第一話 正義の報酬


「………?」

 何かから引っこ抜かれるというか、スイッチを入れられたというか、そんな感じで、主人公男だったモノが、気が付いた。

 気が付いたと言っても「気が付いた事で、逆に意識を失っていたと解った」と言った方が、正しい感じである。

「…ここは?」

 真っ暗闇の中にいると、目を開けていても閉じているような錯覚に陥るけれど、まさにそんな感覚。

 しかし周囲の空間そのものには、色とりどりな光の粒子が、無数の決まった通り道で流れ続けている様子も、感じ取れた。

 見たこともない光景。

 思い当ると言えば。

「…死後の世界?」

 痛みを感じる暇もなかったけれど、交通事故に遭った事は、覚えているというか想像できる。

「ああ…僕は死んじゃったんだな…」

 と、少し寂しく感じたと同時に。

『ん? ああいやいや…死んだといえば死んだって事になるんだけどね。って言うか、気が付いたのね』

 どこからか、辿々しい、しかしエコーのかかったオジサンの声が聞こえる。

「あ、あの…もしかして、神様…ですか?」

 と、思い当る事を尋ねたら。

『まーアレだよねぇ。キミたちにとってのボクってさぁ、キミたちが作ったAIにとってのキミたちみたいな存在? なんだよねぇ うへへ』

 よく解らないけれど、いわゆる創造主という存在らしい。

 主人公男は、ジンワリと感動をする。

「つまり…神様は本当に いらしたのですね…。なんて言いますか、嬉しいです」

『え、そう? いやぁ そういって貰えると 嬉しいねぇ、うへへへ』

 創造主は、やたら照れ屋なオジサンという感じだ。

「それで、あの…僕はやっぱり、死んだん…ですよね?」

『ん? ああ、そうだねぇ。キミたちの認識では、そういう事になるんだねぇ』

 なんだか、認識の違いがある。という言い方だ。

「ボクたちの認識って…死んだ事は死んだって事ですよね?」

 もっとスパっとした答えが欲しい主人公男の問いに、創造主らしい声は、色々と考えながら、答えてくれた。

『う~ん…解りやすく例えるとねぇ…そうだなぁ…キミたちの世界のケータイ? あれを交換する時にさ、メモリーだかを移し替えるじゃない? あんな状態?』

「はい?」

 よくわからない。

『えっとねぇ…キミたち知的生命体の認識でさ「肉体は借り物だ魂の入れ物だ」っていうの、あるでしょう? アレと同じ。今ね、キミの魂? がね、かつての肉体が壊れちゃったから、取り出してある状態なのよ。うへへへ』

 今の説明の何が恥ずかしいのか解らなかったけれと、とにかく死んで魂、という状態である事だけは、確からしい。

「そうですか…。やっぱりボクは、死んじゃったんですか…」

 享年十六才。

 早すぎる死であった。

「でも、死んでも意識って あるんですねー。そこは何だか驚いてます。それで、ここが死後の世界だとしたら、僕は天国か地獄に逝くんですか?」

『んー、さっきから…って言うか以前から思ってたけど、キミってさぁ、なんか物事ハッキリさせたがるタイプだよねぇ。だから警察官とか、目指してたの?』

「えっ、ボクの夢とか、ご存じなんですか? って、そうですよね、神様ですもんね。でももう、叶わない夢ですけれど…」

 少しシンミリしてしまう。

 自分が俯いた感覚があって、視界が動いて、初めて気づいた。

「あれ…僕、球…?」

 肉体が感知できないというか、自分が光の珠みたいな状態だと、認識が出来る。

『あーうん。それがホラ、キミたちの認識している魂? ボクたちの言う本体? なんだけどねぇ。うへへへ』

 魂が光の珠という事は解った。

『ああ でね、ちょっと確かめたいんだけどさぁ。キミね、転生とか転移とか生まれ変わりとか、知ってるよねぇ?』

「はい」

 異世界転生とかの話とは別に、いわゆる昔から様々な宗教でも「輪廻転生」という概念は存在していて、話に聞いた、くらいはあった。

「え、もしかして僕、異世界転生とか、出来るんですか?」

 なんだかラノベみたいだ。

『んーまあ厳密にいえばね、転生ではなく転移ってのに近いのかなぁ。よく解んないけど、うへへへ』

 神様なのに頼りないなぁ。

 とか感じながら、主人公男は、新たな人生を歩めるらしい話に、ちょっとときめく。

 胸部があったら、心臓がドキドキしているだろう。

『なんていうかね。キミの正義感? とかがさ、すごく必要だろうかなーって、事があってさぁ。ね?』

 何が「ね?」なのか解らないけれど、とにかく。

「僕が警察官を目指していた事と、非常に関係があるんですか?」

『うーんまぁねぇ。ないよりはマシってレベル かなぁ?』

「どっちなんですか?」

 つくづくハッキリしない創造主だけど、とにかく異世界とかに生まれ変わらせて貰えるらしい。

「生まれ変わって警察官…っていうか、誰かの役に立てるんですよね…」

『キミの心残りってさ、それでしょ?』

 言われて、その通りだ。


 主人公男の両親は、公男が生まれてから五歳の時に、事故で揃って亡くなった。

 父が経営していた物流会社を、年の離れた二人の兄が受け継いで、公男は二人の兄を親代わりとして育った。

 大学を中退した長男と、大学受験を諦めた次男。

 そんな二人が会社を受け継いだ苦労は、まだ小さかった公男には、想像も出来なかった程のものだろう。

 やがて兄たちは会社を更なる軌道に乗せて、今では海外との取引では十本指に入る程にまで、成長をさせた。

 長男も次男も結婚をして、家庭を持ち、公男にもいわゆる従姉妹が出来た。

 現在は、改築された実家で一族みんなで生活をし、公男は兄たちの優しい奥さんにも面倒を見られながら、高校生活を迎えた。

 兄たちも、兄たちの家族にも感謝している公男は、せめてもの恩返しとして、社会の役に立つ人間になろうと決意。

 自ら身体を鍛え、ボランティアなどで知識と経験を身に着けて、護身術としての柔道や空手も鍛錬。

 高校を卒業したら警察官になろうと、夢を描いていた。

 しかし、恩返しも出来ずに。


「死んじゃいましたけどね…」

 それが寂しい。

『んーまあでもね、そこはあんまり、気にしなくてもいいと思うよ』

 言いながら、創造主は主人公男の意識に直接、映像を見せてくれる。

「こ、これは…」

 それは、主人公男が事故死してからの、兄たちの映像。


 葬式は、実家での密やかな家族葬。

 しかし、少女を助けて事故死したという事実は大きな話題となって、様々なメディアが世界中で取り上げてくれていた。

 葬式には学校中の教師や生徒が参列をしてくれて、仲の良かった友達やクラスの女子たちが、涙を流してくれている。

 公男が護った女の子も、両親と一緒に参列をしてくれていた。

 喪主となった長男が参列者に感謝を示し、家族たちも泣いている。

 特に従姉妹たちは、他者を守った叔父さんの遺影を、幼いながらも敬意の眼差しで見上げていた。

 兄たちも、追悼をくれた多くの人々へ向けた取材で、弟の行動を誇りに思うと、涙を流す。

「……みんな…」

 兄たち家族の心が伝わって、死んでしまった事を、より切なく想う。

 みんなに、恩返しの一つも出来なかった。

 やっぱりそれが、主人公男の素直な気持ちであった。


『うんでもまぁ、キミの死が英雄的な事でさ、結果的とはいえ それも恩返しなんだよ。ついでにさ、キミの死の事で あらためて会社を知った多くの企業が、社会貢献の面でお兄さんの会社と、関わりを持ち始めてるからねぇ。キミたちの言語でいう、怪我の功名だよ。うへへへへ』

 照れ笑いをする要素はないと思えるけれど、創造主はそう照れ笑いをした。

 とにかく、家族も友達も、主人公男の死と向き合い始めている。

 だから公男も、これからの自分と向き合わなければならないのだ。

「そ、それで…僕は どうなるんですか? 異世界とか行って、魔王的な悪を討ち倒せ。とかですか?」

 ゲームみたいだ。

 とか思ったら、違うらしい。

『うーん…異世界って言えば異世界と言えなくもないんだけどねぇ、未来?』

「未来…? 未来って…未来 ですか?」

 阿呆みたいな質問しか出ない。

『うんそう。千年くらい先の時間かな。そこでね、キミの親族の遠い子孫が、いわゆる悪の手先に殺されちゃってねぇ。ハードは治せたんだけどソフトがロストしちゃったし、どうせならキミの可能性を、利用できないかなぁって』

 よくわからないけれど、未来の子孫が死んで、その肉体に公男の魂を移して復活させたい。

 という話のようだ。

「それってつまり…僕がその子孫そのものになってしまう。という事ですか?」

 命だけを吸われて自我が消滅。

 みたいな。

『いやいや それはないよ。あるマシンのAIを入れ替えると、そのマシンごと別のAIって事になるでしょ? キミの魂だっけ? を入れた別の肉体は、見てくれはともかく、遺伝子的にはキミ本人へと上書きされるんだよねぇ。だからね、見かけはともかく、記憶や意識や身体能力は生前のキミのままからリスタート。っていう話なんだよねぇ』

「…それで 具体的に、ボクにどうしろと…? 悪の手先を倒せ。とかですか?」

『それはまぁ、キミの好きにしてくれていいよ。そうしてくれるなら御の字だけどねぇ。うへへへ』

 なんであれ、未来世界で人々に貢献できる。

 という話である事は、確かなようだ。

「そうですね…ちょっと、興味があります。あ、ちなみにですが…」

 もし転移とかしない場合、自分は天国に逝けるのか。

『ああうん。キミが助けた女の子ね。三十六年の後くらいかな。画期的な医療技術とエネルギー生産技術を開発する天才でねぇ。世界中の人口問題を解決へと導く、大変な存在だったんだよねぇ』

「へぇ…あの女の子、そんな凄い人物だったんですか」

 なんか、大変な功績のような気がしてきた。

『うんそう。むしろあのまま、あの女の子が死んでたら、四百年の後くらいに、人類絶滅してただろうからねぇ』

 大人物どころか救世主だ。

『だからまぁ、転移を断ったとしても、キミは天国で何もすることもなく永遠と想える時間をノンビリ過ごせる事になるねぇ』

 永遠に何もしなくていい事を、拷問としか感じられないのが、少年の冒険心だ。

『ん? まぁとにかく、転移の話はOKって事で、いいのね?』

「はい」

 時間を経て、自分の手で誰かに恩返しができるならと、主人公男は転移の話を了承する。

『それじゃあ』

 と言われて、何かにセットされる感触があって、主人公男は再び意識を取り戻した。


                      ~第一話 終わり~

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