第3話 いつもの日常

 ……眠い。


もう少し寝かせて……。


「お兄ちゃん! 朝だお!」


「おお、妹よ……にいちゃんはまだ眠い」


「お腹すいた!」


 そうだ……俺がご飯作らないと。

 母さん、今日は早く家を出るって言ってたっけ……。

 なるほど……母さんがバタバタしてたから、優香もいつもより早く起きちゃったのか。


「ごめんな、優香ゆうか。よし、すぐに作るからな」


「あいっ!」


 眠い目をこすり、ベットから降りる。


可愛い妹のためだ、今日も頑張りますか。






 そのまま洗面所に向かい、手洗いうがいだけ済ませ……。


「ふふふ、今日はウインナーさんだ!」


「うぃんな!」


「ウインナーだぞ?」


「う、ういんなー?」


「よしよし、よく言えました」


 優しく頭を撫でてやると……。


「えへへ、パパも褒めてくれりゅ?」


「ああ、もちろんだ。今度会った時に褒めてもらえるさ」


 親父も可哀想に……こんな可愛い幼子をおいて、単身赴任しないといけないとは。

 でも、一番辛いのは優香だ……俺が、出来るだけ一緒にいてあげないとな。


「わーい!」


「んじゃ、そんな良い子には任務だ。これでテーブルを拭いてくれるかな?」


「あいっ!」


 タタタと心地よい足音を立てて、リビングのテーブルに向かっていく。


「さて……ちゃっちゃとやっちゃいますか」


 所詮男料理なので、ウインナーと出来合いのサラダに、インスタントの味噌汁に、納豆ご飯だけど。





 ささっと準備を済ませ、二人で食事をとる。


「いただきます」


「いたたきます!」


 惜しい! 濁点さえあれば……!

 まあ、四歳だから仕方ないか。

 個体差があるっていうし、あんまり指摘しすぎると良くないって言うし。


「ねばー!」


「そうだな、ネバネバだな」


「おいちい!」


「優香は納豆が好きだね」


「うんっ!」





 こうして、いつものように朝食を終えたら……。


 二人で歯ブラシをして、支度して家を出る。


 そのまま手を繋いで、近くにある保育園まで歩いていく。


「今日はママが迎えにくる?」


「いや、にいちゃんだな」


「そおっか……」


 ……寂しいよなぁ。

 物心ついた時には親父が海外転勤して、母さんもこの不景気で働かないといけないし。


「よし! 今日は帰りにアイス買って帰るか!」


「ほんと!?」


「ああ、にいちゃんが奢ってやるさ」


「お兄ちゃん……すきっ!」


 ……お小遣い減るけど、安いもんだよな。







 その後、保育士さんに優香を預けたら……。


 そのまま、歩いて高校へと向かう。


 ちなみに家から通えるように、わざわざ近くの公立高校を選んだ。


 俺の頭では少々厳しかったけど、学費も安いし早く家に帰れるし。


「さて、少し早いかもなぁ。コンビニでも寄って……ん?」


 コンビニの前で、オロオロしているおばあちゃんを見つける。


「どうしたんだろ?」


 驚かさないように声をかけてみる。


「すみません、何かお困りでしょうか?」


「はい? い、いえ、久々に昔住んでた土地を散歩していたら道に迷ってしまって……最寄りの駅に行きたいのだけれど、コンビニで聞いたらそんな暇ないと……」


 一方的に、コンビニ店員を責めるわけにいかないよなぁ。

 やること多すぎて大変だって、親友も言ってたし。


「そうなんですね。では、僕が送っていきますよ」


「でも、悪いわ……学生さんだから遅刻でもしたら……」


「平気ですよ。ほら、いきましょう」


「……ありがとうございます。ふふ、優しい子なんですね」


「いえ、普通ですよ」




 その後、同じ学生服の群れを逆走するように駅へと向かった。


「どうもありがとうございました」


「いえいえ、あとは平気ですか?」


「ええ、ここまでくれば平気です。お礼はどうしましょう?」


「いりませんよ。では、僕はこれで」


「そういうわけにも……あら、これなら受け取ってもらえるかしら?」


 その手には小分けの袋に入った、バウムクーヘンがあった。

 これを貰わないと、このおばあさんが気にしちゃうかな……。


「……では、有り難く頂きますね」


「良かった。本当にありがとうございました」


「いえ、では失礼します」


 駅に入るのを見送ってから、俺も来た道を急いで戻る。


 少し遅刻しちゃったけど……まあ、良いよね。






 ◇



 ……あれのことかな?


「道に迷っているおばあさんを駅に送ったかな」

「そう、それ」

「うん?」

「何で? それで貴方に何の得が? そのせいで遅刻したわ」


 そう言い、ずいずいと迫ってくる。

 ちかっ……! これ、シャンプーの香り?

 それに目がキラキラして見える……うわぁ……綺麗な顔。



「ねえ、聞いてる?」

「は、はい!」

「どうして?」

「……理由なんかないよ。ただ、俺がそうしたかったから」


 昔から聞かれることはあった。

 損な性格とか偽善的とか、そんなんじゃ社会に出たら苦労するとか……。

 それに良いことしたからといっても、嫌な目にあうこともあるし。

 でも……仕方ないじゃないか。


「そう」

「ごめんね、つまらない理由で」

「いえ……」

「じゃあ、もう良いかな? 俺、急いでるから」


 俺はベンチから腰を上げ、その場を離れる。


 これで興味を持たれることもないよね。


 ……何を残念に思ってるんだか。

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