枯れないブバルディア

有理

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原 紗栄子 (はら さえこ)

原野 佐和子 (はらの さわこ)




紗栄子 「ねえ。さわこ。」

佐和子 「ねえ。さえちゃん。」

紗栄子「幸せでいて。」佐和子「幸せになって。」(同時に)


…………………………………………………………


佐和子「ねぇ、どっちがいいかなあ」

紗栄子N「選択を失敗し続けた私にそう聞く彼女が嫌い。」

佐和子「カルーアもいいし、この桃のやつも美味しそうだよね?」

紗栄子N「栗色のウェーブ。ヒラヒラした服。」

佐和子「ね?さえちゃん」

紗栄子N「なんでも持ってるこの女が私はだいっきらいだ。」


紗栄子「じゃあ、これ。」

佐和子N「赤いオーバル型の爪がメニューを差す。ふと、自分の爪を見下ろすと淡いピンクが濁って見えた。」

紗栄子「たまには違うの飲みなよ。」

佐和子N「なんでも1人で決められる。誰にも頼らずに生きられる。強い彼女に酷く憧れた。」

紗栄子「さわこ?」

佐和子N「なんにも持ってないくせに。羨ましい。」




佐和子「ねえ、結婚式の招待状。届いたでしょ?」

紗栄子「ああ、きてたね。」

佐和子「お返事は?出席してくれるよね?」

紗栄子「うーん。12月ちょっと立て込んでるんだよね。」

佐和子「えー!さえちゃんきてくれなきゃやだ!」

紗栄子「他にも友達たくさんいるでしょ?」

佐和子「やだ!ずらす!結婚式!1月ならいい?」

紗栄子「何言ってんの」

佐和子「…さえちゃんに介添頼みたいのに。」

紗栄子「…よくないよ。そういうの。一般的に。」

佐和子「なんで?私、1番好きだもん。さえちゃん。」

紗栄子「私バツついてんだしさ、縁起悪いって。」

佐和子「なにそれ。縁起とか関係ないし。」

紗栄子「とりあえず、考えさせてよ。」

佐和子「…。」


佐和子「本当はさえちゃんの結婚式だって行きたかったんだから。」

紗栄子「…向こうでやったし。」

佐和子「どこでも行ったよ。」

紗栄子「…」

佐和子「報告もなかったし。気付いたら、そうなってるし。」

紗栄子「…結果何にも変わってないんだからいいでしょ?」

佐和子「じゃあきてよ。結婚式。」

紗栄子「屁理屈」

佐和子「何にも変わってないんだったら、縁起とか関係ないじゃん。」

紗栄子「…ほらとりあえず、つまみ!何頼む?」

佐和子「チョレギサラダ…」

紗栄子「さわこ毎回サラダ頼むよね。」

佐和子「だって、定番じゃん。本当はシーザーサラダにしたいんだけど、さえちゃん嫌いでしょ?」

紗栄子「うん。」

佐和子「妥協案!」

紗栄子「ふーん。好きなの頼めばいいのに。」

佐和子「食べ切れないもん!」

紗栄子「そりゃ妥協案で正解だね。」

佐和子「さえちゃんは?あ、もろきゅうあるよ?」

紗栄子「あー、これ、塩辛にする」

佐和子「えー私もろきゅうの方が好きー」

紗栄子「それも頼めば?」

佐和子「私塩辛苦手だよ?」

紗栄子「食べ切れますから私は。」

佐和子「…じゃあ意義なし。」

紗栄子「すみませーん。」



佐和子「ね、同じ学部だった白石さん、覚えてる?」

紗栄子「ああ、由実と仲良かった人?」

佐和子「そう、離婚したんだって」

紗栄子「…そう」

佐和子「子供もいるみたい。大変そうだよね。」

紗栄子「大変だと思うよ。」

佐和子「さえちゃんは?」

紗栄子「なに?」

佐和子「大変だった?離婚って。」

紗栄子「…。そりゃあ。」

佐和子「結婚より大変だって聞くもんね。」

紗栄子「結婚前の淑女がそんな心配するもんじゃないよ。」

佐和子「もし、そうなったらさえちゃんに相談する」

紗栄子「こら。」

佐和子「ね?お願い。」

紗栄子「はいはい。」

佐和子「ふふ。」

紗栄子「でも、彼氏さん。そういうの心配なさそうな人なんでしょ?」

佐和子「うん。」

紗栄子「あー、佐藤、」

佐和子「佐藤翔真」

紗栄子「そうそう。招待状に書いてあった。」

佐和子「優しい人だよ。ちょっと愛想悪いけど。」

紗栄子「優しいならいいじゃん。」

佐和子「付き合った年数は大したことないんだけどね。彼、ずっと長く付き合ってた子いたんだけど浮気されて別れたんだって。」

紗栄子「ふーん。」

佐和子「あ、そうそう!ちょうど由実と話してる時に偶然会ってね、紹介されたの。」

紗栄子「ああ、由実の知り合いだったんだ。」

佐和子「うん!なんか、ビビッときた。この人と結婚するのかもしれないって。」

紗栄子「へー」

佐和子「さえちゃんは?」

紗栄子「なに?」

佐和子「さえちゃんはあった?そういうの」

紗栄子「…ないよ。」

佐和子「ないの?」

紗栄子「なかったよ。」

佐和子「なーんだ。」

紗栄子「そういえばこの間相良に会ったよ。」

佐和子「え!紫ちゃん?」

紗栄子「そ。本屋で立ち読みしてたら偶然。」

佐和子「紫ちゃんのことは全然聞かないからなあ。」

紗栄子「高校ぶりに見たけどやっぱ綺麗な人は変わんないもんだね。」

佐和子「話さなかったの?」

紗栄子「別に仲良いわけでもないからさ。」

佐和子「紫ちゃん高嶺の花感めちゃめちゃあったもんねー。」

紗栄子「たしかに。」

佐和子「でも、生徒会長と結婚したってきいたよ?」

紗栄子「そうなんだ。」

佐和子「うん。玉の輿だーって由実が言ってた気がする。」

紗栄子「ああ、あの2人仲良かったもんね。」

佐和子「さえちゃんは?」

紗栄子「なに?」

佐和子「旦那さん、お金持ちだった?」

紗栄子「…いや。普通。」

佐和子「そうなんだー。」



紗栄子「さわこ、あのさ。」

佐和子「ん?」

紗栄子「わざとやってんの?」

佐和子「なにを?」

紗栄子「それ。探ってんの?私の結婚のこと。」

佐和子「…そんなつもりないよ。」

紗栄子「聞かれれば普通に話すよ。」

佐和子「だれ?」

紗栄子「なに?」

佐和子「さえちゃんと結婚してた人。私の知ってる人?」

紗栄子「知らないと思う。」

佐和子「誰?」

紗栄子「相川達也。大学の時知り合ったの。」

佐和子「ふーん。知らない。」

紗栄子「でしょ?」

佐和子「なんで別れたの?」

紗栄子「…合わなかったんじゃない?お互い。」

佐和子「じゃあなんで結婚したの?」

紗栄子「…」

佐和子「?」

紗栄子「なんでだろうね。わかんない。」


佐和子「…怒った?」

紗栄子「別に。」

佐和子「羨ましかったの。さえちゃんばっかり大人になって。私だけ置いてけぼりになった気がしてさ。」

紗栄子「…離婚が?羨ましいの?」

佐和子「そういうんじゃないけど、達観してて。さえちゃん。」

紗栄子「そんなことないよ。」

佐和子「昔からそうだよ。羨ましい。」

紗栄子「…」

佐和子「私さえちゃんみたいになりたかった。」

紗栄子「やめときなよ。」

佐和子「いいじゃん、思うだけなら。なれないんだからさ。」

紗栄子「…私はさわこが羨ましいよ。」

佐和子「私?」

紗栄子「うん。昔っから。」

佐和子「私何にもなくてつまんないよ?」

紗栄子「何にも苦労してなくて。羨ましいよ。」

佐和子「…、」

紗栄子「離婚の理由。教えてあげようか?」

佐和子「…。」

紗栄子「私ね。両親も離婚してるじゃない?だから、幸せっていうのがさ、よくわかんないわけ。テレビでやってるドラマの中の家庭とか現実味ないっていうか。」

佐和子「…」

紗栄子「私にとってさわこは、ドラマの中の人なんだよ。」

佐和子「それは、」

紗栄子「元旦那さんね。いい人だったよ。優しいしちゃんと働くし。でも現実味湧かなかった。ずっと。」

佐和子「慣れだよ。」

紗栄子「そうだろうね。でもさ、人間ってずっと水に浸かってらんないでしょ?ふやけてくじゃん。生きてたって死んでたって。慣れないものもあるんだよ。世の中にはさ。」

佐和子「だから別れたの?」

紗栄子「そうだよ。申し訳ないって思ってる。でも、なれないんだよ。」

佐和子「さえちゃんは1人でも生きていけるからだよ。」

紗栄子「なにそれ」

佐和子「必要なかったから別れたんだよ。さえちゃんが悪いんじゃない。幸せにできなかったその人がよくなかったんだよ。」

紗栄子「あんた、何も知らないくせに」

佐和子「知らないよ。さえちゃん私のこと嫌いでしょ?何にも話してくれないんだもん。知らないよ。」

紗栄子「…嫌いだよ。」

佐和子「知ってる。でも私はずっとさえちゃんが好きだよ。」

紗栄子「…ごめん。」

佐和子「ううん。そうやって言ってくれるさえちゃんが好きなの。」

紗栄子「あーあ。私、嫌なやつだよね。」

佐和子「そんなことないよ。」

紗栄子「過去を言い訳にしてさわこに八つ当たりしてさ。私の欲しかったもの、当たり前に持ってるさわこが羨ましいんだ。」


佐和子「ねえ、さえちゃん。私はね。」

紗栄子「…」

佐和子「さえちゃんの言ってるドラマの中の人かもしれない。こんなにさえちゃんのこと好きなのに、さえちゃん家を大変だなって思ったことはあるけど、同じふうになりたいって思ったことはないし。」

紗栄子「そう。」

佐和子「綺麗事だよ。私が言うことは全部。重みがないの。」

紗栄子「全部ってわけじゃ、」

佐和子「ううん。自分でも分かってるの。生まれてから今まで、ずっと幸せなままなの。さえちゃんに怒られちゃうかもしれないけど、幸せってね、つまらないんだよ。」

紗栄子「…」

佐和子「つまんない。つまんない人間になっちゃった。」

紗栄子「…」

佐和子「もっと、ドラマみたいにさ、なんか起きればいいのにって。両親が不倫したりさ、なんか事件起きたり。そうしたら私も意味が持てる気がするのにって。」

紗栄子「さわこ、」

佐和子「ずっと、ずっとね。さえちゃんみたいになりたかったんだ。」

紗栄子「私なんて」

佐和子「さえちゃんのしてきた経験を代わろうとは思わないくせに、さえちゃんみたいになりたいだなんて、傲慢だね。」

紗栄子「…幸せがつまんなくても、それが1番いいんだよ。」

佐和子「そうだね。うん。そうだよ。」

紗栄子「なんでも持ってるくせに、何にも持ってない私になんか憧れないでよ。」

佐和子「ないものねだりなんだよ。人間って。」

紗栄子「あんた、変わんないね。」

佐和子「うん。さえちゃんも。」


佐和子「…友達でいて。」

紗栄子「…」

佐和子「私のこと、嫌いなままでいいから。」

紗栄子「…さわ」

佐和子「遠くには、もういかないで。」


佐和子「私が幸せだってこと、忘れないように、近くにいてよ。」

紗栄子「…なによそれ」

佐和子「そのかわり、嫌いでいていいから。」

紗栄子「嫌いだよ。ほんとに。」

佐和子「うん。」

紗栄子「…幸せ、つまんないんでしょ?」

佐和子「うん。」

紗栄子「じゃあずっと幸せなままでいなよ。」

佐和子「…」

紗栄子「ずっとつまんない人間でいなよ。そのかわり近くにいるから。」

佐和子「…うん。」


佐和子「ごめんね。」

紗栄子「私も、ごめん。」

佐和子「幸せって、なんなんだろうね。」

紗栄子「分かんない。」

佐和子「何歳になったら分かるんだろうね。」

紗栄子「一生分かんないかもしれないよ?」

佐和子「そうだね。」

紗栄子「約束、したからね。」

佐和子「なに?」

紗栄子「さわこ、死ぬまで幸せでいて。」

佐和子「…さえちゃんは、死ぬまでには幸せになって。」

紗栄子「嫌味?」

佐和子「さえちゃんだって。」


紗栄子「結婚式。行ってあげるよ。」

佐和子「ありがとう。」

紗栄子「でも、介添えはしない。」

佐和子「…ケチ」

紗栄子「そのかわり、1番に見せて。ドレス姿。」

佐和子「…」

紗栄子「幸せでい続けるってどんな気持ちになるのか聞かせて。」

佐和子「…うん。会いに来て。」

紗栄子「うん。」


佐和子N「カクテルドレスは赤に決めた。」

紗栄子N「次のドリンクはカルーアミルクにしよう。」

佐和子N「私を嫌いな彼女はなんて言うだろう。」

紗栄子N「私の嫌いな彼女はなんて言うだろう。」


紗栄子「ねえ、さわこ」

佐和子「ねえ、さえちゃん」


「窓際の白い花。羨望のあなたへ。」

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