決断
母が死んだあの日から、僕の目の前は真っ暗になった。何を考えても攻めることばかり、攻めたあとは悔やむこと、それの止まらない連鎖が続く。
部屋に閉じこもって三日ほどで、ようやく僕は部屋の外に出ることが出来た。リビアはまだ部屋にいたいと言っていたが、ここ三日食欲もなく何も食べていなかったので、それはまずいとリビアも無理やり部屋から出させた。
部屋から出たあと、村の人達が親切にご飯を用意してくれていた。僕は三日ぶりのご飯に空腹を満たす勢いで、ご飯を飲み込むように食べたが、リビアは全く食欲がなく、パンを一口食べたっきり何も食べようとはしない。
「リビア、何も食べないと元気が出ないぞ。お腹、空いているんだろ」
「リビア、食べない。食べたくない」
「どうしてだ、食べないとだめだぞ」
「いっそ食べない方がいい。そうすれば・・・・・・」
僕はリビアの口に無理やりパンを詰め込んだ。
「食べるんだ。こうやって村の人達が親切に用意してくれたんだ。残さず食べるんだぞ」
リビアはゆっくりだが、パンを食べ始めた。
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「調子、ちょっとはよくなったか」
ご飯を食べたあと、僕は村長の部屋に来ていた。
「はい。だいぶ良くなりました。村の人達からのご飯のおかげで元気が出ました」
「それはよかったわい。・・・・・・お前の母が死んだ時、何もかも責めて、そして悔やんだじゃろ。お前のおやじのコランもそうじゃった」
「おれのお父さんも、僕と同じ境遇だったんですよね。今の父からは考えられない」
「前にも言ったが、コランはその場から逃げることなく、勝ったんじゃ。お前も、この場から次に行くには、勝つ必要がある。過去という悔しく悲しい思いを二度と繰り返さぬよう、未来を明るくするために、戦うんじゃ」
「はい、分かっています。そして母という存在がなくなってから、妹のリビアはひどい精神状態にあります。今ここで俺がこうなっていても、リビアを守るのは俺しかいませんから」
「お前さんは強い。コランもそうじゃが、お前はやっぱりコランの息子だ。そうでなくてはな」
今も母の事で精神的ダメージを受けたあとはあるものの、現状維持をして生きることはできている。ただ、この思いを受け入れ未来へと歩きたずには相当な心が必要だ。強くならないと。
「エリスよ、覚悟はできているか」
「できてます」
「よかろう、お前に剣を教える。と、言いたいところじゃが」
「ん?」
「わしは1年前初めてぎっくり腰を味わってな、あれでわしは初めて歳だなと思ったわい」
「つ、つまり・・・・・・」
「わしからは剣を教えられない」
「え! じゃあどうすればいいんですか」
「・・・・・・独学じゃ」
僕は無理すぎる事だと承知の上、ある覚悟を決めた。それは、父コランを探す旅だ。村長はこんなことを言った。
「ペレグレイン城は完全に落とされ、あるのは死体と倒壊した家のみだ。コランの手がかりを見つけ出すことが旅の目的となる。コランが仮に死んでいたとしても、何らかの痕跡を残すはずじゃ。まずはペレグレインを目指すんじゃ」
コランは魔人ベトムに勝った、もしくはさらわれたと考えられる。どこかに埋められた可能性もあるが、父の行方を探るためには、旅に出るしかない。
「ちょっと待ってください、エリスくん」
村長の部屋に突然現れたのは、父コランと同じ城の兵をしているガルバンという男だ。ガルバンはここ数日姿を表に出していなかった。
「ガルバンさん、今までどこに行っていたんですか」
「フートパスの周辺調査かな。魔王軍の残党がいないかの見張りを兼ねてね」
「ガルバンさんは、知っているんですか。おれのお母さんが死んだこと」
「知っている。エリスくんは分からないと思うが、意外と俺はずっと村にいたんだよ。ただ、お母さんを亡くしてから、一人にしてあげた方がいいと思ったんだ」
「そうなんですか。ところで、ガルバンさんは何をしにここへ?」
「旅に出るんだろ、俺もついて行く。エリスくんは冒険の経験がない。それに、またいつ魔王軍に襲われるか分からない。生身の状態で戦場に飛び出るのはあまりにも危険だろ」
ガルバンは村長の目の前に行くと頭を下げた。
「村の警備を任されていながら勝手な事ですがどうか許してください。エリスくんはコランの息子です。守らねばならないのです」
村長はガルバンの肩に手を置いた。
「わしはこの歳でもまだ戦える。村のことは任せなさい。だからガルバン、お前はコランの息子のエリスを、守り、強くするんじゃ」
「ありがとうございます、村長」
村長の部屋から出たあと、僕はリビアの元へと向かった。
リビアは外にいた。空をボケっと眺めていた。僕はリビアの頭を後ろから撫でた。
「リビア。お母さんは最後に、俺たちに生きてほしいって思いであの世に行ったんだと思う。だから俺らは前を向こう」
「・・・・・・お兄ちゃん、あの世って、あるのかな」
リビアは空を見続けている。
「あの世は、あるよ。でもねリビア、あの世はね、お母さんみたいに、大事なものをものを守って、戦った人じゃないと行けないんだよ」
リビアは地面に顔を向けた。そして僕の顔を見て、
「私は、何を、どうすればいいの?」と言った。
だから僕はリビアの手を握りこう言った。
「リビアはお母さんが残してくれたこの人生を生きるんだ。これから先に待ち受ける壁も、逃げないで、戦って、勝つんだ。俺らは、強くなるんだ」
「どうやって強くなるの」
「お兄ちゃんは旅に出る。ガルバンさんと一緒にね」
「私も行く。強くなる」
「だめだリビア。リビアはまだ幼い。だから村に残るんだ」
「やだよ、強くなりたいもん。それに、お兄ちゃんと離れるの、いや」
「リビアには今しか出来ないことがあるんだ。それは、生きることだ。生きて大きくなった時、その時が強くなる時なんだよ。だから今は生きるんだ、リビア」
「わかった・・・・・・でもお兄ちゃん、絶対戻ってきてね」
「わかった、約束する」
リビアの手を握り、互いの額を合わせた。約束事はいつもこうしている。
「リビア、行ってくるね」
「・・・・・・いってらっしゃい!」
ガルバンさんと僕は馬車に乗り込み、フートパスを後にした。
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