第21話 おままごとは危険

 その後、一階に戻り……。


 それぞれ、黙って小説を読む。


「………」

「………」

「すぅ……」


 パラ……パラ……という本のページをめくる音と……。

 優香の心地よい寝息だけが聞こえる空間……。

 本って一人で読むものかと思っていたけど、こういうのも良い。


「なんだか良い」

「えっ?」

「ん……声に出てた?」

「うん」

「ん、ごめんなさい。本って、一人で読むものだと思ってた」

「いや、謝ることないよ……同じこと思ってたし」


 どうやら、同じことを考えていたらしい。

 なんだか、それが嬉しい。


「そう……本を読んでる時に邪魔されるのは嫌」

「ま、まあ、気持ちはわかるよ」

「でも、私は今……君に対してしてしまった……何故?」

「うーん……共有したかった……いや、共感して欲しかったから?」


 正直言って、俺も言おうか迷ったし。

 引かれたら嫌だなぁと思って黙っちゃったけど。

 綾崎さんのそういうところは……良いなと思う。


「共感……同じ気持ち……なるほど」

「いや、そんなに深く考えなくても良いけど」


 すると……。


「むにゃ……はえ?」

「おっと、起きるかな」

「私達がうるさかった?」

「いや、そんなことないよ。元々このくらいで起きるし、寝すぎると夜寝てなくなっちゃうからね」

「ん、ならよかった」


 優香はぼーっとして、綾崎さんを見ている。


「……お姉ちゃんだ! なんでいるの!?」

「ん、ダメだった?」

「ううん! うれしいお!」

「そう……良かった」


 どうやら、記憶が飛んでいるらしく……。

 綾崎さんに抱きついて、大喜びしている。


「何して遊ぶ!?」

「私、あまり知らない」

「おままごとは!?」

「ん、やったことない」

「じゃあやろ!パパいないからできないの! 今ならお兄ちゃんとお姉ちゃんでできるお!」


 そこで、綾崎さんから視線が向けられる。

 多分、説明を求められてるんだと思う。


「えっと、俺がお父さん役で母がお母さん役は変でしょ?」

「……なるほど、なんとなくわかる。じゃあ、私がお母さん……伊藤君がお父さんってこと?」

「そ、そうなるね」


 ま、待て、俺。

 何をドキドキしてる……ただのお遊びしゃないか。

 こんなの、余裕余裕……。








 じゃなかった!


「和馬さん、お帰りなさい」

「パパ! ただいま!」

「た、ただいま、優香……麗華さん」


 何これ? 顔から火が出そう……!

 女子を名前で呼んだことなんかない!


「お兄ちゃん! 抱きつかなきゃ!」

「はい!?」

「夫婦だもん! パパはママにいつもしてたもん!」


 親父ぃぃ!! 確かにしてたけど!


「こ、こら、優香。これはおままごとで……」

「ん、和馬さん」

「はい?」


 振り返ると、両手を広げて待っている綾崎さんが……。

 こ、これは……そういうこと?


「お兄ちゃん! 早くしないと進まないお!」

「ん、私待ってる」


 なんか、恥ずかしがってる俺が馬鹿みたいだ。

 よし……普通に、普通に。

 ……こ、これはおままごと……。

 冷静を装って……優しくその身体を抱きしめる。

 ……うわぁ……柔らか……髪の毛から良い匂いする……変態か!


「んっ」

「ご、ごめん! 強かった!?」

「へ、平気……なに? どういうこと?」


 咄嗟に離れて様子を見ると……少し顔が赤い?

 無意識のうちに……へ、変なとこ触った?


「だ、大丈夫?」

「ん、問題ない。少し……なんでもない」

「お兄……パパ! ご飯にする!? お風呂にする!? それとも……ママにする!?」

「おい、どこで覚えた?」

「パパとママがいつもやってた!」


 あの、仲良し夫婦めぇ……さすが、あの年で子供を作るだけある。

 今でこそアレだけど、最初は嫌だったなぁ。

 中学生で妹ができるとか。


「じゃあ、私にする?」

「しません!」


 意味わかってます!?


「じゃあ……お風呂にする?」

「しないから!」


 ……少し想像しちゃったじゃないか!


「じゃあ、ご飯だ! お部屋いこ!」

「ん、わかった」


 そう言い、優香が駆け出すと……綾崎さんが、俺の耳元に囁く。


「でも、君の小説にはこういうの書いてあった……本当はしてみたい?」

「 い、いや、アレは……」

「ん、よくわからない……」

「お兄ちゃん〜! お姉ちゃん〜! 続きはー!?」


 優香の声に、綾崎さんがリビングに向かう。


 しかし、俺はその場で立ち尽くしていた。


 し、心臓が止まるかと思った……。

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