第10話 友達で神様な俺

 一連の騒ぎの首謀者であるクラウス=グレイスは、応急処置を受けた後休む間もなく学園長室へと向かい、騒動を引き起こしてしまった事を深々と頭を下げて謝罪した。

 医師にも学園長にも無理をするなと叱られて、私怨に駆られたユーティス教職員が君を利用したのだと伝えても、彼は己が提案した事だと言って納得はしなかった。

 一貴族の端くれとして、この事態を早く収集する事が一つのケジメであり、そのためならどのような罰も甘んじると彼は言う。

 余りにも潔過ぎて嫌味の一つも言う気にもならない。

 本当に何処までも格好の良いムカつく男である。

 ただ、謝罪の後軽い事情聴取を終えた彼は一度今暮らしている別邸に帰る事となった。治癒の魔法で傷を癒したとはいえ、蓄積したダメージと疲労が回復するわけではない。そう言った理由から、今の彼を一人で帰させる事を心配した学園側が馬車の手配をして家まで同行し、数日程療養させる事が決まった。

 またユーティスだが、治安維持隊に引き渡される時点でかなり危険な状態だったらしく、しばらくの間は治安維持隊管轄の病院に入院し、容態が安定してきたら事情聴取を行う流れとなるらしい。

 何故俺がそれらの事を知っているかというと、今俺が置かれている場所が学園長室だからである。教師が生徒を使って生徒を殺めようとした事件であるため、情報が全て最高責任者の元に場所に集まって来るのだ。

 おかげでこの事件がどのように収束するのかを知る事が出来た。


――そして、話し合いが終わった今……。


 夕日が差し込む学園長室に一人の来客者が訪れていた。

 エステルの保護者であるニコルだ。

 その彼女の到着により、学園長室内は昼間の戦闘が生易しいほどにピリピリとした空気に包まれている。


「セフィリア。先日に続いて何故このような事が起こるのでしょうか?」


「誠に申し訳ございません。現在、多方面に手を回して裏で手を引いている者がいないか調査を進めております。また、ユーティスを含め、エドルフの血族に嫌悪感を表している者は少なくありません。裏の手引きではなくとも、早計な思い付きで引き起こされた可能性も捨てきれないでしょう。それでも彼女の様な方を学園に招いてしまったのは我々の不手際と言わざるをえませんが……」


 静かな怒気を放つニコルを前に学園長のセフィリアは深々と腰を折って謝罪を口にした。保護者と教師の立場である以上、学園側の関係者が謝罪を口にするのは当然ではあるのだが、二人の間にはそれ以上の明確な線が入っているように見える。

 しばらくの間、沈黙が室内を支配した。

 どれだけの時間を待ったであろう。

 ニコルが「ふぅ」とため息の様にも聞こえる吐息を漏らす。


「セフィリア、ごめんなさい。貴方に八つ当たりのような真似をして」


「いえ、これも学園の長としての責務ですから当然です。それに立場が逆であれば私も同じ事をしていたはずです」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


何だかよく分からないが二人の間でだけ話が通じている様だ。

二人は久しぶりに顔を合わせた姉妹の様に微笑みあい、和やかな空気の中で新たな話を始める。


「先ほどローレンからお話を伺いました。王都に出向くのですね?」


「はい。連合国の最前線で戦う黒騎士達の身に一大事が起きていると言う嫌な噂を耳にしました。その真相を確かめなければなりません」


「学園はどうなさるおつもりですか?」


「学園は事件の調査と瓦礫の撤去と言う名目で数日程閉鎖とした後、その後しばらくは本校舎のみを利用して、外の活動を行う学生達のサポートや、一部の生徒達の為の補習授業を行う予定でおります。この学園と言う窓口がなくては生活に困ってしまう学生も居りますので。私のいない期間は教頭とローレンにお任せしてあります」


「そう言う事でしたら、貴方が席を外している期間だけわたくしの名をお貸ししましょう。これで教頭先生とローレンが貴方の代理として立ち回る事が可能となります。それでも手伝いが必要であればこちらへ回すようにお二人にはお伝えください。それと、支援金の一部を後日此方から手配します」


「感謝いたします。……ところで、エステルの容体はどうでしたか?見に行こうと思っていたのですが、中々時間が取れなくて」


「少し前に見に行った時は眠っておりました。傍で見守って下さるローレンによれば、一度だけ目を覚まして身体が痛いと言っていたそうです。力の暴走と急激な身体向上レベルアップの反動が今にしてきているのでしょう。学園が休校でなくともしばらくは休ませるつもりでおります」


「そうですね。私もそれが宜しいかと思います。……後一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「神様の声とは何でしょうか?今回の事件を調べている内に、目撃者の多くがその言葉を聞いております。今回の暴走がそれにより引き起こされているとしたら、彼女に対する外部干渉を視野に入れて捜索隊を編成しなくてはなりません」


 ゆったりとした衣服を押し出す双丘を腕で支えながらニコルは沈黙する。


「……外部干渉ではありません。エステルに施した封印が破られた痕跡はありませんでした。私の術が生きている以上、第三者があの子の精神に干渉する事は出来ません。もしエステルが聞いたというのが信託であれば、この地に留まる私が主の加護を経由して神々の気配に気付きます。それでもただ一つあり得るとしたら……あの子が神様から貰ったと言う、この神器でしょうか」


「神器ですって?それが?」


「間違えるはずがありません。この物体からは僅かではありますが神気を感じるのです」


 細く綺麗な指先が棺の十字架をそっと撫でる。


「あの子が神器の強過ぎる力で精神を蝕ま和れる前に、今すぐにでも封印を施した方が」


「……でも、これの力はとても弱い。此処まで運ぶのに長時間触れていたローレンが神器だと気付かなかったほど」


「ですが、それが再び暴走の引き金になって取り返しのつかない事態を起こせば、エドルフへの負の感情が更に高まります」


「……それでも、今回の暴走による被害は少なかった。何時ものあの子であれば二人を手に掛けていてもおかしくはありません。それに、私はきっと信じてみたいのです。あの子に差し出された神々の救いの手と言うのを」


 その言葉にセフィリアは肩を竦めて嘆息した。


「そのお言葉は、聖女である貴方様が口にしてはいけないのではありませんか?」


「聖女などと呼ばれておりますが、私は多少目を掛けて頂いているだけの小さき民の一人ですよ。しばらくは様子を見ましょう。これを取り上げる事が、あの子にとって良い事とは限らないのですから」


 二人の会話は色々と驚く事があり過ぎて俺は呆けながら訊いていた。

 それでも、ニコルが俺から爺さんの力を感じていていると言う情報は間違いなく大きな進歩と言えるだろう。彼女が今後も俺を調べ続けてくれれば、何れ解放して貰える日が来るかもしれない。

 その可能性が目の前にあると言う事実だけで今は満足する事が出来た。


◇◇◇


 夜、俺はまたエステルの世界にいた。

 どうやら俺の傍で彼女が深く眠っている時のみ、こちらの側の世界に引き摺り込まれてしまう様になったらしい。

 本来であれば人の心を覗く行為に当たるこれはやめるべきなのだが、半強制的に此処に連れて来られてしまう以上、抵抗のしようがないとも言えるだろう。

 ただ一つ懸念があるとすれば、俺がエステルに与えてしまう影響だ。人と話す事の出来る機会を喜ぶ一方で、俺と接触する事により暴走と呼ばれるような状態になって貰っても困る。

 それでも声を掛けられれば無視は出来ない。

 俺は彼女と友達になったのだから。


「どうしましたか?」


 目の前にいるエステルは昼に見た時よりも大きくなっていた。

 言葉遣いも少し大人びて、ぷにぷにの幼女からスラリとしたロリッ娘に進化している。それを表す様に手にしていたクレヨンが白墨チョークに変わっていた。

 こんな子が一人で外を歩いていたら変態の多い地球でなくても直ぐに誘拐されてしまうだろう。相変わらず表情筋が生きていないが、そう思えるだけの素質を持った少女である。

 

「いや、こうやって誰かと話すのは久しぶりだなって思ってさ」


 俺達はまた二人で絵を描いていた。

 俺は犬(化け物)を描き、エステルは犬なのか猫なのか魚なのか分からない謎の創作動物を描いている。名前を聞いたところ、エヌニアヌンシス。だそうで、二度聞き直したが覚えきれなかったので流す事にした。

 下に映り込む思い出の色も相まって、本当に良く分からない生き物が俺達の手で作られていた。


「……神様も、独りぼっちなのですか?」


 その言葉には引っ掛かりを覚えた。

 どうやら彼女の中では、ニコルやセフィリア、担任の教官ことローレンとは線が引かれていて、何処か溝のような物があるのだ。


「……いや、一人じゃないぞ。今はエステルって友達がいるからな」


 表情は変わっていないが、俺の言葉で彼女が少しだけ明るくなったのが分かった。

 俺とあの人達で何が違うのだろう。

 それも気になる事ではあるが、それ以上に気になる事がある。


「ところで、何で神様?」


「神様は神様ですから、神様なのです」


 理由に成っていない理由に俺の頭が回らなくなる。


「試しにさ、俺のことお兄ちゃんとか呼んでみない?」


 何故か虚無の視線が向けられた。

 この子の視線は中々に突き刺さってくる。

 変態紳士の業界ではご褒美ではあるはずなのだが俺には荷が重いようだ。


「……神様は神様ですので」


 下を向いてしまった。

 良く分からないがどうしても譲れないものがあるらしい。

 子供ならではの考えなのか、エステルならではの考えなのか、話し始めたばかりの俺では判断が出来ない。

 一つ分かる事があるとすれば、この子は表情筋が死んでいるが目は感情豊かである事だ。その事に少しだけ安心する事が出来る。


「ふっ」


 恰好を付けて笑った俺を見上げていたエステルは、何かを触発されて一心不乱に描き始めていた。気になって見下ろしてみると、何故か彼女は凄い速さで小さな俺を描き続けている。


「ちょっ、ま、おま、俺を量産するな。場の雰囲気が悪くなるだろう。てか、描くの早いなおい。どれだけ絵を描くのが上手いんだお前は!」


 白墨を突き立てるように持っているとは思えない程の速度と勢いで棺に手足を付けた化け物が量産されていく。その多くが前回描いた四つん這いの俺の姿で、その姿は人の手足を持ったテカテカと黒光するようでもあった。


「神様が沢山、これで神様も寂しくない」


頭を上げたエステルの後ろに、地面に書いた絵が起き上がって動き出す。


「いや怖えよ!てか、きめぇよ!今にも何か出て来そうな奴がうじゃうじゃいるじゃねぇか!こんなものはこうだ。ゆるキャラ的なオリジナルは一人で十分なのだ」


 表情筋が動いていないドヤ顔を見せるエステルには悪いが、縁起が悪く気持ち悪い事この上ない。俺は心を鬼にしながら逃げる絵を捕まえて、黒い部分を塗り消して己の分身を消していく。


「なら、もっと作る」


 その行為が彼女に火を付けてしまったようだ。

 黒い空間の方へ横滑りしながら高速で手を動かして次々と量産を始めた。


「へぁ⁉何だその動きは!……止めてぇ!俺の居場所が盗られちゃう!アイデンティティーがなくなっちゃう!と言うよりこいつらの動きも早くなってる!怖いからやめてぇ!」


 なぜか今の彼女に生き返らせて欲しいと告げるのは気が引けて、俺は当初の目的を口にする事が出来なかった。

 もうしばらく、この生活が続きそうだ。 



*** 第一章 異世界の少女 完 ***


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おまけ○○紹介


・聖女(聖人)

 三輪の神の神託を授かる器として選ばれた高魔力保持者の聖職者。各国に三人ずついる。


・エヌニアヌンシス

 通称:エヌニアン。犬の頭を持ち、猫の手足を持ち、蛇の舌と、魚の尾びれを持つ、エステルの創作モンスター。生き物の形を忘れた彼女が、覚えている物で補強し、誤魔化した事でこのような姿になった。雑食性で火を吐くらしい。

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