第26話 名前呼び

翌日の朝……。


「そわそわ……」

「おい、優香。玄関で待つのはやめなさい」

「お姉ちゃん、いつくる!?」

「いや、だから……くるとは限らないからね?」


来てくれるとは言ってたけど、毎日くるとは限らないし。

あっちにだって体調や都合があるし。


「来ないお?」

「いや、わからないけど……来なくても責めたり、悲しんじゃダメだよ? それは相手にも迷惑だから」

「……あい」


多分、正確なことはわかってない。

でも、優香だって成長してる。

少しずつ、わかってくれるようになるまで、色々と言うしかないよね。






来ないというのは、杞憂に終わる。


「お姉ちゃん!」

「ん、おはよう、優香ちゃん、伊藤君」

「おはよう、綾崎さん」


すると……。


「あらあら、おはよう、麗華ちゃん」

「お、おはようございます、伊藤君のお母さん」


そうだった、今日は母さんいるんだった。

早く出なくていい日だった。


「伊藤君のお母さん……」

「あの……?」

「なんか、呼び辛いわね。というか、全員伊藤だし」

「な、何とお呼びしたら良いですか?」

「ちょっと、母さん。綾崎さんが困ってるよ」


すると、何や綾崎さんに耳打ちをする。


「……はい、呼んてみて」

「ん……弥生さん」

「はい、よくできました。さあ、次行ってみよー!」

「……ん……和馬君」

「……はっ?」


はい? 今、何と?

和馬君……えっ!?


「か、母さん!?」

「何よ、だって変じゃない。優香は名前なのに、私とあんたが伊藤なんて。だいたい、ありきたりな苗字だしつまらないわ」

「そ、そういう問題じゃないよ!?」

「お兄ちゃん! 保育園遅れちゃうお!」

「……そうだな、アホな母さんは放っていこうか」


母さんの『アホって言った!?』という声を無視して、家を出る。






ひとまず、優香を保育園に送ったのはいいが……。


「和馬君、どうしたの?」

「あの、綾崎さん? 母さんのことは気にしないでいいから……」


先程からずっと名前呼びになってる……。


「ん、でも優香ちゃんも言ってた。お兄ちゃんは和馬だって」

「いや、もう優香もいないし」

「……嫌?」

「そ、そんなことないよ!」

「ん、なら問題ない」


……あるよォォ!! 俺の心臓がもちません!!

しかも、学校で……どうするの!?


「あ、あのね、綾崎さん……」

「ん……和馬君も名前で呼んでもいい。だって、友達は名前で呼ぶって本で見た」

「……へっ?」

「ん、どうぞ。おままごとの時も言ってたから平気」


それとは違うと言おうと思ったけど……綾崎さんは、そわそわして待ってる感じだ。


「れ、麗華さん……」

「……ん、友達に名前呼びされたの初めて」

「が、学校では呼ばないからね!」

「……ん、わかった」


その顔はうっすら赤くなり……無表情とは程遠かった。

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