闇催し⑤




手を取りながら二人は逃げていた。 少年はミーシャと違いかなり地理に詳しいらしい。 だがどこを目指しているのかはよく分からず、そもそもどこへ行けば逃げられるのかも分からない。

ただ付いていくばかりで簡単な会話をしていると少年から提案があった。


「あの、折角だから敬語は抜きにしませんか?」

「・・・」


その言葉に躊躇いがあった。


―――私は奴隷の身。

―――そこから助けようとしてくれている相手に、そんな口を利いてもいいのかな・・・?


疑問を持っていると少年は事情を汲み取ってくれた。


「僕は貴女の主人でも何でもありません。 だから気を遣う必要はないですよ」 


これ以上断ると逆に失礼な気がした。


「・・・分かった」

「ありがとう。 君の名前は何て言うの?」


番号を言おうと思ったが、彼は奴隷としての主人ではないため普通に答えることにした。


「・・・ミーシャって言うの」

「ミーシャ? それは本当の名前?」

「うん」


頷くと少年は嬉しそうに笑った。


「そっか! 君に似合っているいい名前だね」

「そうかな・・・」

「それにさっき出会った時よりも美しい」

「ッ・・・」


それは着飾ったからであろうがその言葉にはドキリとした。


「僕の名前は・・・。 あー、フェレ! フェレって呼んで」

「フェレ・・・」


何故か少しぎこちなかったことに本名でないのかもしれないと思ってしまった。

だがそれを指摘したところで意味はないし、ミーシャにとって彼が本名を名乗るのか名乗らないのかはあまり気にするところではなかった。

 

「もしかして、その衣装やメイクとかってあの海賊が全てお金を出してやってくれたの?」

「・・・うん」


そう言うと驚いた顔をされた。


「へぇ。 そこまでする理由が僕には分からないや。 お嫁さんにするつもりなのかな? だったら酷い目には逢わなかったのかもしれないね」


もちろんミーシャはバーズの目的を知っていて何をやらされそうになっていたかが分かっている。 それを正直に話す気はないが、確かに分からないこともあった。


―――姫様を殺すためだけにこんなに着飾るなんて・・・。


バーズが何故姫を殺させようとしていたのかミーシャは知らない。 しかし、それを言うならフェレが自分を熱心に逃がそうとしてくれている理由も分からない。

奴隷オークションの会場にいたことはやはり気になっていた。 そんな時、歩いているとミーシャのお腹が鳴った。


「あ・・・」

「はは。 お腹空いた?」

「少し・・・」

「折角だし屋台で何か買ってこようか」

「でも私、お金を持っていなくて」

「大丈夫だよ。 そのくらいは僕が払う。 僕もお腹が空いたから何かを頼もうかな」


ミーシャは日常生活ではあまり人と交流することがなかったが、実家近くの教会で読み書きや簡単な知識は学んでいる。 お金のことも分かっているし、物の売買をした経験もあった。


「私、人目のつくところに出て大丈夫かな・・・?」


大通りに出れば高価な服のこともあり、嫌でも人目を惹くだろう。 フェレはジッとミーシャの姿を見て言った。


「んー、そうだね。 できればミーシャにはフードを被ったままでいてもらいたいかな」

「・・・やっぱり?」


今はまだ逃亡劇の最中で、バーズに気付かれていないということだけが救いだ。 追っ手を向けられている様子もなく、なるべくこっそりと距離を取る必要があった。

そんな状況に少しばかり悲壮感を感じていると、フェレはフードを被る理由を別だと説明した。


「今日は日差しが強いからね。 焼けてしまったら白い肌が勿体ない」

「・・・え?」


―――そんな理由?


「僕が全て奢るよ。 何が食べたい?」


紳士のように全てをエスコートしてくれた。 奴隷のように命令されたりもない。


―――・・・何だろう。

―――この不思議な感覚。


それがとても温かく感じられた。


「奴隷として売られて怖かったでしょ?」

「え?」

「辛かったよね。 今までよく頑張ってきたね」

「ッ・・・」


時には同情し寄り添ってくれた。 それらの言葉も初めてで泣く程嬉しかった。


「え!? 泣いちゃってどうしたの?」

「ううん・・・。 嬉しくて・・・」

「・・・そっか。 泣く程辛かったんだね」


優しく背中をさすってくれる。


―――この人なら大丈夫。


ミーシャは屋台で買ってもらった食べ物を食べながら、完全にフェレを信頼し切っていた。 それも今まで食べたことのない程に美味しかった。

薄く焼かれた生地の中に新鮮な野菜と割いた鶏肉が入っていて、一口かじる度に豊かな人生を感じられるのだ。



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