闇催し④




ミーシャ視点 



一人取り残されたミーシャは誰の家とも知れぬ壁に背中を預けた。


『お前にはこれから、この国の姫を殺してもらう』


バーズの言葉が頭を過る度小さく溜め息をついてしまう。


―――まさか姫様を殺せだなんて言われるとは、思ってもみなかった・・・。

―――奴隷として売られた日にどんな仕打ちを受けることも覚悟していたけど・・・。

―――まさか人を殺すことになるなんて。


「あのー」


―――しかも相手は会ったこともないお姫様・・・。

―――人どころか、動物ですら殺したりしたことのない私にできるのかな・・・?


「あのー、すみません」

「?」


考え事をしていて話しかけられていることに全く気付いていなかった。 連れてこられたのが人通りが全くなく、人目にすら付きにくい場所だったため誰か来るとは思わなかったのだ。

声の方を見るとオークションの時に出会った少年がいた。


「さっきから呼んでいたんですが、気付きませんでしたか?」

「あ、ごめんなさい! 少し考え事をしていて・・・」

「こちらこそ急に声をかけてごめんなさい」


申し訳なさそうに謝る彼はバーズとは違い最初の印象がとてもよかった。 いや、バーズの印象も途中よくはなっていたが、人殺しを命令されたことで落ちてしまったというべきだろう。 


「僕のこと憶えていますか?」

「さっきステージの裏で札を配っていた・・・」 


そう言うと少年はパッと表情を明るくした。


「そう! 憶えてくれていたんですね! 嬉しいです」


すると突然距離を詰めてきて小声で囁いてきた。 それに少し驚いてしまうが、内容にはもっと驚くこととなった。


「いきなりでごめんなさい。 僕と一緒に逃げませんか?」

「・・・え? 逃げる?」


突然過ぎて理解ができなかった。 何の冗談かと思ったが少年の表情は真剣そのものだ。


―――こんな奴隷の私を連れて一体どこへ逃げようと言うんだろう?

―――もし逃げられたとしても、こんな知らない異国の地でどうしろと・・・。


そんな考えもあれば、ミーシャ自身大金で買われたということもよく分かっている。 勝手な行動は許されないし、今逃げる必要が本当にあるのかどうかも分からなかった。


―――逃げれば姫様を暗殺したりしなくていいということ?


ミーシャ自身人殺しなんてしたくない。 しかし、現状切羽詰まっていて贅沢言うことができないのも事実だ。 バーズの命令を聞いてお姫様を暗殺したらもしかしたら自分は助かるのかもしれない。

そのような考えも浮かんでしまう。 人は代償に対して大きな見返りを求めてしまうもの。 ミーシャ自身王族である姫の命の価値を考えれば、一億でも安過ぎることは分かっている。


「・・・ごめんなさい。 それは無理です」

「あの男性に買われたからですか?」


その言葉に頷いた。 オークションの裏で働いていたこともあり事情は理解しているようだ。


「確かに貴女は買われたからあの男性のものです。 ですが、あの男性は危険なんです」

「危険・・・?」

「はい」


闇オークションで人を買う人間がただの善人だとは最初から思っていない。 だが彼の言う“危険”は意味あり気な感じがしたため尋ねてみることにした。


「危険、って・・・?」

「あの男は海賊で有名な悪人なんですよ」

「ッ・・・!」

「だからオークションの時に仮面をして素顔を隠していた。 これで納得でしょう?」


―――確かに・・・。


そう言われると割と納得できてしまう。 それに自分を買った目的が実際に危険なことだったということもある。

 

「きっと貴女を買った理由も酷いものなのでしょう。 何か危険なことをやれとか言われたりしませんでしたか?」


心配そうな目で見つめられた。 姫の暗殺を命じられたのだから、まさに少年の言う通りだった。


「・・・言われました・・・」 


素直にそう言うと溜め息をつかれる。


「やっぱり・・・。 だから僕は貴女を助けに来たんです」

「助けに、ですか?」

「はい。 僕は貴女の味方です」

「でも、そうは言っても・・・」


ミーシャの今の主人はあの男、いかにヤバい相手だとしても買われた以上それは絶対だった。 それにそんな危険人物が、素直に逃がしてくれるとはとても思えないのだ。

迷っていると少年はミーシャの手を握った。 忘れていた人の温かみを感じることができた。


「貴女は責任感が強いお方なのですね」


少年は真剣な表情で僅かたりとも目をそらすことはなかった。


「でも命を買われたとしても、貴女の心は貴女のものなんです。 生きている以上、自分の人生を犠牲にしてはいけません」

「ッ・・・」

「さぁ、僕と一緒に逃げましょう」


そう言って手を引かれた。 まだ出会ったばかりでしかも異国の地、こんなに親切にされるとは思わなかった。 もっとも生まれ育った家は貧乏農家で他人と交流すること自体がほとんどなかった。

人生で人と関わること自体が少なかったのだ。 


―――この人は信用できるのかな・・・?


親切にされたことが嬉しくていつの間にかミーシャは歩き始めていた。 少年はそれを見て握っていた手を少し強めた。


―――本当に逃げることができるのかもしれない・・・。


「受け入れてくれてありがとうございます。 さぁ、行きましょう」


二人はこの場から逃げ出した。


―――・・・勝手に逃げ出してごめんなさい。 


やはり頭に思い浮かぶのは自分を大金で買ってくれたバーズのことだ。 高い値が付けられたことは素直に嬉しかったし、名前を褒めてくれたことも嬉しかった。

高価な洋服や化粧を用意してくれたことも人生初めてで心が湧き立った。 お姫様を暗殺すれば一体どうなるんだろう、という好奇心も少しだけあった。 ただやはりそれ以上に恐怖も感じていたのだ。



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