第18話 約束

 お昼ご飯を食べ終え……。


 春風が吹く中、二人黙って空を見上げる。


 ……なんか、良いなぁ。


 こう……女子ってずっと喋ってるイメージがあったから。


 こうして黙ってても平気な子もいるんだね。


 何より、気がつかないうちに……余裕を失くしてた気がする。


 勉強のこと、優香のこと……もっと気楽にしないとダメだよね。




「ありがとね、綾崎さん」


「……何かした?」


「はは……うん、お弁当作ってくれたよ。あと、気が楽になったかも」


「ん……よくわからないけど……なら良い」


「何かあれば言ってね。俺にできることならお礼したいし」


「……お家に行きたい」


「……ふぁ!?」


 ど、どういう意味!?

 お、お、落ちつけ! 自分!


「また変な顔」


「……否定できないや。そ、それで、どういうことかな?」


「……優香ちゃんと遊ぶ」


 危ない危ない……また、変な勘違いするところだった。


「そういうことね。うん、良いよ。きっと優香も喜ぶよ」


「じゃあ、今日の放課後いく」


「い、いや、それはちょっと……」


 部屋の中とか掃除してないし……。

 いやいや! 俺の部屋に入るわけないじゃん!


「顔赤い? 具合悪いの?」


「うわっ!?」


 お、おでこに手が……!


「ん、どんどん熱くなってる……今日は我慢する」


「へ、平気だから! じゃ、じゃあ、放課後!」


 あまりの恥ずかしさに、屋上から逃走する。


 ……午後の授業が集中できなかったのは言うまでもありません。






 そして、放課後を迎え……。


 俺は、あることに気がつく。


 あれ? これって……一緒に帰るパターン?


 それとも、一度家に帰ってから……。


「伊藤君、帰ろう」


「へっ?」


「一緒に帰る。今日、家に行くって約束した」


 その瞬間——あれだけ騒がしかったクラスから音が消えた。


「ちょっと……誤解を招くよ!」


「ん、何も嘘ついてない。今日、伊藤君の家に行くって言った。君も、きて良いって……嘘だった?」


「嘘じゃないけど……ああ! もう! とりあえず行こう!」


 このままでは、俺の平穏な日々が終わってしまうので……。


 彼女の手を引いて、教室を飛び出すのだった。




 ◇



 今日は、朝からおかしい。


 昨日はあんまり寝れなかったし、遅くまで料理の本とか見てしまった。


 男の人に料理作るのなんか初めてだったから。


 やるからには、きちんとしたもの作りたい。


 ……あれ? そもそも、何で作ろうと思ったのだろう?







 何とかいつも通りに起きて……台所に立つ。


「男の人の好きな具……唐揚げって書いてあった」


 でも、野菜も必要。

 量も、私より多くないと。


「結局……何で作ろうと思ったんだろう?」


 昨日、伊藤君がパンを食べてて……。


「それじゃない……その後に、私のお弁当を美味しそうって……すごいねって褒めてくれたから?」


 だから、食べて欲しいって思った?


「わからない……誰にも言われたことないから」


 綺麗とか、可愛いとか、頭が良いとか……そういうのはあるけど。


「むぅ……難しい」


 こういう時、誰に教えてもらえるんだろう?


「母親? 父親? ……どっちもいない」


 あの二人に会わなくなって、もうすぐ一年くらい?

 高校生になったから、義務教育は終わったらしい。

 そしたら、二人は家から出て行った……私だけを残して。


「そもそも、会話らしい会話もしたことない」


 物心ついた時には、父と母の間で会話をしてるのを見たことがない。

 ……見たのは、離婚という話し合いの時と、私をどうするかの時だけだった。


「……別に良い、今は関係ない」


 もしくは……友達?

 それも、いたことないからわからない。

 みんなから、不気味だって避けられてたから。


「あれ? 伊藤君は……友達?」


 ……なんか、違う気がする。

 でも、相談には乗ってくれるかな?


「あっ——早く作らないと」


 伊藤君の面白い顔を思い出しながら、お弁当作りを始める。


 すると……不思議と、暗い気持ちが消えていったような気がした。

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