第60話
「それで、僕の悪口を言いふらして笑い物にしたんだな」
僕がそう言うと、本の目から大粒の涙がこぼれ出した。
「ごめんなさい!」
本が目一杯頭を下げた。
「だから、お前は僕を見てビクビクしてたんだな。自分の持ち主が悪い事してしまったから……」
「そうです。ミサは自分がいじめられるようになってから俺を捨てた。クラスで笑いなんてとっても友達はできない。人気者にもなれないって言って……」
「だからって人の悪口を言っていいことにはならない」
本は僕の言葉に何度も何度も頷いた。
「その通り。その通りなんだ。だけどミサは知ってしまった。人の悪口を言えばいろんな友達が寄って来る。
人の悪口を言えば、みんなが笑う。人の悪口を言えばすぐに有名になれる……」
僕は本の話に大きなため息を吐き出した。
悲しいけれど、その通りだと思う。
人の不幸は蜜の味だ。
悪口は面白いものだという認識しか持てない人は沢山いる。
だから話はエスカレートしていって……。
僕はそこで考えるのをやめた。
真っ黒な悲しい感情を思い出してしまいそうになる。
「ミサは自分が悲しい思いをしたのに、他人にも同じような気持ちを味あわせてる」
僕が言うと、本は俯いたまま頷いた。
床には本が流した涙の水溜りができ始めていた。
「でも、お前は優しいな」
僕は慰めるつもりでそう言った。
本は驚いたように顔を上げる。
「俺が……優しい?」
「あぁ。持ち主に捨てられて魂だけになったのに、まだ持ち主の事を心配してたんだろ? 僕に初めて会った時からかなり挙動不審だったし」
「それは……物にとって持ち主との思い出は永遠の幸せだから……」
本は鼻をすすりあげる。
その様子を見ていた僕は、胸に違和感を覚えていた。
「お前が捨てられたのはいつ頃なんだ?」
「ミサが小学校6年生の頃だ。1年前くらいかな」
「待てよ? その頃僕はミサの事を知らなかった。ミサと知り合ったのは中学に上がってからだ。それなのに、どうしてお前は僕の事を知ってるんだ?」
そう聞くと、本は目を丸くして僕を見つめた。
「もしかして、湖の事を知らないのか?」
「湖?」
僕は首をかしげる。
「ついてくるといい」
すっかり涙のひいた本はそう言って、僕を連れて歩き出したのだった。
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