第75話 焼きそばは美味しい

 お腹が空いたという綾崎さんを連れて、ひとまず通常のプールから出る。


 すると、当然ながら人々の視線が集中する。


 元々のスタイルもさることながら、濡れた感じが原因だろう。


「ん、見られてる……少し困るかもしれない」


「そ、そうだよね……とりあえず、ロッカー行ってお金を取ってこようか?」


「ん、そうする」


 更衣室の前で別れ、ひとまずホッとする。


「……水着姿、凄かったなぁ」


 なるべく見ないようにはしていたけど、どうしても見ちゃう時はあるし。


「でも、あんまりじろじろと見られたくないよね」


 俺は財布と、とあるものを持って、すぐに更衣室を出るのだった。


 すると、同じタイミングで綾崎さんが出てくる。


「ん、ぴったし……タオル?」


「うん、ちょっと失礼」


 俺は持ってきていた大きなタオルを、綾崎さんにかけてあげる。

 それはすっぽりと、綾崎さんを包み込む。


「……これは?」


「えっと、暑いとはいえ、そのままじゃ風邪を引いちゃうかなって。あと、これなら少し隠れるかなって」


「……ありがとう。どうりで、リュックが大きいと思ってた」


 綾崎さんが俺の手を握って、嬉しそうに微笑んでくれた。


「う、ううん! ほら! 階段あるから気をつけてね!」


「ん……じゃあ、転ばないように手を繋いだままでいて」


「は、はい」


 そのまま、更衣室の脇にある階段を上っていくと……テーブルや椅子がある場所に出る。

 奥には屋台らしきものがあり、そこでメニューを注文できる。


「良かった、昔のままだ。ここの焼きそばが美味しくてね、よく食べてたんだ」


「ん、それを食べたい」


「わかった。じゃあ、俺の方でメニューを決めちゃうね」


 手を繋いだまま、屋台のおばちゃんに注文をする。

 そしたら、二人で近くのテーブルに座る。

 流石に、 手は離したけど……柔らかかったなぁ。


「ん、この後はどうしよう?」


「さっきのは普通のプールだから、他のところに行こうか」


 まずは、右側にある二十五メートルプール。

 その左側には、流れるプール。

 少し奥に行ったところに、ウォータースライダーがある。

 更衣室の脇には、暖かいお湯に浸かれる休憩所もある。

 それらのことを、綾崎さんに説明する。


「ん、ありがとう。食後だから、激しく泳ぐのはだめ。流れるプールで、のんびり漂いたいかも」


「じゃあ、そうしようか」


 すると、頼んでいたメニューが届く。

 ちなみに、二人共焼きそばにした。

 あんまり量を食べても、泳ぎ辛いし。


「じゃあ、いただきます……んっ! 相変わらず美味しいなぁ……」


「ん、いただきます……美味しい? ただの焼きそばなのに……」


 綾崎さんが首をかしげる……どうやら、美味しいことが不思議らしい。


「でしょ? やっぱり、プールの後は焼きそばが美味しいよね」


「どうして? 私がいつも食べてる焼きそばとは違う。具材も普通だし、特に変わった点はないし……」


「一説によると、身体が塩分を欲しがってるからなんだってさ」


「ん、それなら納得がいく。確かに喉も渇いてる。だから、美味しさが倍増する」


「でも、それだけじゃないと思うんだ」


「……どういうこと?」


 再び、綾崎さんが首をかしげる。


「えっと……こういう雰囲気とか、誰かと食べるとか。あとは、普段来ないところで食べたりとか。そういう


「……説明ができない」


「例えばさ、俺とお昼ご飯とか食べると美味しいかな? ちなみに、俺は美味しいんだけど……」


 これで違ったら悲しいな……。


「ん、美味しい」


「良かった。つまりは、そういう感じかな。言葉では説明し辛いけどね」


「……ん、少し理解した」


「なら良かったよ」






 その後、食べ終えたら、予定通りに流れるプールに浸かる。


 浮き輪をレンタルしたので、それを使ってぷかぷかと流されるままに……。


 幸い、人も少ないのでリラックスできる。


「……和馬君は楽しい?」


「えっ? うん、楽しいよ」


「ん、それなら良い。私は、こうしてるだけで楽しい。これも、雰囲気とかってこと?」


「うーん、そうかもしれないし、違うかもしれないけど。ただ、非日常感はあるかな。屋外プールは夏限定だしね」


 俺はできるだけ、綾崎さんにわかるように説明する。

 俺自身も分かってないから、中々難しいけど。


「ん、確かに……和馬君は、本当に優しい」


「ど、どうしたの?」


「私が変なことを言っても、真面目に考えて答えてくれる。焼きそばもそうだけど、こういうことを聞くと嫌な顔をされるから。両親にも、近づいてきた人達にも」


 ……きっと、それが原因で人と関わらなくなっちゃったんだ。


「そっか……でも、俺自身も気づけることがあるから。普段考えないこととか、新しい発見もあったりするし。だから、遠慮なく言ってね」


「ん、例えば?」


「……それは内緒かな」


「むぅ……ずるい」


「そ、それより! そろそろウォータースライダーに行こうか!」


 俺は慌てて、プールから出る。


 ……言えるわけないじゃん。


 そういうことを考えてるうちに、綾崎さんのことを好きになったなんて。











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