第65話 イルカショー
準備を済ませ、母さんがいるフードコートに向かうと……。
「あー! お兄ちゃんとお姉ちゃん! もう! 迷子になっちゃダメだお!」
「ん、どういうこと? 私たち、迷子になってない」
後ろに視線を向けると、母さんが手を合わせている。
……多分、話を合わせろってことだよな。
「いやぁ〜ごめんね、優香。お兄ちゃんが迷子になっちゃて」
「和馬君?」
「綾崎さん、話を合わせて」
「……ん、わかった」
「起きたらお兄ちゃんとお姉ちゃんいないからお母さんに聞いたら迷子だって! 探しに行こうとしたら、ここで待ってましょうって!」
……なるほど、見えてきたな。
起きたら俺たちがいない→優香騒ぎ出す→母さんが困る→とっさに迷子ということにした。
多分、こんな感じだろう。
「そうなんだよ。ねっ、綾崎さん」
「ん、その通り。私が和馬君を探してきた」
「お姉ちゃんえらい!」
「優香ちゃんも、待ってて偉い」
「えへへー」
どうやら、撫でられてご機嫌の様子。
……優香を放ってデートみたいなことしてたのが少し後ろめたい。
その後、目的であったイルカショーを見に行く。
ど真ん中にはプールがあり、それを囲うように観客席がある。
プールの中では、すでにイルカさん達が気持ちよさそうに泳いでいる。
「わぁ……!」
すでに優香は夢中で、それ以外の物は見えていない感じだ。
……そして、もう一人も。
「ん……」
「綾崎さん、綾崎さん」
「ん……」
こりゃ、ダメだ。
まあ、喜んでくれてるからいいか。
すると、母さんが俺の肩を叩く。
「ねえねえ、どうなったの?」
「いや、すぐそこにいるんだけど?」
ちなみに母さん、俺、優香、綾崎さんの順番で並んでいる。
「大丈夫よ、あの感じだし。で、うまくやったのかしら?」
「……まあ、多分」
「あらあら、なら良かったわ……っと、始まるみたいね」
アナウンスが流れ、飼育係のお姉さんやお兄さんが動き出す。
そして、ショーが始まる。
イルカが近くでとび跳ね、シート越しに水がかかる。
「わぁーい!」
「んっ!」
「おおっ!?」
それが終わったら、上にある輪をくぐったり、シンクロナイズドスイミングのような動きをしたり、飼育係の人を乗せて水の上を走ったりする。
そのどれもが美しく、見ている者を楽しませてくれる。
でも、それはきっと……。
「イルカさんすごーい!」
「ん……イルカさん凄い」
「まあ、凄いわね」
こうして、みんなで見ているからなんだと思う。
三十分ほどでショーが終わり……。
「皆さんありがとうございましたー!」
「えぇー!? 終わっちゃうの!?」
「ん、まだまだ足りない」
「はは……またくればいいよ」
「あら? まだ何かあるみたいよ?」
母さんに言われて、お姉さんに視線を戻すと……。
「はーい! この会場の中にいるペア三組限定でイルカさんと触れ合うことができます! 触れ合いたい方は手を上げてくださいねー!」
「あっ、そういえば……そういうイベントを、テレビでもやってたね。二人も手を上げてみたら……はは」
今度は、二人に話しかけたけど……すでに手を上げている。
その手はぴーんと伸び、まるで天高くまで伸びてそうだ。
そして綾崎さんは強い眼差しを、優香は目をつぶって祈るようにしている。
その願いが届いたのか……お姉さんの視線が、俺たちの所で止まる。
「じゃあ……そこの綺麗なお姉さんと可愛いお嬢さん! どうぞ、こちらへ!」
「ふぇ!?」
「ん、優香ちゃん、やったね」
「あら、凄いわね」
「和馬君、二人までだから……」
「綾崎さんがやってきなよ」
俺に譲ると言う前に、言葉をかける。
きっと、綾崎さんがやりたいはずだから。
「……いいの?」
「うん、俺は平気だし。優香をよろしくね」
「ん、任せて」
「お姉ちゃん! いこいこ!」
「ん、わかった」
二人が席を立ち、案内に従ってステージ上に上がっていく。
「おやおや、美人姉妹ってやつですかねー?」
「うんっ! お姉ちゃん美人さん!」
「ん、優香ちゃんは可愛い」
「これはこれは、仲が良いですねー。それでは、小さい妹さんから、イルカさんに触れてみましょうか?」
「は、はいっ!」
「緊張しなくて良いですからねー」
優香が恐る恐るイルカの頭に触れると……。
「キュイキュイ!」
マイク越しに、イルカの鳴き声が聞こえる。
「わぁ……!かあいい!」
はい、可愛いのはうちの妹です。
「では、握手もしてみましょうか?」
「うんっ!」
優香がプールに手を伸ばすと……イルカさんから握手をしてくれる。
「で、できたおっ!」
「はい、上手でしたねー。それでは、お姉さんと交代しようかな?」
「お、お姉ちゃんも! 早く早く!」
「ん、わかった」
交代で、綾崎さんが前に出る。
「では、お姉さんなので……顔を水面に近づけてもらえますか?」
「わかりました」
言われた通りに、少し屈んだ綾崎さんが水面に顔を近づけると……。
イルカが、少しジャンプして、ほっぺにキスをする。
「ん……! びっくりした……でも、嬉しい」
「おっとペンタ君! 美人のお姉さんなのでキスをしたかったようですねー!」
その言葉に、観客席から笑いが起きる。
なるほど、そういう流れか。
流石は司会のお姉さんだ。
多分、子供には危ないからやらせなかったんだろうな。
フィナーレを迎え、二人が席に戻ってくる。
「お母さん! お母さん!」
「はいはい、よかったわね」
興奮した優香が、母さんに抱きついている。
「ん、すごく楽しかった」
「それは良かったね。いやぁ、羨ましかったな」
「ん、やっぱり和馬君もやりたかった?」
「まあ、できればね」
「ん……じゃあ、あっち向いてホイをしよう」
「何も『じゃあ』になってないけど?」
「ん、良いから」
「……わかったよ」
「じゃあ、私からあっち向いてホイ」
俺が右を向いた瞬間、柔らかな感触が頬に触れる。
「へっ?」
「……イルカさんの代わりに、私がしてあげた」
……ほっぺにチュー?
「え、えっと……」
「ん……今日、すっごく楽しかったから。ありがとうって……」
「そ、そっかぁ……ははは」
「……嫌だった?」
「そんなことないよ……うん、気持ちよかったし」
いや、何言ってんだろ? 絶対間違ってる台詞だし。
「……あぅぅ」
綾崎さんは、耳まで真っ赤になっていく。
同時に、俺の身体中から熱が出てくる。
綾崎さん……ちょっと可愛すぎやしないですかね?
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