧しかった事は確か みたいだな」
自販機を見ていたら、使用方法が勝手に記憶へと染み出してきた。
百万円硬貨を自販機の受け皿へ置くと、自動で回収をされて、選択ボタンが虹色に輝く。
販売されているドリンクを見ていたら、肉体も、そして公男自身も知っている、爽やか飲料があった。
「カリュピスだ! なんか、すごいな!」
染み込んで来た記憶としては知っているけれど、公男自身の記憶としては、未来世界でも知っている飲み物がある事がとても懐かしくて、時間的にも地続きみたいな安心感を得ていた。
自販機から出て来た缶は金属ではなく、むしろ紙に近い手触りだ。
缶の縁を親指で弾いたら、天面がパカっと開く。
入れ物はともかく、ドリンク自体は昔から変わらない色や香りがなんだか懐かしくて、胸に沁みる。
「はぁ…子供の頃を思い出すな~」
一気に飲み干し、空き容器を回収ボックスへ捨てて、都市に向かってまた歩き出す。
歩きながら、フて考える。
(僕はさっき…殺人者と対決をした…。それで…)
初めて、意思疎通の出来る相手の命を奪った。
けれど、昔からの創作物みたいに、嘔吐するような反応はない。
この未来世界に住んでいた肉体だから、そうなのか。
あるいは、前世での死んだ記憶がある公男自身が、つまり「死」そのものを体験しているからなのか。
「…まあ、考えても 解らないな…」
とか思って、自分の現実を受け入れるしかない少年である。
暫く歩くと、人々が住んでいる住宅街に到着をして、更に商店街らしき通りへと出た。
超高層ビルが意外と近くに見えて、感覚的には都会の入り口といった感じだ。
首都に対して東側になる商店街は、いわゆる昔ながらの下町商店街なのだろう。
商店街の外観や各店舗の造りは未だに昭和っぽさを残しているものの、道幅や空気感は大昔のままだと感じられる。
「やっぱり、日本人の気質なのかな」
まったく知らない街だし、この肉体も初めて来た場所だけど、とても懐かしくて落ち着く気分だった。
夜中でもそれなりに人が出ていて、看板や商店の明かりなどで、いわゆる一階の高さの空間は、それなりに明るい。
歩道や車道があっても、二階以上の高い空間は光が特殊に遮られているらしく、建物の外壁は夜の暗さを維持していた。
もちろん、肉体の記憶としては知っている建築基準だけど、公男の意識としては初めて見る光景であり、なんだか不思議な眺めでもあった。
そして。
「何台か パトカーともすれ違ったし…商店街の入り口には、全身認証のチェックがあったけど…」
呼び止められる様子はない。
つまり、捜索願いは出されていない。
という事なのだろうか。
「もしそうなら…この肉体の少年、家族はいないのかな…?」
まだ捜索願いが出されていないだけなのかもしれないけれど、そもそもこの少年の身元が分かるものなんて、何一つとして持っていない。
それになぜか、この少年自身に関する記憶だけは、他の記憶と違って、公男の意識に染み込んでくる事がない。
「なんで…?」
と思って、考察をする。
「…この少年自身の記憶が蘇ってくると、ボク自身の記憶が消えてしまう…とかかな?」
自分自身という認識が他者の認識と混ざってしまったら、個人として混乱するからなのだろうか。
この少年の記憶と引き換えに、公男としての自我が消滅をしてしまう。
とか考えて「あの創造主ならあり得るかも」とも思う。
あの創造主は、転移現象に関して「ハードのAIを入れ替えるみたいな感じ」とか表現していたし、自我に関する記憶は、外からの記憶とは別なのかもしれない。
夜の街を歩く人々の服装は、大きく分けて二つのファッションに見える。
身体にフィットしたごく薄い衣服を基本にしているか、タップリと余裕のある大き目な服を基本にしているか。
しかしそんな事よりも、公男の意識があらためて、驚かされている事実があった。
「外宇宙からの知的生命体…いわゆる、宇宙人だよね…!」
外見があきらかに、公男の知っている地球人ではないであろう人々が、三割くらいはいる気がする。
肌がオレンジ色や青色の人たち。
ゾウのような外見の人たちや、四足歩行の知性人や、機械音で会話をする無機質なドロイドたち。
更に、掌に乗るような小さな人類や、光に包まれて浮遊する知的生命体らしい巨大な細胞体などなど。
話している言語は様々だけど、聞き耳を立てているうちに記憶が染み出てきて、殆どの言語が聞き分けられていた。
「……宇宙時代なんだなぁ…」
肉体の記憶では日常だけど、公男としては目の前のSFな現実に、戸惑いと同時に感動も覚えていた。
そして、もう一つ。
「この辺りは、いわゆる繁華街なんだ」
夜はあまり出歩かない方が安全、というタイプの地域である。
肉体の記憶が、いわゆるネット番組などで知っている、という範囲での判断だけど。
そう意識してみると、表通りでは多少の賑やかさを感じるものの、少し細い道から続く裏通りの方角からは、やや潜むような喧噪が聞こえていたりもする。
街角には警察官も立っているけれど、裏通りの喧噪がどのような類なのかも見極めているらしく、聞き逃したりなどはしないけれど何でも関わるという感じでもなかった。
意外と、高度に治安が保たれているらしい。
「…っていう事は、いわゆるボッタクリとかに引っかからなければ、僕でも歩けるって事なのかな」
裏通りでも、宇宙人たちはいるだろう。
パンダのヤクザとか、いたらちょっと見てみたい気もする。
「まぁ、見るくらいなら」
と、生前の情報好奇心が頭をもたげて、少し裏通りへと足を延ばしてみた。
細くて湿った暗い通路を通り抜けると、まさに生前、情報としては知っている、昭和なままな裏通りがあった。
「うわぁ…」
狭くて少し曲がりくねった道幅の左右で、小さなお店がひしめき合っている。
行き交う人々は宇宙人も多いけれど、いまいち下品なネオンや赤い提灯、何かを焼いている煙や香ばしい匂いやお酒の香りと、まさにゴチャゴチャして活気のある下町そのもの。
通りの一角では、酔っぱらった宇宙人が友達の宇宙人に介抱をされながら、道端に嘔吐している。
公男自身も未経験な繁華街だけど、心の奥から懐かしく感じていた。
「宇宙時代なのになぁ。あはは」
などと突っ込みながらも、こういう活気が愛おしい。
「ああ…この肉体の少年も、こんな下町に住んでいたんだなぁ…」
それだけは、感覚で解った。
ポケットには百万円玉が一つだけあって、お金に心許ないのは事実だ。
「とりあえず、お金をなんとかしないと…明日の朝ごはんも食べられないな」
お店の張り出し掲示板を見て、アルバイトの募集がないかを探してみる。
この肉体の素性も知りたいけれど、情報端末すら所持していない以上、検索のしようがない。
お巡りさんに助けを求めてみるのも手だけど、そもそも命を狙われた人間だし、少し慎重に行動している公男であった。
「どこか…飛び込みでバイト募集しているお店とか…」
と、店々の掲示板を眺めて歩いていたら、目の前のお店から一人の老人と、一人の少女が転げ出て来る。
「うわわっ!」
「は、博士…っ!」
魔法使いみたいな恰好のお爺さんと、古式ゆかしい女中服の少女に続いて、大柄な男が二人、ニヤニヤしながら店から出て来た。
~第四話 終わり~
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