第11話 事件後のお姉様会談……②

「……それにしても一週間で三件ですか」


 連続して起こる事件に関する情報共有に一区切りがついて、小休憩を挟む事にしたセフィリア先生がお茶のセットを用意しながら呟いた。


「それぞれ別の組織が同時期に行動を起こした結果です。我々はその全てに置いて後手に回ってしまいました。これは楽観視することの出来ない由々しき事態です。特に先週末の置き去り事件と学園教師による強行は、明確にエステルの命を狙って来ております。エルドリアの工作員、または連合内の裏切者。そして仲間内で探り合いをしている者達に、エステルの存在が認知されてしまった事を視野に入れる必要が出て来たのではないかと」


 来客用のソファーに上品に腰掛けるニコルさんが発現を続ける中、セフィリア先生は短い杖を取り出してポットの蓋を開けた。

 素肌が見える手の甲に青い聖痕を光らせて、飲水を出す魔法:クリアウォーターを少量。その後直ぐに聖痕の光を朱色に変えてポットの淵をコツンと叩くと、ポットの中の水が瞬く間に音を上げて蒸気に変わり、モクモクと立ち上る。

 そこへ再びクリアウォーター。それなりの量を注ぎ込み、同じ動作でサッと沸騰させる。すると今度はポットの中のお湯を宙に持ち上げた。その状態でポットの中に茶葉を淹れ、宙に浮かせたお湯をそっと注ぎ込む。最後に蓋をして、朱色の聖痕を光らせながら杖の先で茶器をなぞって一連の調理が完了した。

 此処まで行うのに三分と掛かっていない。

 クラウスやユーティスが扱う魔法にも驚いたが、目の前に居るセフィリア先生が扱う魔法は別格だった。魔法文化の外からこの世界にやって来た俺の目から見ても違いが分かってしまう。そのくらい魔法を扱う動作が自然体で、彼等とは全く別の生き物を見ているかのような錯覚を起こしてしまう程のものだった。

 セフィリア先生の魔法技術はそのレベルで卓越していた。


「となれば、学園を離れている他の監視保護対象の子供達の安否も心配です。彼等には護衛として我々の手の掛かった大人が同行しているとはいえ、今回の様に来る時は来てしまいますから」


「そちらは何もないことを信じましょう。我々が慌てて動いた結果、彼らの存在が明るみとなるようではこれまで隠して来た意味がありません」


「そうですね。便りの無いのは良い便りとも言いますし、エステルが彼らの隠れ蓑となっていることを信じましょう」


 にも拘らず、ニコルさんもセフィリア先生はさも当然のように話を続けている。

 何だか凄い世界だ。

 そしてこの二人に溺愛されているエステルは一体何者なのだろう。

 その様な事を考えている間にも二分~三分が経過して、茶器にお茶が注がれた。


「お待たせしました。付け合わせのお菓子はいりますか?」


「いいえ。お菓子はエステルに取っておいてあげてください。私は立場上、あの子にそういう物を与えて上げられません」


「買ってあげてもいいんじゃない。余裕あるんでしょう?それに、あの子の食べてる姿は凄く可愛いわよ」


「可愛くて当然です。エステルは全ての仕草が愛らしい子なのですから。しかし一般論として、町の教会を管理している修道者は来訪客のお布施や町人達の寄付と聖教からの援助金、そして内職の売り上げによって生活をしております。当然小さな町では贅沢の出来る経済力などありません。それに贅沢をしている教会があったらどう思いますか?」


「シスターの一人や二人だったら水商売を疑うわね。その教会全体がそうなら権力者や危ない団体との変な繋がりがあるんじゃないかと疑うわ」


「そういう事です。目立たず生きるためには慎ましやかに生きなければなりません」


「今の生活に苦労していなければ、それで良いわ」


 他愛のない会話をしつつ最後の一口を飲み終えると、セフィリア先生の表情が再び引き締まった。


「これでお話は終わりです。と、言いたいところですが、最後に私の方から貴方にお聞きしたいことがあります」


「そこに置かれている、エステルが拾ってきた盾の事ですね」


 突然話しの話題が俺になってドキリとした。

 予感はあった。だけど全然話が回ってこないから、このままスルーされるのかもと何処かで思っていたのだ。

 その隙を突かれ、注目の的となった今、嫌な汗が流れ出る様な不快感に苛まれる。


「話が早くて助かります。単刀直入に訊きましょう。あれは神器と呼ばれる物ではありませんか?」


「そうとも言えますし、そうではないとも言えます。セフィリア先生、もう十年以上も前のお話となりますが、神器を定義する三つの条件を覚えておられますか?」


「ええ、覚えています。一つ、その物体を使用していた、または創り出した神々の気が宿っていること。二つ、奇跡の魔法の源である神秘と呼ばれる力を内包していること。三つ、未知の物質で構成されていること。ただし三つ目の定義には一部例外が存在し、超希少鉱石の一つであるオリハルコンが使用された物体が数点ほど神器に認定されている。ただしその製法は不明で現代技術では不可能とされている」


「流石ですね。その定義に倣って話をしますと、まずこの物体からは神々の気を殆ど感じ取る事が出来ません。直接触れて、意識を集中する事で辛うじて感じ取れる程度なのです。おそらくローレンも気付いていない、もしくは神気に気が付く前の私の様に、何かが変だと、引っ掛かりを感じる程度だったのではないかと思われます。先生も、そうなのではありませんか?」


「そうね。私の場合は神気の有無に対する引っ掛かりではなく、これは本当に盾なのかしらと言う見た目による疑念だったのですが、そのくらいの認識しかしていなかったのは事実です。……しかし、それほどまでに薄い気を良く見つけましたね」


「神々の気と呼ばれる物は、言い換えれば残り香の様なものです。古着の様に何度洗っても落ちなくなってしまった臭い。自らを愛玩動物のように例えるのは余り良い物ではありませんが、敬愛する主の残り香が僅かにでも残されているのであれば私は気付く事が出来ます」


「つまり、この盾?置物?……分からないから今は物体で良いわね?」


「はい」


「この物体の創造にヴィネストリア様が関わっているのね」


「そうなります。ただ、この物体からは他にもユグルス神とノーデ神と思われ気を感じました。寧ろ御二方の方がヴィネストリア様よりも大きく感じるので、ヴィネストリア様は後になってこの物体に関わったのではないかと」


「ちょっと待ちなさい。世界を創造した三神がこれに関わっていると言うのですか?」


「眷属を一切交えず、最上位の神々だけで創造なされた合作ではないかと、現時点では考えております」


 ショックの余りに言葉が出ない。

 今のセフィリア先生を表現するのにこれ程適した言葉はない。


「………眩暈して来た」


 身を乗り出していたセフィリア先生は力なくソファーに背中を預けた後、額に手を当てながら天井を仰いだ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫ではないわ。これが三神による合作という事は、世界の始まりが記された創世の碑石に刻まれている、初めて地上に降り立った三体の天使。通称:神々の子供達と呼ばれている私達の始祖に当たるモノが地上に残した三柱の神器と同等格の物体という事になるのですよ。そんな物がエステルの前に現れしまった。これは偶然などと言う言葉で片付けられることではないわ。救世の聖女の役目を与えられて、あの危険な旅に身を投じなければならなかった貴方がどうしてそんなに落ち着いているのですか?」


「戸惑いや焦り以上に困惑が勝っているからなのだと思います。驚かれるお気持ちはお察し致しますが、初めにお話をした通り、この物体を神器と呼ぶには余りにも大きな問題があるのです」


「そう言えばそんな事を言っていましたね。それで、今度は何があると言うのですか?」


「……この物体、神秘の力を感じないのです」


「…………は?」


「神器と定義するために最も重要とされる神秘の力の有無とその力量。本来あるべきはずの力がこの物体から感じ取る事が出来ません。これまでも何度か試しているのですが結果は全て同じです。私の認識力を阻止する何かを持っているのか、私が認識できない程に力が弱いのか、それとも本当に力を持っていないのか。現状確認をする術が我々にはありません。しかし幸いな事に、これはどうやら魔力を通さない材質で出来ているようです。我々が危惧していたような状態になることは限りなく低いのではないかと」


「……魔力探知に引っ掛からないから、神秘の力を感じないという事ではないのよね?」


「可能性としては十分にあり得る範囲だと思われるので明確に否定する事は出来ませんが、現状その程度で認知出来ないなどと言うことは無いと考えております」


「そうよね。私達で例えるなら、神々の気は染み付いた臭いで神秘(神々のエネルギー)は魔力(生命のエネルギー)。何方かが発見されているのならもう片一方もあって然るべき」


「現状この物体について判明していることは、三神の気が感じ取れること。神秘の力を感じないこと。魔力を通さないこと。分厚く頑丈であること。上質な木製品のように滑らかな手触りであると言うことです。そして次にまだ確定できない憶測部分ですが、見た目と重さが比例していないこと。意思を宿しているかもしれないこと。自己修復をしていると思われること。エステルの力を抑えていること」


「軽いのですか?」


「重たいです。魔力で身体を補強しなければ私では転がす事すら出来ませんでした。ただエステルは驚くほど軽々しく持ち上げるんです。あのローレンですら、あれほど簡単に持ち運ぶ事は出来ません。両手持ち用のタワーシールドと比べてもかなりの重量があるそうですが、それでも見た目ほど重たくはないそうです。ただ、意思を宿した神器には、自らの使い手に合わせて形や質量を変えたという事例が既にあります。神秘の力が確認出来ていないケースは初めてですが、現段階では寛容に受け入れるしかないと判断しております」


「意思と言うのは、あの子が口にしていたと言う神様の声のことですね」


「声を聞いたとエステルが言ったのは今回が初めてではありません。この物体を拾ってきた翌日の晩、少し心配になって話をした時にも同じことを言っていました。当時の事を余り覚えていないと言っていましたが、自分を呼ぶ声が聞えた。生きろと言われた気がしたのだと。それで声の元に走って行ったらこれを見つけたそうです」


「意思を宿した無機物は神器に限らず魔法の分野にも多く存在しておりますし、余り驚く事ではありません。自己修復に関してもそうです。我々が認識出来ていないだけで、物体が力を持っている可能性を捨てきれない以上はあり得るとしか。ただ、最後のはどういう?」


「今回の騒動、暴れていると聞いていた割には被害が少ないと思いませんか?一週間前、東の草原でエステルは力を使いました。その時あの子の身に何があったのか、何をされたのか、あの子自身が覚えていないので詳しくは分かりません。ただ一つ分かっている事は、私があの子に施していた封印に亀裂が生じる程のことが起きていたと言うことです。その結果、あの子は暴力に飲み込まれてゴブリンの群れを蹂躙しました。襲撃地点と思われる場所で発見された数多くのゴブリンの死体は、その多くに部位の欠損が確認され、巨大な猛獣が暴れ散らして行ったかのような酷い有様だったそうです。しかし今回は如何でしょう。確かにエステルの命を狙った女教師は生死の境を彷徨っておりますが、身体に欠損部位はなく、辛うじてではありますが生きております。あの子と喧嘩をしてしまった同じクラスの学生も、止めに入って下さった男性指導員の方も、皆無事です」


「……言われてみればそうですね」


「それと今回、あの子に施されている封印に異常は見られませんでした」


「どう言うこと?ローレンやダイアンさんのお話しを聞く限り、あの子はあの力を使っているはずよ」


「力を使っていた事は間違いないはずです。直接エステルと対峙したローレンも力の波動を感じたと言っていました。ですが、眠っているあの子の身体をどれだけ念入りに調べてみても封印に綻びが見られないのです。それはパトリシアも確認しております。此処からは私の憶測となりますが、今回エステルは、封印から漏れ出た分の力だけを扱ったのではないでしょうか?」


「荒唐無稽な話だわ」


「私もそう思います。しかし我々の常識から外れた事象を引き起こすのが神器の特徴でもあります。今回エステルが止まった時のお話を聞いても、やはり無関係とは思えないのです」


 ――コンコン。


 話し合いの最中、横槍を入れるかの様にノックの音が室内に響く渡った。

 二人は厳しい視線を扉の方へと向ける。


「お話をされているところ失礼致します。パトリシアです。エステルが目を覚ましました。それでその」


「ローレンだ。話しの邪魔をして申し訳ない。絶対安静だと言っているのだが、エステルが言う事を聞かないのだ。絶対に大人しくすると言うから連れて来てしまった」


 扉越しに聞こえて来るのはパトリシアとローレンの困り果てた声と、今まさに抵抗しているであろうエステルの呻き声。その名と声が室内の二人に届いた途端、室内を支配していた緊迫した空気は一瞬にして死に絶えた。彼女達は視線どころか言葉すら交わさぬまま、示し合わせたかのように素早く立ち上がり、足早に扉の方へと向かって行く。

 そしてそのまま突然の訪問者を受け入るべく扉を開けた。


「エステル、意識が戻らないと聞いて心配していましたよ」


「お怪我の具合は如何ですか?気分は?まだ痛むところは?」


 そして我先にと扉の目に居るエステルを構い出す。

 お姉様達の余りの変わり身の早さに唖然としつつ見守っていると、二人に道を遮られてもみくしゃにされているエステルにシスター・パトリシアが救いの手を差し伸べていた。


「お二方とも落ち着いて下さい。少なくともローレン先生を困らせられる程度には回復しておりますので」


「ローレンが唸っているのは何時もの事じゃない」


「ローレンはエステルにとても甘いのです。嫌と言われるだけでも十分な抵抗になるのはご存じのはずですよ」


「え?えー……」


「パトリシア、言いたい事は分かるが今は何も言わない方が良い。俺はこういう扱いに慣れている」


「……ローレン先生、本当にご苦労様でございます」


 哀愁漂うローレン先生にシスター・パトリシアは同情的だ。

 そんな中、一時的にでも大人達の注意から外れたエステルが二人の隙間を抜けて、ふらついた足取りで俺の元へと駆け寄って来る。

 頭から足までガーゼや包帯に包まれて痛々しい姿ではあるものの、思いの外元気そうで安心した。


「…………ん」


 その後エステルは俺の姿を見ると満足気に喉を鳴らし、棺を横に倒して覆い被さる様に身体を預けて来た。


「神様、エステルをどうかお導き下さい」


 小さく掠れた声で呟いてエステルは瞳を閉ざた。

 そのまま眠り始めてしまったのか、彼女は棺に凭れ掛かったまま動かない。

 その様子を見ていた大人達は視線で合図を送りながら小声で話を始めていた。


「話し合いはどうなった?結局のところあれは何だ?」


「分からないわ。それっぽい物としか。でも、あれでは取り上げるのは無理ね。様子を見るしかないわ」


「あれが本当に偶然でなくエステルの前に現れているのだとしたら、引き剥がしたところで戻ってきてしまう恐れがあります。それならまだ目の届くところにあった方が対応出来るだけ安全なのではないかと言う結論に至りました。皆様にはご苦労をおかけしますが、より一層の注意を払って下さい」


 こうしてお姉様達による長い話し合いは終了した。


------------------------------------------------------------------------------------------------

 おまけ○○紹介


 ・神器 

 遥か古の時代。神々による争いが地上で行われた時に持ち寄られた聖遺物。奇跡の魔法の源:神秘を宿し、理を捻じ曲げる程の現象を引き起こす。またその力が強過ぎるが故に、地上の人々が扱うには荷が重たく、精神が汚染されて壊れてしまう。


 ・三柱の神器

 世界の創世期、最初に地上に降り立った三体の天使。通称:神々の子供達が手にしていたとされる特別な三つの神器。それは今も世界の循環法則を担っている。


 ・聖女(聖人)

 三神の神託を授かる器として選ばれた高い魔力を内包している聖職者。各国に三人ずついるとされている。


 ・救世の聖女

 世界中でただ一人、神々から役目を与えられた聖人の呼び名。

 彼または彼女達は神々の託宣と三柱の神器の導きにより、世界再生の旅に出る試練を課される。今の時代から約十三年前、聖女ニコル=ヴィクトリアはその旅の果てに魔物から人間の世界を取り戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る