第二話 ここが未来?


「っ–っハっ!」

 気が付いたら。夜の曇天から星々が覗けていた。

 仰向けで転がっている事が解って、ノロノロと身を起こしてみる。

「……生きてる。知らない場所だ…。本当に、転移したのか…」

 周囲はサッカー場のように広く、しかし壁に囲まれていて、金属の廃棄物らしいガラクタが敷き詰められ、積み上げられている。

「ここは、ゴミ捨て場…?」

 随分とヒドい場所で目覚めたんだと思いながら、スクラップたちは、見たこともない形の機械ばかりだと感じる。

 壁の向こうに見えるビル群は異様に高く、遠くを見るほど、複雑に入り組んで乱立しているのが見えた。

 遥かなビルたちは、超高層でも有機的なシルエットで、虹色に豪華に輝いている。

 景色だけを見ても、確かにここが、いわゆる現代ではなく未来だと、納得できた。

 風に乗って、潮の香りがする。

「つまり、やっぱりここはゴミ捨て場か何かで、都心からも離れているって事かなぁ…ん?」

 立ち上がろうとして、右掌に何かを握っている事に気づく。

「銃だ…しかもこれ、ニューナンブ…じゃないぞ」

 警察官に支給されている国産リボルバーのニューナンブではなく、ニューナンブに酷似しているけれどディテールなどが全然違う、別なる銃だ。

 銀色で、全体にメカメカしいスジボリなどが走っている。

 シリンダー部分も弾倉ではなく、何かのシステムとして構成されている感じだ。

「なんか、手に馴染むな…紙?」

 グリップと掌の間に、メモ用紙のような紙が挟まれている。

 見ると、創造主の手書きのようだった。

 字はあまり、綺麗ではない。

『その銃「アルティメット・ナンブ」は、特別ボーナスみたいなモノだ。完全無敵な高エネルギー・ガンである。信じれば、その銃で撃ち抜けない物など殆ど無い。大抵の物は撃ち抜けるので、安心して欲しい。ビームバリヤーとかにさえ注意すれば、怖いモノ無しである』

「最初は完全無敵とか書いてあるのに…」

 読んでいると、内容と一緒で少しずつ安心できない感じになってゆく手紙だ。

 立ち上がって身体を確かめると、自分の恰好に少し驚く。

 視線の高さに違和感が無いので、子孫の代でも身長的には恵まれないのだと解る。

 上着とシャツとズボン、靴下とシューズ、その全てが、まるで事故死した時の学ラン姿。

「僕が生きていた時…そのままな感じだな」

 唯一違うのは、生前に公男が着ていた服に比べ、材質そのものが微妙に高品質っぽい感じである事。

 そして、眼鏡だと思っていた物は、片方だけのヘッドフォンにアンテナと左右のレンズが付いた、未来的な眼鏡っぽい何かであった。

「これが この時代の眼鏡なのかな」

 更に、胸と背中がムズっとしたので、シャツまで捲ってみると。

「胸に穴が…塞がってるみたいだけど…。あ、背中にも…。つまり僕は、撃ち殺されたのかな…」

 胸には、たったいま塞がった感じの傷痕があり、触ってみたら背中にもあった。

「胸から背中まで撃ち抜かれて殺されて、スクラップ場に捨てられて、か…。ヒドい扱いだけど、この身体の持ち主って、そんなに酷い事したのかな?」

 しかも金属板に映った身体をよく見ると、顔まで全身、傷だらけでもあった。

 とにかく、自分の子孫だという少年の身体に転移してきた事は、間違いないらしい。

 そして創造主は「犯人を見つけ出すも良し」とも、言っていた。

「犯人か…なんであれ、相手は銃を持っているって事だよね」

 状況を冷静に考えて、とにかく今しなければならない事をせねば。

 と決意。

「せっかくだし、きっと必要なんだよな」

 掌の中の銃を、ジっと見つめた。


 ゴミの中から、適当なサイズの金属塊を取り出して、的として並べる。

「僕の履いている靴そのものの長さが、大体三十センチくらいだと思うから…この辺りが十メートルかな。うわ遠いなぁ!」

 歩いてから振り向いて、自分で驚く。

「当たるかな…」

 射撃に関しては生前に、エアガンからアミューズメントの光線銃まで、さまざまなアイテムで自首訓練をしていた公男だ。

「両肘を閉めて、照星を合わせて…」

 訓練の賜物か、初めて触ったアルティメット・ナンブの照星は、すぐに合った。

 実弾なら、重力や空気抵抗を考えなければならないけれど、エネルギー弾はどうなのだろう。

「まずは試し撃ちだ」

 十個と並べた的の、右端の一つを真っ直ぐ狙って、一射。

 –ギュウウウウゥゥゥンン!

「!」

 エアガンよりも重たい反動があって、少し後ろに押されながらも肘を曲げて、反動を上へと逃がす。

 発射されたエネルギー弾は光を発しながら超高速で綺麗に直進をして、狙った的のド真ん中を撃ち抜いた。

「おわ…当たった…!」

 撃ち抜かれた金属塊が、小さく弾けて転げ落ちる。

 エアガンではない、まさに実銃。

「これは…銃だ…!」

 本物だと解ると、掌の中の重さが、異様にリアルだと感じられた。

 それから、並べた的を次々と狙って撃つ。

 –ギュウウウウゥゥゥン、ギュウウウウゥゥゥン!

 銃は、最初の三発ほどで掌に馴染み、片手でも的を撃ち抜けるくらいに、すぐ出来た。

「うん、使いやすい!」

 日ごろの自主トレのおかげだろう。

 とにかくこれで、黙って殺される事はなくなったとは思う少年心。

 転移した段階で銃が渡されていたし、この身体が殺されて放置されていた事を考えると、この未来世界はかなりの暴力世界というか。

 少なくともこの周辺は、無法地帯なのだろう。

「ここ、日本じゃなければ良いけどなぁ…。あれ、言葉とか、大丈夫なのかな」

 とはいえ、いつまでもこのスクラップの中にいても、しかたがない。

 周囲を見回して、壁の向こうの、煌びやかな超高層ビル群を見つめる。

「あの街の方に、行ってみるか」

 金属の山から歩き出した途端、右側の壁から、男たちの声が聞こえて来た。

「おい見ろっ! あの小僧、生きてやがるぞっ!」

 声のする方を見たら、三体の人影というか意思のある影が、壁の上に存在していた。

 真ん中の一体はコートを着た人間だと解るシルエットだけど、右側はポンチョを身に着けたゴリラのように大きくてマッチョでメカメカしくて、左側に至っては帽子を被って空中浮遊しているメカボールである。

「手前ぇら、殺したのを確認しやがらなかったなっ!?」

「でもアニキぃ。アニキだってぇ、殺すところぉ、見てただろう?」

 メカゴリラが、ボソボソと愚痴る。

「ピポピカキュパキカキチュリンキカキリピコ」

 メカボールは、信号音で話していて、それが公男にも理解が出来る。

(そうですぜアニキ。オイラたちのせいにして!)

「うるせぇっ! 手前ぇらの仕事がハンパだったから悪ぃんだろぉがっ! あの野郎をもういっぺん、今度こそキッチリ 殺してこいやっ!」

 創造主曰く「見つけ出すも良し」と言っていた、この身体を殺した犯人たちらしい。

「うわ…この身体を殺したのが、あいつらなんだ…!」

 認識している間に、メカゴリラとメカボールが、壁を滑り降りて迫って来た。

 二体に続いてリーダー格の男が、大物ぶった様子で、ゆっくりと降りてくる。

「あのガキゃあ、スクラップの銃だけは手に入れてるみてぇだな。まぁ、アイツが撃ったところで、カスりもしないだろうけどな!」

「…なるほど」

 この肉体の少年を殺して帰ろうとしたら、転移してきた公男が銃の練習をしていて銃声が聞こえたから、不審に思って戻って来た。

 と、殺人者たちの行動を推理する。

「つまりこの身体は、まだ殺されたばかりだったんだ」

 と、色々な現状が解ってもくる。

 メカゴリラとメカボールも、掌に持つ大型の銃を少年へと向けていて、こちらを撃ち殺す気がマンマンだと解った。

「あの壁は、スクラップを踏み台にして 上がれそうだぞ」

 そう認識をしながら公男は走り、殺人者たちから身を隠すために、適当なスクラップの陰へと身を潜める。

 当たり前の行動を、殺人者たちは嘲笑をした。

「おいおい、相変わらずの腰抜け野郎だなぁ。ま、そもそも銃も持てない才能無しの貧乏野郎だし、しゃあねぇか? ダッハハハ!」

「そういう少年だったのか」

 自分の身体を見ながら、会った事もない生前の少年に、同情をしてしまう。

 と同時に。

「だからって、殺される謂われは無いだろうに!」

 相手の口ぶりからすると、この身体の持ち主が悪人だったという感じはしない。

「多分、アイツらの都合で殺されたんだろうな」

 そう推測をすると、正義の怒りが湧いて来る。

 いい気になってスクラップを踏みつける金属音が、少しずつ近づいてくる。

「こちらを見下して、行動に隙があるな」

 突然に飛び出して反撃とか、怖がりであればある程、ありえる事態だ。

 そういう意味では、殺人者たちはそれなりの警戒は、しているだろう。

 しかしこちらが満足に銃を使えず気が弱く、ついでに少し頭も回らない少年だと思い込んでいる事は、確実だ。

「まあ…別人が転移しているなんて、普通は想像もしないよね」

 相手がこちらを殺すなら。

 自分も相手を殺すしかない。

「すうぅ…はあぁ…」

 動いて話して意思疎通をしている場面を見てしまうと、相手がメカゴリラであっても、撃つのに躊躇いが生じてしまう。

「でも…生前世界の警察官や自衛隊の人たちだって…こういう心境を乗り越えて、みんなの平和と安全を護っているんだ…っ!」

 生前の公男なりに、何度も考えた問題でもあり、その都度、公男は同じ答えに行き付いている。

「…戦わなければ、殺される…!」

 少年は、掌の中の銃を強く握り、決意を固めた。


                         ~第二話 終わり~

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