第74話 プールで泳ぐ

 え、えっと、どうしよう?


 いや、言うべき言葉はわかってるんだけど……。


 とにかく視線が外せなくて、上手く言葉が出てこない。


「ん……あんまり見られると困るかも」


「ご、ごめん!」


綾崎さんは身をよじって、両手で身体を隠そうとしてしまった。

 おい! 何をジロジロ見てるんだよ!

 それよりも、言うべきことがあるだろ!


「ん、とりあえず移動しよ」


「えっと……待って」


 歩き出そうとする綾崎さんの手を、とっさに掴む。


「……和馬君?」


「その……似合ってます」


「……むぅ」


「えっ?」


 綾崎さんは、何やら複雑そうな表情をしている。

 あれ? 違った?

 でも、間違ってる感じはしない……いや、まさかね。


「ん、なんでもない。似合ってるって言ってくれて嬉しかった」


「その! ……可愛いと思います」


 言った瞬間、自分の身体が燃えるように熱くなる。

 これで違ったら、どうしよう!?


「……んっ」


「えっ?」


 綾崎さんは顔を背け、俺をどんどん引っ張っていく。


「あ、あの?」


「い、今はだめ」


「何がだめなの?」


 プールの前に到着すると、手が離され……綾崎さんがプールに入る。

 そして、そのまま潜って……戻ってこない。


「あ、綾崎さん!?」


 俺も慌てて、プールの中に入る!

 すると、綾崎さんが顔を出す。

 日差しの中、濡れ髪がキラキラと光って幻想的な雰囲気がある。


「あっ、良かった。上がってこないから……あれ? 顔が赤い?」


「……ん、そんなことない。少し息を止めてたからかも」


「ああ、そういうことかぁ。でも、どうして急に?」


「ん、ただの気分」


「そ、そっか」


 相変わらず、綾崎さんは読めないなぁ。

 というか、さっきので合っていたのだろうか?


「ん、とりあえず泳ぐ。私、実は泳ぐの好き」


「あっ、そうなんだ?」


「ここは人も少ないし、泳ぎやすそう」


 周りを見れば、確かに人は少ない。

 夏休みとはいえ平日だし、元々穴場っていうのもある。

 みんなは、新しくできた方に行くだろうし。

 そこには波乗りとかあるらしいけど、綾崎さんは目立つのが嫌みたいだし。


「まあ、それが狙いだったし」


「ん、ものすごく助かる。じゃあ、競争しよう」


「よ、よーし、やってみようか」


 綾崎さんは運動神経良いけど、基礎体力的には男の俺の方が上だと思う。

 かっこいいところ見せたいし、これは負けられないね。






 ……と、思っていたんですけど。


 ただいま、連敗中です。


 そして、綾崎さんにドヤ顔をされてます。


「ん、また私の勝ち」


「ぐっ……」


 正直言って、少し悔しい。


 でも、綾崎さんが楽しそうだから、これはこれで良いのかもしれないね。




 その後、一度プールから出て、足をプールに浸けつつ並んで座る。


「ん、楽しい。こんな風に遊んだの初めて。人が少ないから気持ちよく泳げたし」


「それなら良かったよ。ここなら綾崎さんが楽かなって思って」


 大人の男性はいるけど、ほとんどは女性と子供が多い。

 評価を調べたら、値段も安くそこそこの満足度が得られるからとか。

 ただでさえ目立つ綾崎さんを、大勢がいるプールに連れて行ったら大変だし。

 というか、俺がなるべく見せたくない……なに言ってんだが。


「……ありがとう。その、色々と。もっと、新しいアトラクションがあるところに行きたかったよね?」


「別に平気だよ。綾崎さんと一緒なら、どこだって楽しいから」


「……ふぇ?」


「……あっ」


 し、しまったァァァ! つい、ぽろっと本音が……!

 ……いや、良いんだ。

 ここで誤魔化したらダメなんだ。


「ん、どういう意味?」


「えっと……そのままの意味かな。綾崎さんといると楽しいから」


「……そうなの? でも、私はつまらない人間。人を楽しませたりできない」


 あぁ、暗い顔にさせちゃった。

 多分、両親の影響なんだろうなぁ。

 ……俺では綾崎さんの力になれるかわからない。

 でもに 、力になれることはあるはずだ。


「そんなこと言わないでよ。そしたら、俺の方がよっぽどつまらない人間だし」


「ん、そんなことない。和馬君は優しいし、一緒にいると楽しいし安心する。なんだが、そう言われると……少し腹がたちます。和馬君は、つまらない人間じゃない」


「そ、そっか、ありがとう……でも、俺も同じだってことはわかってほしい。綾崎さんを悪くいうのは、綾崎さん自身でも言って欲しくないかな」


「…………」


 すると、綾崎さんが下を向いてしまう。

 ちょっと、言い過ぎたかな? 少し空気が悪くなっちゃったけど……。

 でも、これくらい言わないと、わかってくれそうにないよね。


「ん……気をつける」


「そうだね。俺も気をつけるよ」


 俺自身も、綾崎さんと俺が釣り合うわけないとか思ってるし。

 これは、どうにかしていかないと。

 そのためには、とにかく前向きに、自分を卑下しないことだ。

 そうじゃないと、綾崎さんとの関係は進まない気がする。


「よし! じゃあ、続きはどうしよう? ウォータースライダーに行く?」


「ん、まだ泳ぎたい気もする」


「わかった。じゃあ、もう少し……」


 その瞬間——『クルルー』という可愛らしい音が耳に入る。


「……へっ?」


「……あぅぅ」


「……もしかして、お腹すいた?」


 すると、コクンと頷く。


 そして、見る見るうちに耳が赤くなっていく。


 ……めちゃくちゃ可愛いんですけど?









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