第56話 なんでもない日々

 梅雨が始まる少し前の、五月末……。


 案の定、俺の試験の結果は良いとは言えず……。


 結局、六月に入るタイミングで、綾崎さんに勉強を見てもらう流れになった。


 平日の帰りに、うちに寄ってもらう形で。


「ん、ここが違う」


「えっ? 嘘? どこ?」


「ここの計算が合わない。もう一回見てみて」


「……ほんとだ、計算間違ってるや」


「ん、もっと集中して」


「ご、ごめん」


 無茶言わないでよ!?


 ……俺の部屋で二人きりとか、集中できるわけないじゃんか!


 良い匂いするし! 夏服のセーラー服だし!





 その後、何とか予定のページ数を終わらせる。


 しかし、結構な時間が経ってしまった。


 もう、六時前になる。


「これは時間かかりそう」


「す、すみません」


「でも、それでいい」


「何も良くなくない?」


「大丈夫、私的には問題ない」


「でも、バイトだって始めたんでしょ?」


 確か、昨日の日曜から始めたって聞いた。


 週に二回で、水曜と日曜って言ってたかな。


「ん、頑張ってる……少し難しいけど」


「何が難しいですか?」


「人と会話すること」


「あぁ……なるほど」


「ん、納得されるのも困る」


「あっ、すみません」


「和馬君はどうするの?」


「いや、そんな余裕ないかなぁ……そりゃ、してみたいけど」


 俺だって欲しいものはあるし、色々なところに出かけたりしたい。


「じゃあ、勉強を頑張る」


「はは……それしかないよね」


 すると、ドタドタと足音が聞こえる。


 そして、ドアが開かれ……妹が綾崎さんに突撃する!


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


「ん、今日も可愛い」


「えへへ〜」


 はい、俺からしたら両方可愛いです。


 ご馳走様って感じです。


「よく我慢できたな?」


「あいっ!」


 俺も近づき、頭を撫でてあげる。


 勉強をしている間は、俺の部屋に来ないって約束を守ったから。


「ん、偉い」


「わたしえらい!?」


「ああ、偉いぞ」


「えへへ〜……あっ! お母さんがご飯できたって!」


「じゃあ、食べようか」


「ん、お腹すいた」




 下に行き、四人で食事をとる。


「おいちい!」


「ん、美味しいです」


「あら〜ありがとう。やっぱり、女の子二人いるといいわねー。男の子ってば、全然感想言わないし」


「わ、悪かったよ……美味しいから」


「ん、言葉にするのは大事」


「だいじっ!」


「大事ね!」


「はいはい、わかりましたよ」


 こんなやり取りも、段々と自然になってきた。


 綾崎さんも、少しずつ良い意味で遠慮がなくなってきた。


 でも、だからこそ悩みができた。


 多分、俺の家は……綾崎さんにとって、心地いい空間になってる。


 でも、俺が好きだと気づかれたら……好きだと言ったら……。


 その関係は崩れてしまうのではと。

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