第8話 孤独を抱える少女

 気が付けば俺は子供の遊び部屋の様な場所に立っていた。

 青空と雲が描かれた天井。

 雪化粧した山々が描かれた壁。

 色とりどりの草花が絨毯の様に敷かれている床。

 しかしそれは俺が見ている正面だけの光景で、俺の周りは……いや、室内の半分以上が、黒いクレヨンの様な何かで雑に塗り潰されていた。その黒色を眺めていると、ふとした瞬間にエステルによく似た幼い女の子の事を思い出した。あの日もこんな風に見ている世界が急に真っ暗になったんだ。それで気が付いた時にはスポットライトの下に小さな女の子がいて、俺が声を掛けたら振り返ったんだ。そう、丁度これくらいの白くて小さな女の子が…………。


「居るぅっ⁉」


 何か居た!近くに居た‼

 目と鼻の先。もし一歩でも前に出ていたら蹴っていたかもしれない。そのくらい近い場所に白くて小さな女の子がしゃがんでいた。

 しかし、俺が吃驚して悲鳴を上げながら後ずさってもまるで反応がない。色付いた部屋と塗り潰された部屋の境目にしゃがみ込む彼女は、頭一つ動かす事なく下を見て前後に身体を揺すっている。

 その後姿が、酷く痛々しいく、寂し気で、可哀想に見えた。

 だからなのだろう。

 俺は考えなしに声を掛けていた。


「君、こんなところで何をしてるんだ?」


 そう声にした瞬間に俺は自身の行いを客観的に見て硬直した。

 あれ?これ、俺、変質者なんじゃね?

 目の前に居る小さな女の子は何処をどう見ても園児を名乗れるくらいの立派な幼女だ。対する俺は立派な高校男児な訳で、それはもう大人と変わりない大きなお兄さんなのである。つまりこれは……絵図らがヤバイ。


 ――ピコン!

【童貞モンキーは変質者の称号を手に入れた】


 ちょっと待って。俺はまだ何もしていない。


 ――ピコン!

【称号を変更しました】


 まさかの強制っ⁉

 こういう時は普通【変更しますか?】とか聞いてくれるものだとばかり思っていたがそうではないらしい。という事は何か?俺はこれから【変質者】童貞モンキーになるのか?流石に酷くね?そんなに前世の行い酷かったかなぁ。

 

「…………」


 あれ?結構酷いかも知れない。

 勉強が苦手で学校の成績はお世辞にも良いとは言えなかったし、正当防衛だったとはいえ大喧嘩の末に相手に後遺症を与える程の大怪我だって負わせている。その結果が中学の同級生が一人か二人しかいないFラン校への進学だ。

 己の正義に基づいた行動とは言え、振り返った人生が善良な物であったとはとても思えない。少なくとも親不孝者である事だけは確かなのだ。


「流石に親より先に死ぬのはねぇよな」


 はぁ~と大きく溜息を一つ零してしゃがみ込んだその瞬間、俺の目の前に紅い瞳があった。


「うおぉっ⁉」


 吃驚するあまり思わず尻餅を付いた。

 その後改めて女の子を見ると、やはり驚くほどに似ている。


「え、えすてる?」


「……うん。えすてるのお名前、えすてる。誰?」


 独り言のような呟きに、か細く拙い声が返って来た。

 その事自体にもかなり驚いたがそれ以上に驚く事がある。

 俺の視界の中に膝が見えるのだ。それは間違いなく自分から伸びている自分の脚。その事に気がついて見れば、腕が身体を支えていることにも気づく。懐かしさなどはまるでなく、あって当然と言わんばかりに思い通りに動いた。

 この五年間、まるで感じていなかった感触が今は全部揃っていた。


「どうなってるんだ?」

 

 放心しながら何度も手の開け閉めを繰り返していた俺は視線を上げて直ぐにハッと我に返った。そうだ。今は幼い姿のエステルと話している途中だった。


「え、えっと。ごめん!俺の事だったよな?」

 

 こんなに頭が真っ白になるのは初めてかもしれない。

 そのくらい動揺していた俺はオロオロと両手を彷徨わせていた。

 しかしその間も幼い姿のエステルは静かに俺の方を見ていて、普段と変わらぬ彼女の姿に冷静さを取り戻した俺は深呼吸を一つしてから応える。


「俺の名前は……あれ?俺の名前……名前…………」


「「………」」


 どうしよう。俺、自分の名前忘れちゃった……。嘘だろ⁉そんな事ってある?仮にも十七年は使ってきた名前だぞ。

 そうは言うが事実、どれだけ考えても童貞モンキーしか浮かんでこない。困り果て悩んでいると、何やら幼い姿のエステルが俺の頭上へと視線を向けていた。その視線の先を追ってみれば、俺の頭上に【童貞モンキー】の文字が。オンラインゲームのプレイヤーよろしくの如く凄まじい自己主張をしてくれている。

 あんのクソ爺絶対に許さん。神様だろうが何だろうが知った事か、必ず見つけ出して一発くれてやる……。


「もしかして、これ見てる?」


 ……――こくり。


「あー……。残念だけど、これは名前じゃないんだよ。ずっと前に神様を名乗る爺さんに悪戯されて、全く酷いよな」


 内面では怒りをメラメラと滾らせているが、それを目の前の女の子に見せる訳にはいかない。だからとても穏やかな口調で答えつつ、どうにか外せない物かと手を伸ばしてみる。あれ?こいつ感触があるぞ……。


 ――ペキッ。


 弄っていたらあっさりと外れてしまった。

 というか、掴めるのかこれ。マジで何なんだよ。

 自分の事なのにまるで理解が追い付かなくて、まだ何もしていないのにどっと疲れが押し寄せてきた。


「ごめんな。俺、自分の名前を失くしちゃったみたいなんだ。だから自分をどうやって君に紹介したらいいのか分からない。こんな俺だけど、少しの時間でいいから話し相手になってくれないか?こんな事を言うのは恥ずかしいんだけど、ずっと一人で寂しかったんだ」


「一人、ずっと……」


 幼い姿のエステルはボソッと呟くとキュッと口元を絞って視線を下げてしまった。きっと何か言葉を探しているのだろう。時折僅かに動く頭やもじもじと戸惑わせる汚れた手先が、俺にそう思わせてくれる。だから俺は彼女の言葉を待つ事にした。


「ぁ……ぁの……」


 躊躇っている姿は、恥ずかしがっている、というよりは怖がっている様に見えた。

 だから俺は彼女の前に座り、勇気を出して声にした言葉に「うん」と優しい声を出すように意識をしながら返事を繰り返し、その時を待ち続ける。


「……えすてるで、いいの?」


「俺は君と話がしたいと思ってるよ。どうしてそんな事を聞くんだ?」


「えすてる、悪い子だから」


「だから部屋をこんな風にしちゃったのか?」


 初めは訳の分からない世界だと思っていた。が、幼い姿のエステルの汚れた小さな手を見れば、この世界がどうしてこんな風になってしまっているのか、そのぐらいの事は察する事が出来た。

 おそらくこの世界はエステルの内面を映した、謂わば心の世界なのだろう。

 現実の世界で曇った眼をしたまま人形のように生きる彼女の秘密が此処にある。


「…………」


「怒ってる訳じゃない。叱るつもりもない。俺はただ、君の事を知りたんだ。どうしてこんな風に、心に蓋をするような事をしているんだ」


 幼い姿のエステルは何度か躊躇した後に「うん」と消えてしまいそうなほど小さな声で返事をした。それからしばらくして口を開く。


「……えすてるが、悪い子だから」


「うん」


「えすてる、お姉ちゃんが居たの。でも、エステルが良い子じゃなかったからキラキラした怖い人達に連れて行かれちゃった。良い子で待って居たらすぐに帰って来るって。だからえすてる、頑張って良い子になろうとしたの。でも全然良い子になれない。ニコルお姉様も、セフィリアお姉様も、えすてるに内緒でえすてるの事を話す時、何時も困った顔してる。きっと、えすてるが悪い子だから。生きてちゃいけないからなんだって」


 何度も相槌を打ちながらエステルの話しを聞いていたが、流石に最後の言葉だけは許せなかった。こんな小さな子が口にしていい言葉ではない。


「誰が、誰がそんな事を言ったんだ?」


「皆が言うの。えすてるはとても悪い存在だから気持ちが悪いって。生きてちゃいけないんだって。お姉ちゃんもお姉様もそんな事はないって言ってくれた。お友達が出来れば分かるって言って。たけど、えすてるお友達の作り方が分からない。だから神様にお願いをしたの。でも、分からなくて。きっとエステルが悪い子だからお願いを聞いて貰えないんだって思って。だから良い子にならなくちゃって、そう思って……」


 その結果がこの部屋の有様と言う訳だ。

 エステルは自分のせいで本当のお姉さんが居なくなってしまったと思っている。

 それが本当かどうかを調べる術は今の俺にはない。

 それでも分かる事はある。

 おそらくだが、何処かに連れていかれてしまったという本当のお姉さんは、別れ際エステルに良い子で待っている様に言ったのだろう。エステルの身を案じ、安心させたかったのだと思う。しかしエステルはその言葉を余りにも重く受け止めてしまった。

 それで見出した答えが心に蓋をする自傷行為なのだろう。


「エステル。さっき叱らないと言ったけど、俺は君を叱らなければいけない。こんな事をしても君は良い子にはなれない。ニコルさんやセフィリア先生だけじゃない。今君がしている事は本当のお姉さんまでも悲しませる事だ」


「……でも、えすてる、どうしたらいい子になれるのかわからない」


「俺が教えてやる。君のお姉さんがエステルに残した良い子で待っていろと言う言葉の意味。それはな、ニコルさん達の下で健やかに育てくれという事だ。誰にでも都合のいい人形のような人間になれって事じゃない。そんなのは良い子でも何でもない。嬉しい時は嬉しいと思って良いんだ。楽しい時は笑っていい。悲しい時は泣いていいし。嫌な事は嫌と言っていい。少なくとも心を閉ざすために自分を傷付ける様な子よりは、その方がずっと良い子だ」


 これまで辛かったのだろう。苦しかったのだろう。

 当然だ。周りに遠慮してしまって想いを伝える事が出来ず、自分の感情を押し殺して来たのだから。


「……いいの?」


「ああ、我儘を言って良いんだ」

 

「本当に?ニコルお姉様達がまた困った顔をしても?」


「困らせて良いんだ。ニコルさん達はエステルが良い子で立派な大人になる道を見つけるために悩んでくれているんだから」


 幼い姿のエステルが今にも泣きそうな顔で俺の方を見ている。

 そんな彼女に俺は手を差し伸べた。


「俺と友達になってくれ。それで色んな話をしよう。遊んだりは、どうかな?出来る事ならやりたいな。エステルが嫌じゃなければ、何だけど……」


「……えすてるでいいの?」


「君だから良いんだ。俺は君と友達になりたい」


 俺の真剣な想いが伝わってくれたのか、エステルは俺が差し伸べた手に自らの手を重ねてくれた。その瞬間、もう片方の手に持っていた【童貞モンキー】のネームプレートがパァと明るい光を放って白いクレヨンのような棒状の物に形を変えた。


「もう何でもありだな」


 細かい事を考えていたら頭がおかしくなりそうだ。

 それよりも今はエステルと何をするかを考えよう。

 黒い色で塗り潰された世界。白クレヨン。やる事と言ったらまぁこれしかない。


「よし。じゃあそうだな。まずはこいつでお互いの姿を描いてみようぜ」


「何で?」


「何でって、そりゃぁ……。自分を知る事が新しく始めるきっかけに成るって、よく言うだろう?」


「そうなの?」


「そうなの。だからまずはお互いを描いて見ようぜ。そうやってお互いの見方を知ることも、誰かと繋がりを持つきっかけに成るかも知れないだろ」


 シャキーン。

 くさいセリフを吐いている事の恥ずかしさを誤魔化す様に、効果音が俺の背後に現れるほど自信満々にサムズアップを決めてみる。その後も数秒ほどそのまま固まっていたが、瞬きの一つもしないエステルの視線に耐えられなくなった俺は、手にしている白いクレヨンを手渡してエステルが持っていた黒い物を回収して白色に変えてしまう。


「騙されたと思って一回だけ付き合ってくれよ」


「……うん」


 そうして俺達は、黒い空間を使って黙々とお互いの絵を描き始めた。

 この白のクレヨンの様な何かは消しゴムのような役割を担っていて、彼女が塗り潰してしまった色を浮かび上がらせていく。その中にはエステルと同じ白い髪の女性の姿があった。おそらくこの人がお姉さんなのだろう。しかしその人物の顔に掛かった黒色だけは拭う事が出来なかった。おそらく心に蓋をしている期間が余りにも長すぎて大切な人の顔を思い出すことが出来なくなってしまっているのだ。

 どうにかしてやりたいな。

 そんな風に考えたが、今はこの黒色を取り除くよりも彼女を描く事に集中した。

 しかし立体の人物を描くのは非常に難しく、中々上手く描けない。


「言い出したのは俺だけど、これはちょっと酷いな」


 チラリとエステルの様子を伺うと彼女は黙々と手を動かしていた。

 その姿は先ほどとは比べ物にならないくらい楽しそうに見える。


「上手く書けそうか?」


「うん」


 その返事は描き始める前よりも若干明るい。

 楽しそうに描くなと思ったのは間違いではなかったらしい。


「それは負けられねぇな」


 思い付きで始めた行いにしては上出来であると自分を褒めたい気持ちだった。


 ――それからしばらくして


「出来たぁ!」「描けた」


 俺達は同時に身体を起こした。

 俺はエステルが恥ずかしがらなくてもいい様に先に下手糞な自分の絵を彼女に見せる。


「まずは俺の描いた絵を見てくれ。これでも結構頑張ったんだ」


「これがエステル?」


 三回描き直した俺の力作を見た彼女は相変わらず物静かで表情が乏しい。

 でも何処か嬉しそうに見えた。


「実物はもっともっと可愛いぞ。すげぇ頑張って書いてみたんだが俺には絵心が足りなかったらしい。次はエステルが描いた絵を見せて貰ってもいいか?」


「うん」


 こくりと頷いたエステルに手を引かれて進んで行くと、彼女は自分が描いた等身大の大きな絵に人差し指を向けた。


「イアァァァァァ、ナニコレェェェェ!」


 そこには、棺桶に人の手足が生えた化け物が四つん這いになっている姿が鮮明に描かれていた。


 ◇◇◇


「ユーティス教師。これはどういう事ですか!」


「あの子が目障りだったのでしょう?だったら何もおかしな事はないじゃない」


「ふざけないで下さい!俺が望んだのは殺し合いではなく競い合いだ!」


 クラウスの怒声が競技場に響き渡る中、エステルの指がピクリと動く。


「……の…が………る」


「あら、遊撃兵ガードを目指していると言うのに随分とおかしなことを言うのね。魔物も魔獣も私達が駆除するべき相手じゃない」


「魔物だと?魔獣だと?貴方は本気でそう言っているのか……。ふざけるな!例えエドルフであろうと、彼女は神の祝福を授かった一人の人間だ!」


「違うわ!何を寝惚けた事を言っているの?エドルフの血統は化け物の証よ。貴方も彼女の馬鹿力を身をもって知ったでしょう?あんなものは序の口。それが成長すれば魔物や魔獣なんて可愛いぐらいの危険な存在へと変わるわ。早めに摘んでおいて損という事はないのよ。そいつらは人を脅かす化け物なのだから。寧ろ貴重な経験をさせてあげたのだから感謝して欲しいわね」


「神…の…が……。神…様の、声が……る」


 ドサッ。


 棺から横に転がり落ちたエステルの音に、ユーティスはハッと目を見開いてクラウスから視線を移した。


「聞こえた、聞こえる。……ふふ、ふふふふ……神様の、声がぁ……あぁァッ……あは、あハは……アァ……ハハ、ハハハ……ハハハハハハハハハハ!」


 足を地面に立てて手を使わずに起き上がるエステルは、ゴブリンに襲われていたあの日と同じ、狂気を瞳に宿して笑っていた。

 その声で発狂していた俺も元の世界に戻って来た事に気が付く。


『え、エステル⁉……あーこれ、間違いなく俺のせいだよな?』


 心当たりしかない。間違いなくあの世界の影響だ。だが後悔もしていない。

 しかしあの世界の影響でエステルがヤバい状態になってしまうのだとしたら、今後の事を真面目に考えなければならないだろう。


「ちぃ、あれで死なないのか化け物め!死んでいれば良いものの!」


 杖を取り出して構えるユーティスは、右手から顔の側面まで朱色の光を浮かび上がらせていた。


「逃げろエステル!」


 クラウスが叫ぶ。


「フレイムバースト!」


 ユーティスが向けた杖の先からは、幾つもの炎が重なった、人の頭ほどの火球が放たれた。

 エステルはギョロリと眼球を動かして転がる棺の縄を握って引き上げる。

 その瞬間、手前の地面で炸裂した火炎は前方へ飛び散って連鎖的に爆発を引き起こし、膨れ上がり続ける爆炎はあっという間にエステルを呑み込んで、更に背後にある石壁を吹き飛ばした。

 幸いにも野次馬の生徒達がいる側ではなかったが、この場にいない多くの者達にも耳をつんざくような爆裂音が届いている事だろう。それほどまでに凄い爆発だった。

 立ち昇る黒煙に野次馬の中から悲鳴が上がる。


「ユーティス教師!貴様だけは許さんぞ!」


 クラウスが声を荒げて剣を構える。

 しかしユーティスは彼の法など見向きもせず驚愕の表情を浮かべていた。


「なっ、何ですって……」


 もくもくと漂う黒煙の中で焦げ跡一つなく棺が佇んでいる。


『あぁー吃驚した』


 大きな音と光に悲鳴を上げていたの背面にぴったりと身体をくっつけて、エステルは爆炎を凌いでいた。


「フフ……てる。聞けた聞こえた聞こえるの。お姉ちゃん……エステルにも、エステルにも聞こえるよぉ。……神様の、声が、フフフフフフ。きこえるのぉ……。だから、だからぁ、いいよねぇ?いいんだよねぇえ?神サマが、だっッテ、神様が、ミテル……うふふふふふふ」


 顔を下に向けながらぶつぶつと呟くエステルは息を荒げていた。

 砂嵐に手を突っ込んで傷だらけになった手で縄が燃えていない事を確認している。

 その後一本だけ縄を解いて傷の無い腕に巻き付けると、彼女は棺を空に向けて投げ飛ばした。


「神よ!どうか我が信仰を!アハハハハハハハ!」


 大きく両手を広げて声を上げる彼女は、薬でもやっているのではと心配になるほど恍惚としたドエロイ表情を浮かべていた。途端、身体を回転させて勢い良く棺を投げ飛ばしたエステルは、棺の重量に引っ張られる様に高く跳び上がり、走るよりも遥かに速い速度でクラウスの元に向かって行く。


「なにぃ⁉」


「あはぁ♪」


 豹変して常人離れした動きを見せるエステルに目を見開いて驚いたクラウスは、即座に身体を反転させて、己に迫りくる棺を間一髪で回避した。だが、その動きを読んでいたと言わんばかりに落ちて来たエステルに捕まえられて地面に叩き付けられてしまう。


「がはっ‼」


 身体が跳ね上がって地面に転がる。余りの衝撃に呼吸もままならないまま悶えるクラウスを見下ろして、キシキシと笑いながら近づいて行くエステルは、そのまま彼の上に跨って頭を地面に押さえ付け始めた。


「がああああああああぁぁぁ!」


 常人離れした力で地面に押し潰されるクラウスが悲鳴をあげている。右腕は膝に押し潰されて動かす事が出来ず、左手だけではエステルの細腕を持ち上げられない。その絶望的な状況の中で歯を食い縛った彼は、左手に聖痕を宿しながら自らを押しつぶすエステルの腕を手放して彼女の顔に目掛けて手を伸ばした。

 しかし魔法が発動される事はなく、彼の腕は力なく地面に落ちた。


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 おまけ○○紹介


 ・フレイムバースト

 多数の火球の塊が着弾点からが連鎖的に爆発する炎の中級魔法。殲滅能力に優れている事もあり、炎の中級魔法の中では範囲火力共にトップクラスだが扱い難く、年に数十件と巻き込まれ事故が起きている。

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