第6話 決闘の申し出

 黒塗りの馬車が教会に押し掛けて来てから二日が経過した。

 逃げ去った男達の横暴な態度からして何かしらの報復を仕掛けて来るのではないかと心配していたが、これといって何かが起こる予兆なども無く、俺は今日もエステルの孤独な学園生活を眺めている。

 授業を聞いて、お昼ご飯を食べて、お散歩をして、下校する。

 そんな変わり映えしない日常を彼女は今日も繰り返すのだろう。

 少なくともほんの少し前まではそんな風に思っていた。


「この俺、クラウス=グレイスが貴様に勝負を申し込む!」


 それがどうしてこのような事になってしまったのだろう。

 午前の座学講義を終えて少し――人気の去った教室の中でエステルはクラスメイトのイケメン眼鏡に手袋を投げつけられていた。

 エステルの胸にバシッと音を立てた手袋はパサッと足元に落ちる。

 見た目だけでなく、音からも手袋の分厚差が伝わって来る。

 それもそのはずだ。

 投げつけられた手袋は防寒用ではなく外敵から身を護るための防具の一つ。それを投げてきたクラウスの恰好も午前中に着用していた制服ではない。白を主体とした革鎧のロングコート。俗にいう冒険服と呼ばれる衣装だ。


「聞こえなかったか?俺が貴様に勝負を申し込むと言っているのだ」


 反応の鈍いエステルにクラウスは苛立った様子で再度告げて来た。睨み付けてくる彼の瞳には燃え上がる様な敵意が見える。しかしエステルの瞳には連日同様に無が宿っており、彼をその瞳に映している様には見えない。

 反応を示さないエステルの態度に苛立ちを募らせたクラウスはギリッと奥歯を鳴らして拳を強く握りしめた。


「おい!聞いているのか!」


「……はい。聞こえております。何故でしょう?」


 今にも掴み掛かって来そうなくらいに怒気を露わにしていたクラウスだったが、自制する理性は残っていたらしい。

 大きく息を吐き捨てて冷静を装いながらも応える。


「俺が一番でなければならないからだ」


『何言ってんだこいつ』


 俺は思わず苛立って呟いてしまった。

 そんな事を知る由もないクラウスは眼鏡の位置を正す。


「貴様も、我々Dクラスの総合評価と順位を知っているだろう」


「いいえ。知りません」


「……何?」


「エステルは存じておりません」


「昨日の昼から張り出されていたはずだが?」


「廊下に張り紙が増えていた事は存じております」


 今度はクラウスが黙る番だった。

 それだけエステルの答えが彼にとって意外な物だったと言うことなのだろう。

 つい先程まであった突き刺すような怒気は何処へやら、クラウスは考え事をしているのか眼鏡を弄っている。


「何故だ?」


「何がでしょう?」


「張り紙は把握しているのになぜ中を見ていない」


「エステルが歩く時には沢山人が居りました。エステルが立ち止まると、彼等はとても困ったお顔をされます」


 エステルの話しを聞いていたクラウスは視線を彷徨わせた後に眼鏡に触れた。

 何処となくその仕草からは戸惑いが感じられる。

 おそらくだが、彼が予定していた流れと違うのだろう。


「……我々Dクラスの総評は三十八点。ギルドの評価にするならDランクだ。クラス順位は最下位の四位。そして、貴様の所属していたチーム四の貢献点は18点のEランクだ」


 背を向けながら呟く様に教えてくれた。


「教えて下さり、ありがとうございます」


「フン、話を進めるために仕方がなくだ」


 エステルがお礼を伝えるとクラウスが再び眼鏡に触れた。


『本当に何なんだよこいつ』


 その仕草に俺はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

 怒りを露わにしながら勝負を申し込んで来たかと思えば妙に親切で、嫌われ者のエステルからのお礼でもちょっと嬉しそうにしている。

 きっと悪い奴ではないのだろう。

 少なくとも例の襲撃者達から送られてきた刺客ではなさそうだ。


「……俺は、貴様のチームがクラスの評価を著しく下げている事に対して文句を言いに来たわけではない」


「そうなのですか?」


「正直、腹立たしくは思っている。だが、まだ進級して間もない。クラスの中には未だ仮資格証を手にしておらず、教師同伴でしか魔物と戦えない者もいる。故に、見習い以下の駆け出しから少し踏み出した程度の奴等の失敗を一々責める気にはならない。それが現時点でのその者達の実力でもあるからだ」


 いきなり現れて勝負を申し込んできた時にはどうなるのかと思っていたが、クラウスは俺が思っている以上に理性的だった。

 いや、だからこそ――何故エステルに勝負を申し込みに来たのか?と、考えてしまう。


「…………分かりません」


「何がだ?」


「何故、エステルに御用があるのでしょう?」


「俺が勝負を申し込んでいる理由がまだ分からないか?」


「はい」


「貴様がこのDクラスの中で最も不透明な存在だからだ。俺がこの学園に入学した時、同学年に貴様の姿はなかった。しかし半年後の学年総合訓練の際には参加をしていて、その後調べてみれば何処のクラスにも所属していない。それでこの学園に詳しい奴に聞いてみれば、学園が開校した初年度から居ると言う。だからてっきり成績不良の上級生が留年しているのだと、ついこの前まではそう納得させていた」


 語る言葉に力が籠る。

 スゥッと深く息を吸った後のクラウスの目は手袋を投げて来た時と同じ鋭い敵意が宿っている。


「だが、先日の野外演習の結果を見ればどうだ?大元の原因が貴様らではないとはいえ、間接的に農家に大きな被害をもたらした貴様ら四チームの貢献点は本来マイナスになるはずだ。それなのに評価点が加算されている。何故だ分かるか?ゴブリンの巣穴を潰したに等しい成果を上げたからだ。話しに寄れば貴様が一人でやったらしいな。草原のど真ん中、四方八方を取り囲まれた状態。どれだけの力量があればその状況を覆す事が出来る?俺はこのクラスを纏める代表として、誰がこのクラスのリーダーであるのかを、貴様とこれから調子付いて行くであろう馬鹿共に示さなければならない」


『それが勝負を挑んできた理由か』


 彼は自分が明確なボスとなる事でクラス内の規律を守ろうとしている。

 それがこの話の全容らしい。


「今一度告げる。俺と戦え」


『どうするのが正解だ?』


 何を言ってもクラウスは引き下がらないだろう。

 それだけ彼はエステルに不信感を抱いている。

 それはエステルがエドルフと言われる人種だからという理由ではない。

 エステルが突然二学年の中に現れた異分子だからだ。

 しかしこれは味方を作るチャンスでもある。

 でも、その選択は血肉を削る危険な選択だ。

 

「…………教員の方からの許可があるのでしたらエステルが言う事はありません」

 

 それを知ってか知らずか、エステルは彼の提案を飲んだ。

 どちらにせよ俺に何が出来るということはない。

 エステルがその選択をするのであれば見守るだけだ。


「ならば付いて来い」


「今からですか?」


「俺達の戦いは見世物ではない。それと、食ったばかりでは胃がやられる。それなら食う前の方がマシだ。因みに俺だけが先に食う真似はしていない。それは我が家名に誓って答えてやろう。これで貴様と条件は一緒だ」


 変なところで気を使う辺り、彼はプライドが高いだけで本当に悪い人ではないのだろう。実際に此処まで話している中でエステルに対する侮蔑の視線を彼から感じることは無かった。

 あるのは余りにも真っ直ぐな敵意だけだ。

 それが突き抜けていてむしろ清々しく感じる程。馬鹿正直な実力主義者と言うのはこういう奴の事を言うのではないかと考えてしまう程のものだ。


「行くぞ」


 ぐぅぅぅ。と、お腹で返事をしたエステルを置いて、眼鏡を指で押し上げたクラウスは白を主体とした冒険服をはためかせて歩き出した。

 お腹を気にしていたエステルも彼の後に続いて歩き始める。

 それからの彼女達は、本校舎から外に出て、噴水の見える中庭を横断して、更に歩んだ先にある兵舎を模した戦士技能訓練校舎の建物の中に入って行った。

 重々しい石造りの建物。

 歴史書やテレビ、漫画でしか見た事の無いその内装を見渡しながらぼんやりとしていると、入り口を入って直ぐのところに広がる談話室で足を止めた。


「ユーティス教員お待たせしました。先ほどお話した通り、彼女と実践形式の訓練を行いたいのですが」


 二人の前には煙草を咥えた赤毛の女教師が気怠そうに座っている。

 疑惑や面倒な視線を向けて直ぐ逸らしていた教員が多かった職員室の中で、長い事エステルを睨みつけていた女だ。


「本当に来たのね。教師として一応言っておくけれど、私闘は感心しないわ」


「私闘ではありますが、優劣を決めるのに程適した勝負はありません。それに過去、国内有数の学び舎に置いて緊急自動障壁オートプロテクションシールドと呼ばれる魔法道具を扱った戦闘遊戯が存在していたはずです。彼女からも同意を得ております」


「魔道具が普及したばかりの頃の物じゃない。よく調べたわね」


 女教員はエステルにゴミを見るような侮蔑の視線を向けた後、面倒くさい生徒を見る目でクラウスに視線を向けた。


「……良いでしょう。これから魔道具の最終調整をします。それが終わるまでに準備をしておきなさい」


 何故だか、あの教師の後姿を見ていると妙な胸騒ぎがした。


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 おまけ○○紹介


 ・冒険服

 戦闘服と呼ばれるこれらは此処が実費で製作する課外活動用の衣装。民間遊撃隊冒険者ギルドの方では、軍隊とは違って衣装の統一化はされていないため、将来的にも衣装を継続して扱う事が出来る。

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