投身自殺を考えた少女は魔法使いと空を飛ぶ。

荒音 ジャック

投身自殺を考えた少女は魔法使いと空を飛ぶ。

 人と魔法使いが争いを終えた時代、魔法使いはその数の少なさから各地に散らばる隔離地域へと追いやられ、人間との共存を目指そうとする時のこと・・・・・・


 焼き付けるような日差しが降り注ぎ、蒸し返すような熱波がコンクリートの地面に陽炎が揺らめく中、白のYシャツにジーンズの半ズボン姿の麦わら帽子をかぶった黒髪ショートヘアの高校生ほどの少女が真っ白な入道雲が沸き立つ真夏の空を眺めていた。


(あの雲の向こうに行けば・・・・・・探している答えが見つかるのかな?)


 少女は心の中でそう思いながら空を見上げるのをやめ、前を向くと向かいにはフェンス越しに5階建てのビルが見える。


 少女が今いる場所も同じ高さの5階建てのビルの屋上で、少女はフェンスへと近づいていく。


 そして、フェンスに手をかけてよじ登り始めると、突然勢いよく風が吹いて被っていた麦わら帽子が飛んで行った。


 少女はそんなことも気にせずにフェンスをよじ登り、頂上に着くと「これ君の?」と先ほど飛んで行って麦わら帽子を右手に持った稲妻の形をしたバッジがついた青色のウィザードハットを被って方に茶色の革製のショルダーバッグをかけた黒のウサ耳パーカーに黒の半ズボン姿の少女と歳の近そうな青年が箒に跨って宙に浮いた状態で少女に尋ねた。


「・・・・・・私のですけど、もう使わないのでいいです」


 少女はそう言ってフェンスの反対側へ行こうとするが、既に察してしまっている青年は呆れたようにこう言った。


「何が理由なのかは知らないけど、こんなところでそんなことしても迷惑になるだけだよ? 通行人にぶつかったりでもしたら大変だよ」


 青年はそういうも少女はフェンスの反対側のビルのへりに降りて下を見る。見えるのはせわしなく走る車と歩道を歩く通行人で、ビルの高さも相まってそれらが蟻んこサイズに見える。


 少女はそんな景色を見ながらスーッと息を吸ってからフーッと静かに息を吐いて目を閉じて何もない地面に向かって踏み出した。


 そのまま地面に向かって真っ逆さまと思いきや、何者かの右手がガッと少女の左手首を掴み、少女は宙ぶらりんになる。


 覚悟を持って飛び降りたはずなのに地面に落ちる感覚がないことに少女は目を開けると、先ほどの青年が少女の左手首を掴んでおり、青年は「そんなに空を飛びたいなら連れてってあげる」と言って、自身の箒の後ろに少女を乗せて頭に麦わら帽子を被せた。


 青年は少女が落ちないように自分の腹部に抱き着いたのを確認してからある方向に向かって飛んだ。


 街中のビルの上を時速40kmほどの速度で飛行して、自転車よりも速い速度でオープンカー以上の解放感の中で感じる風が心地いい。


 地上の道路と違い、信号機や交差点がないこともあって眼下の景色はビル街から住宅街に変わったかと思うと、あっという間に深い蒼の海が広がっていた。


「高度上げるからしっかり掴まって!」


 下の景色に見とれていた少女に青年はそういうと、跨っている箒の先端を上に持ち上げて上に向かって急上昇した。


 少女は驚きつつも青年にしっかり掴まって青年が向かう先に目をやると、夏の空に浮かぶ積乱雲の隙間だった。


 街中よりも速い速度で飛んでいることもあって麦わら帽子を左手で押さえていないと飛びそうになる。


 地上から見れば一枚の写真に納まりそうな積乱雲も近くづくと真っ白な天井そのものだ。風の流れの影響か開いていた隙間が閉じ、青年は速度を保ったままその中へ突っ込んだ。


 濃霧の中に迷い込んだように周りの景色が真っ白で何も見えない。ましてや地面に足をつけているわけでもないため、どっちが上なのかもわからなくなりそうだった。


 そんな時間が数秒経って、ようやく雲の上に出ると、刺すような眩しい夏の日差しが自分たちに降り注ぎ、少女はそこで幻想的な光景を目にした。


 少し前まで見えていた海が水たまり程度にしか見えなくなるほど広がる雲で覆われて、地上で見上げていた時は全体像が見えていた山のように沸き立つ入道雲は自身の目の前に立ちはだかる真っ白な壁だった。


 少女はその光景に息を飲んでいると、近くの入道雲の頂上まで来たところで青年は左手で少女の右手を掴んで「イヤッホーゥ!」と言って箒を降りて箒を右手に掴んで空に向かって仰向けの体勢で落ちた。


 突然の出来事に少女は「へ?」となるが、2人の体は既に下へ向かって落ちている。


「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 少女は悲鳴を上げながら体をばたつかせ、左手を麦わら帽子から離してしまったこともあり、空気抵抗で麦わら帽子が飛んで行ってしまう。


 突然の急降下に慌てふためく少女に青年は「上を見て!」と言って、少女は「ええっ!?」と驚くと青年は再び大声で「上を見て!」と言ったため、少女は言われたとおりに上を見上げると、また違った景色がそこにあった。


 雲の下に広がる海のように深く蒼い空と黄金のように光り輝く太陽に、そこに向かって放射状に伸びる沢山の入道雲・・・・・・その不思議で美しい景色に見とれていた少女は、自分が死ぬ高さで落下していることを忘れてしまっていた。


 落下していることもあって太陽が徐々に遠のいて入道雲の高さが増していき、やがて雲の中に落ちて周りの景色が真っ白になる。


 雲の下に抜けて辺り一面に広がる蒼い海が見えたところで青年は再び箒に跨り、少女を後ろに乗せた。


 落下の勢いを流すように斜めに高度を下げながら飛び、海面スレスレのところで水飛沫を上げながら飛ぶ。


 空の旅を終え、ミャアミャアとウミネコが鳴く空の元、海岸の防風林の前に着陸して少女を箒から降ろしてから青年は「気持ちは晴れた?」と少女に尋ねる。


 少女は自分が病んでいたことすら忘れているかのような晴れ晴れしい爽快感を漂わせながら青年に言った。


「ねえ! また会える?」


 少女に尋ねられた青年はニッと笑って答えた。


「もちろん! 僕はカイト、見ての通り魔法使いだ」


 カイトはそう言って右手を伸ばして握手を求めると少女もそれに答えて名前を名乗った。


「私はミト! またあの景色を見せて!」


 ミトはカイトと握手を交わして自己紹介を終え、箒に跨って空へ舞い上がるカイトを見送る。


 その時に見える空はいつもと同じ夏空だったが、湿った冷たい風が吹いてゴロゴロと空の鳴る音が響き、雨雲がこちらに向かっているのが見えた。


 日も少し西に傾いており夕立が降りそうな空を眺めながらミトは家路につく。

防風林を抜けて住宅街の方へ歩いている時にふと、ミトは右の方に見える一定間隔で「隔離地域」と赤のペンキで描かれた高さ5mはありそうな鉄筋コンクリート造りの壁を見た。


 壁の上を行き来するのはカイトのように箒に跨った魔法使いたちで隔離地域と言うのも名ばかりに思える。


 日が暮れたころ、自宅についたミトは「ただいまー」と言って玄関の扉を開けてリビングに向かうと夕飯の支度をしていた母親がこんなことを言ってきた。


「ミト! 受験勉強もせずにどこに行ってたの!」


 そう、ミトは受験を控えていて親からのプレッシャーに病んでいたのだ。


「ごめん! 暑かったからアイス食べに行ってたの」


 ミトは頭の上で両手を合わせて謝罪するも、母親は「全く・・・・・・進路も決まっていないんだから学歴だけでもいい大学に行かないといけないのに!」と説教モードに入った。


 翌朝、隔離地域の関所にて・・・・・・

カイトは昨日と同じ格好で箒を右手に持って関所を通っていた。


「トモツキおじちゃんおはよう!」


 関所の椅子に座った警備員の恰好をしたトモツキという初老の男性にカイトは挨拶すると、トモツキもそれに返す。


「おう、おはよう! 今日も仕事かい?」


 トモツキの質問にカイトはバックの中から小瓶を取り出して「うん! カミナリグモの採取」と言って助走をつけてから箒に跨って空へ向かった。


 カイトは入道雲の近くで白い綿に8本の黒い針金のようなモノを小瓶に入れる。


「よし! 今日はこんなものかな?」


カイトはそう言って自分が住む隔離地域へと向かって飛んだ。

 壁の近くに来たところでカイトは上空から関所の方へ向かう昨日と同じ服装で背中に黒の小さなリュックサックを背負ったミトの姿を見つける。


 ミトは隔離地域の関所の近くを歩いていると、ふと自身の上に影が現れたのに気付いて空を見上げると「ヤッホー!」と言ってこちらに降下してくるカイトが頭上におり、ミトは少し驚く。


 2人は公園の木陰のベンチに座ってアイスを食べながら身の上話をしていた。

魔法使いが何をしているのかを知らないミトは「カイトは普段何をしているの?」と尋ねると、カイトは自身のショルダーバッグに手をポンと置いて答える。


「隔離地域の電力になるカミナリグモを集めているんだ」


 ミトは雷雲と勘違いしたのか「雷雲? 雲をどうやって集めるの?」と疑問を口に出すと、カイトは勘違いされていることに気づく。


「ミトが言っているのって雷雲(らいうん)のことだよね? 僕が言っているのはカミナリグモって言う積乱雲に張り付いている生き物で隔離地域の電力になるんだ」


 カイトは「ちなみにこれね」と言いながらバックの中から積乱雲の近くで捕まえた生物の入った瓶を取り出してミトに見せる。


「そんなのが空にいるの? 初めて見た」


 ミトは瓶の中にいる生物の不思議そうに見ながらそう言うと、カイトは「発電所がなくてガスと水道以外のライフラインがない隔離地域では貴重なエネルギー資源だよ」と言ってミトとの会話が楽しくなったのか? 饒舌となった。


「どうすれば飛べるの? 全然飛べない!」


 ミトはカイトの箒にひとりで跨ってカイトの隣で楽しそうな顔でピョンピョンと跳ねるが魔法使いではないミトは飛ぶことができない。


「地面を蹴って、バランス棒にしている箒の上で姿勢を維持するように飛ぶんだ」


 カイトは隣でミトにそうアドバイスしていると、気づけば日が西に傾いており、隔離地域の方からカーン! カーン!と鐘のなる音が聞こえる。


「あっ! もうこんな時間か! あとは歩きながら話そう」


カイトはそう言ってベンチから腰上げてミトと一緒に家路についた。

 そして、ミトはカイトは驚くような話を聞くことになる。


「え!? カイトって元々人間だったの!」


 ミトの驚きの声に対してカイトは「3年前まではね」と補足し、詳しいことを話した。


「家の外を箒で掃除していた時に魔法使いが空を飛んでいるのを見て、それを真似して持ってた箒に跨って跳んでみたら・・・・・・で、その姿を近所の人たちが見て当局への通報の結果が今に至るんだよね」


 カイトは当時のことを思い出しながらミトにそう言うと、家族はどうしているのかと気になったミトは「じゃあ、ずっとひとりで隔離地域に?」と尋ねると、カイトは「どういうわけか僕以外の家族は魔法を使うことができなかったからね。まあ、色々と援助を受けることもできてるから特に文句はないけど」と返す。


 そんなことを話しながら歩いていると十字路のところで左から赤十字のバッジと鷲の羽の装飾がついた白のウィザードハットを被り、まるで病院に勤務してるような白衣姿の赤髪ロングヘアで左手に買い物袋を提げた女性が「カイト! 今帰り道か?」と声をかけてきた。


 カイトは「マリア先生!」と言ってミトに紹介する。


「この人は僕に魔法を教えてくれたマリア先生! 隔離地域で診療所の先生をやって

いるんだ」


 ミトはマリアに一礼して「初めましてミトです」と挨拶するとマリアはミトを見るなり「人間にしては珍しいな・・・・・・魔法使いが怖くないのか?」とミトに尋ねた。


 マリアの質問にミトは頭の上に「?」が浮かぶがマリアはその様子を見た瞬間、右手で突然パチンとスナップすると、背後の陰から黒い毛の大型犬が現れた。宝石のような真っ赤な眼光を光らせ、ミトを凝視している。


 ミトは突如現れた大型犬に臆することなくマリアはピュイッと口笛を吹くと大型犬はいきなり「ガウッ!」と鋭い犬歯を剝き出しにしてミトに飛び掛かった。


 ミトの「キャアッ!」という悲鳴がその場に鳴り響く。

だが、マリアが出した犬はミトの顔をペロペロと舐め回してじゃれつき、ミトは「きゃーっ!」とじゃれつく犬におびえる様子もなく両手で犬の顔をわしゃわしゃする。


「どうやって出すんですか? こんな人懐っこい子!」


 ミトはマリアにそう尋ねると、マリアは「私の召喚獣だ。普段は影の中に入っている」と説明してミトにこう言った。


「良ければ明日の朝8時に隔離地域の第3検問所に来なさい」


 隔離地域について詳しくないミトは「え? でも魔法使い以外は入れないんじゃ・・・・・・」と疑問を口に出すとマリアは「私がなんとかする。遅れないように」と言って踵を返してその場を去る。


 自宅に帰ったミトはリビングルームに行くと母親が「お帰り・・・・・・勉強は捗った?」とミトに尋ねた。


 勉強は捗らなかったが、ちょっとした出会いがあったミトは「うん! それとね・・・・・・帰り道に明日から勉強を教えてくれる人と会えたの!」と答えると、母親が「どんな人? 大学生?」と興味を持つ。


 流石に隔離地域に住む魔法使いなんて言えなかったが「診療所の先生! 明日から暇な時に教えてあげるから診療所に来なさいだって!」と答えた。


 翌朝、ミトはマリアに言われた通りに決まった時間に隔離地域の第3検問所に来た。

検問所の前にはマリアがおり、ミトに首下げられる吊り下げ名札を渡す。


「私の許可で発行できるここの隔離地域を自由に出入りできる通行証だ。ここに来るときは必ずつけるように!」


 マリアはそう言ってミトに背中を向け「ついてきなさい」と言って隔離地域の方へ歩き出した。


 いきなりそう言われたミトだったが、迷わずマリアの背中についていった。

隔離地域の中に入ると、そこはとても日本の住宅街にあるとは思えない光景が広がっていた。


 青空のような青い屋根に真っ白な雲のような白煉瓦の洋式建築建物が並び、様々な色と装飾を施したウィザードハットを被った魔法使いたちが通りを歩いており、ミトはそんな中でマリアと離れないように後をついていった。


 周りの通行人はミトを見るなり「あの子人間?」「何しに来たのかしら?」などミトを怪しむような目で見るが、ミトはそれどころではない。


 しばらく歩いていると、「診療所」と書かれた木の看板が吊り下げられた2階建ての建物の前について「ここが私の診療所だ」と言って中に入ったダークウッドの床の普通の診療所の診察室に案内され、マリアはミトにこう言った。


「今日から私の助手をしてもらう。ここに住む者たちは皆やることが多くてな。助手を見つけられなくて困っていたんだ」


 唐突なマリアの申し出にミトは「へ?」と間の抜けた声を出すと、診療所の扉が開かれ、黒のウィザードハットを被った魔法使い2人が診療所に入ってきた。


「姐さん! 怪我人だ!」


 額から血を流してぐったりしている魔法使いに肩を貸している魔法使いがそう言うと、ミトの姿を見て「うおっ!? なんでこんなところに人間が?」と驚くが、マリアは騒ぐ男に「心配するな。その子は私の助手だ」と言って薄手の透明ゴム手袋を両手に嵌める。


 診察台に怪我人を寝かせてマリアはミトに「棚から消毒液と止血剤、あとバタフライテープを取ってくれ」と後ろの壁にある棚を右手の人差し指で指して指示を出すも、何がどこにあるのかわからないミトは「どの段に置いてありますか?」とマリアに尋ねるとマリアはテーブルに縫合用の道具を出しながら「消毒液は一番下の真ん中、止血剤はその上、バタフライテープは左下の下から2番目の引き出しに入っている」と場所を教える。


 ミトは言われた箇所から消毒液などを手早く取ってマリアの座っているテーブルの上に置く。


 マリアは手当をしながら「どこで怪我をした?」と尋ねると運んできた男は「それが」と困った様子で詳しいことを話した。


「第6検問所近くの路地で倒れていたのを見つけたんです。警備員が気づいて近くにいた俺に姐さんのところへ連れていけと言ってきたんで、それでここに運んできたんです」


 それを聞いたマリアは「とりあえず意識が戻るまでここに入院させる。それと・・・・・・今すぐ隔離地域の外に出る魔法使いたちに警戒レベル3を発令しろ」と指示を出すと「わかりました! 直ちに向かいます!」と言って男は診療所を出て行った。


 運ばれた男性の処置が終わり、マリアは一息つくためにティーセットを広げてお茶の時間にした。


「あの、マリア先生って診療所の先生以外のこともしているんですか?」


 ミトの質問に対してマリアは自身の身の上をミトに話す。


「魔法使いが隔離される前に色々あってな。事の発端はもう10年以上前の話になる・・・・・・魔法使いの権利に関するデモが激しかった頃、カイトと同じように突然魔法が使えるようになるまで私は外科医として勤めていた病院でデモに巻き込まれた一般市民の怪我の手当てに追われていた」


 時は遡ること10年、隔離地域ができる前のこの街の市立病院でマリアは外科医として働いていた。


「はい! これでおしまい!」


 患者の手当てが終わり、他の医師と交代してお昼休みに入った時のこと、外に出てコンビニで飲み物と軽食を買い、あとは休憩室で残り時間を過ごす変わらないサイクル・・・・・・


 だが、この日を境にありきたりだった日常は終わりを迎えるとはこの時のマリアは思いもしなかった。


 コンビニを出ると、宝石のような真っ赤な瞳の黒い毛の大型犬が入り口の脇に座っていた。


 首輪もリードもつけておらず、野良犬かと一瞬思うが、手入れされているような綺麗な毛並みをしているところを見るとそうでもなさそうだ。


 マリアはこの時「買い物客の飼い犬か」と思っていたが、犬はマリアの後をついてきており、考えことをしていたマリアはそのことに気づいていなかった。


 病院につくと、出入り口にいる守衛の初老の男性が「マリア先生、その犬はどうしたんですか?」と尋ねてきたことでマリアは犬の存在に気づいた。


「コンビニからここまでついてきたのか? ご主人の所へお帰り・・・・・・ここからは介助犬以外は入れないぞ」


 マリアは犬にそう言って背を向けて病院の中へ入って仕事に戻った。この時既に、ありきたりだった日常が終わり迎える出来事が起こっていたことに気づきもせずに・・・・・・


 仕事が終わり、マリアは家に帰ろうと病院を出た時だった。


「マリアさんですね? 魔法使い対策局の者です」


 ひとりのスーツ姿の男性がマリアの進行方向を塞ぐように現れて魔法使い対策局員の証明書を見せてきた。


 男性の後ろには部下と思しき同じスーツ姿の男性と女性がおり、理由もわからないままの状態でマリアはこの街にある魔法使い対策局の支部へ連れていかれてしまった。


 警察署の取調室のような場所でマリアは自身を連行した局員にいくつかの写真を見せられ、こう言われた。


「あなたのことを少し調べました。あの病院に勤務する外科医で今まで魔法使っているところを見られたことがなかった。しかし、今日の昼に病院の守衛があなたの影に大型犬の姿をした召喚獣が入るところを目撃した・・・・・・」


 見せられた写真は監視カメラが記録した画像でコンビニから病院までついてきたあの大型犬が沈むようにマリアの影に入り込む姿がはっきり映っていた。


「私たちが調べたあなたに関する情報と最近判明したある事例が関係しているのだとすると、あなたは今日になって突然の魔法使いの力に覚醒した人間ではないかと推察できます」


 未だに理解が追い付かずに困惑しているマリアに職員は丁寧に説明する。


「受け入れがたい出来事かもしれませんが、今までの魔法使いはほとんどの人たちが親からの遺伝によって魔法が使えていました。しかし、近年になって魔法使いのいない家系の人間が突然魔法が使えるという事例が多発しており、アナタみたいに自覚がない人も珍しくはありません」


 そして、追い打ちをかけるような話をマリアは職員が聞くことになった。


「それと誠に申し上げにくい話なのですが、来月から魔法使いの隔離が実施されることになったので御家族の方にも話を通しておいてください。隔離に関する詳細を纏めたパンフレットをお渡しします」


 そんなこともあってマリアはこうして隔離地域で診療所を営むことになったのである。


「その日を境に私は勤めていた病院を辞めることになり、この隔離地域に来たというわけだ。夫とも離婚することになり、娘の親権も持っていかれた。だが当時、ここで医者は私しかいなかったこともあって休む間もなく患者が押し掛けてきたおかげそのショックから立ち直るまで時間はかからなかった。医療品が足りないということもあったが、隔離地域の外へ買い出しに出てくれる人がいてくれたおかげで何とか回すことができ、その時の医者としての功績を称えられてか今ではこの隔離地域を仕切る立場になってしまったわけだ」


 時は現在に戻ってマリアはミトに自身の昔話を話し終えると、時計は既に12時を少し過ぎていた。


「おっと、昼食の時間だ! ついでに君の帽子を探しに行くとしよう」


 マリアはそう言ってミトと一緒に診療所を出た。

ミトにとって隔離地域の街並みは未知の世界そのものだ。日本であるはずなのにヨーロッパ方面に近い異国情緒あふれる街並みが広がっている。


 マリアの案内でそんな通りを歩きまわり、出店で売られているサンドイッチを食べ、ウィザードハットを仕立ててくれる帽子屋でミトのウィザードハットを発注し終わるころには既に日が西に傾いていた。


 検問所前までマリアにエスコートされながらミトは自分の中で思った隔離地域のことをマリアに話す。


「隔離地域って怖いイメージを浮かばせる呼び方ですけど、実際に歩いてみると違いますね。ちょっとした観光地を歩いている感じでした」


ミトがそう言うとマリアはこう言った。


「まあ、ここを作り上げる際に知り合いのコネをいくつか使ったというのもあるからな。建築材料や物流に技術を提供してくれる民間の後援者がいてくれたおかげで成り立っている」


 そんな話をしていると、検問所から入ってくるカイトが見えた。


「マリア先生! それにミトも!」


こちらに気づいたカイトは2人に右手を振って駆け寄ってきた。


「カイト、警戒レベル3の話は聞いたか?」


 マリアはカイトにそう尋ねるとカイトは「はい、仕事中に聞きました」と答える。ここで警戒レベルについて気になったミトがマリアに尋ねる。


「警戒レベルって何に対する警戒なんですか?」


 ミトの質問に対してマリアは困った顔で答えた。


「ここ最近、隔離地域の外に出ている魔法使いが行方不明になる事件が多発していてな。ここの隔離地域でも3人も行方不明になっている。警察が探してくれてはいるが手掛かりのひとつも見つかっていない。だからそう言った事がこれ以上起こらないようにするために隔離地域の外に出る際の制限を出している」


 ここでカイトはバックから白と黄色のチェック柄の包装紙に包まれた小包とメモを取り出してミトにこんなことを頼んだ。


「そうだミト、明日これをこの人に届けてくれる?」

 ミトは荷物を見て「これは?」と尋ねるとカイトは「お見舞いの品、僕の姉が隔離地域の外の病院に入院していて明日お見舞いに行くはずだったんだけど、警戒レベル3が発令されて行けなくなったから・・・・・・ダメかな?」とミトに頼むのをためらうが、ミトはカイトに借りがあったこともあって「ううん、困ったときはお互い様だもの」と言って引き受けた。


 翌日、ミトは市内にある病院に向かった。カイトから荷物と一緒に渡されたメモに書かれた名前と病室を探す。


「えーっと・・・・・・203号室はと・・・・・・」


 少しの間、院内を歩き回ってようやく探していた病室についたミトはドアをコンコンと2回ノックすると中から女性の声で「どうぞ」と帰ってくる。


 ミトは「失礼します」と言って中に入ると病衣姿の黒髪ロングヘアの女性が上半身を起こして本を読んでいた。


「大空 マイさんですね? 弟さんに頼まれて来た支院 ミトです」


 ミトはカイトの姉である女性に自己紹介をすると、マイは読書を止めてミトに興味を持つ。


「あら? カイトの魔法使いのお友達?」


 ミトのことを魔法使いと勘違いしてそう尋ねるマイにミトは「いいえ、私は魔法使いではないです。弟さんとも自殺を考えていた時に知り合ったもので・・・・・・」と答えると、詳しいことを知りたくなったマイは「詳しく話してくれる?」とミトにお願いする。


「いまだに自分の進路が決まらないのに親からの圧は大きくなるばかり・・・・・・周りには相談に乗ってくれる友達もいなくて、もう嫌になってビルから飛び降りようと思ったら弟さんの箒に乗せられて雲の上まで連れて行ってもらったんです・・・・・・そこで見た景色を見ていたら、もう少しだけ頑張ってみようって思ったんです」


 それを聞いたマイは自身の左にある棚の引き出しからあるパンフレットを取り出した。


「・・・・・・これも何かの縁だとするなら、これを目指すのもありなのでは?」


マイはそう言ってミトに取り出したパンフレットを渡す。


 ミトはマイから受け取ったパンフレットの表紙に目をやる。


「隔離地域調査員の募集案内? 魔法使いとの共存が可能だと思えるアナタに・・・・・・」


表紙を読み上げるミトに対し、マイはミトにこう言った。


「魔法使いの弟を持つ私だからこそ考えたの。例え恐怖と言う壁があってもお互いに理解しあえば歩み寄ることができると思うの」


 そして、マイは窓の外に見える入道雲の浮かぶ空を見ながら続ける。


「人生は喜びと後悔の繰り返しで出来ている・・・・・・時として入道雲に囲まれた空に迷い込んだように、どこへ進めばいいのか? その先に何があるのか? わからないことだらけで進むのを躊躇ってしまう。だけど、勇気を出して前に進めば後悔することはあっても、それ以上の喜びを必ず得ることができる。どんなに頼りない道標でも進む先が見えたなら進むだけだよ」


 マイに人生に迷っていた自分の背中を押されたような気がしたミトはパンフレットを持ったまま帰宅した。


 そしてその日の夜、自宅のリビングでミトは両親と3人で話をしていた。


「もっと役に立つ仕事だってあるでしょう? アナタは魔法使いじゃないんだから!」


 母親はそう言ってパンフレットをテーブルの上に投げ捨てるように置く。


「母さんの言うとおりだ。何か大きな理由でもあるのか?」


 父親も追い打ちをかけるようにミトにそう言うが、ここでミトは自分の進む道の重要性を両親に伝えるために反撃に出た。


「もしこの家で私だけが魔法使いで隔離地域にひとりで移ることになったらお母さんたちはどうするの?」


 突然、自分たちの娘がとんでもないことを言いだしたことに2人の顔色が悪くなる。


「そっ・・・・・・そうなったとしても隔離地域まで会いに行くわよ」


 母親は戸惑いながらもそう言うがミトは「隔離地域の出入りには血縁者以外の魔法使いの許可をもらった通行証がいるってことを知ってて言ってる?」と聞くと母親は「え?」と間の抜けた声をだす。


「この調査員の仕事はそう言った規制見直しのデータを取ってそう言った人たちが気軽に魔法使いになってしまった身内に会いに行けるようにするためでもあるの。本来なら首都圏にあるものすごく偏差値の高い大学に入れないとダメだけど、通行証を持っている人なら一般大学でも募集することができる!」


 ミトはそう言ってマリアからもらった通行証を両親に見せてマリアのことを少し話した。


「私は最近知り合った隔離地域で診療所をやってる魔法使いから助手になる代わりにもらった。その人は元々人間だったけど魔法使いだと解ってから家族と離れ離れになってしまった。そう言った悲しいことが起こらないようにするためにも、私は隔離地域の調査員になりたい!」


 そこまで言われたこともあって父親はどこか納得したのか。


「世の中、自分がやりたくないことをやって生きている人間だっている。自分から進んでやりたいのなら・・・・・・悔いのないようにやりなさい」


父親の一言でミトは隔離地域の調査員を目指すことになった。

 翌日、マリアの診療所でミトはマリアから借りた大量の教本を広げて勉強していた。


「とりあえず私が高校時代に使っていた教本はこれで全部だな。これに並行して魔法に関する知識もいくつか教えよう」


 こうして、ミトはマリアの下で助手をしながら本格的に色々なことを学ぶことになった。


 夕方になってカイトと隔離地域の通りを歩いていた時のこと・・・・・・


「へえ、隔離地域の調査員か・・・・・・魔法使いを怖がらないミトなら向いて・・・・・・」


 そう言いかけたカイトの携帯に着信が入った。カイトはポケットから携帯を取り出して着信に出る。


「もしもし・・・・・・え!? 姉さんが!」


 カイトは突然驚いた様子で「うん・・・・・・解った! すぐにそっちへ行く!」と通話口に行って箒に跨る。


「姉さんの容態が急変した! 今から病院に行ってくる!」


 ミトはマイのおかげで決まらなかった進路が決まったこともあり「私も行く!」と言うとカイトは「じゃあ乗って!」と言ってミトを後ろに乗せて空に飛び立った。


 病院についたカイトたちは急いで中に入ると、カイトの両親が不安そうな顔で手術中のランプが点いた手術室の前にいた。


 カイトは両親に「姉さんは?」と尋ねると、母親が「まだ中にいるの。朝はすごく元気だったのに・・・・・・」と心配した様子でカイトに言うと、ミトに気づく。


「その子は? 知り合いの魔法使い?」


 ミトはまだカイトの両親に会ったことがなかったこともあり、自己紹介を始める。


「隔離地域の調査員を目指している支院 ミトです。マイさんにお礼を言いたいことがあったので一緒に来ました」


 自己紹介が済んでからもまだ手術中のランプが消える気配はなく。手術室前に未だに緊張が流れていた。


 数時間の沈黙と緊張が流れる中、ミトは睡魔に襲われている際にカイトが「ちょっと自販機で飲み物買ってくる」と言ってその場を離れる。


 それから約10分が経って、手術中のランプが消えて麻酔が効いている状態のマイがストレッチャーに乗せられて出てきた。


「手術は成功しましたが・・・・・・予断は許せない状態です。以前にもお話ししましたが・・・・・・」


 そんな話がされている中、ミトはカイトが戻ってこないことに気づいた。

最寄りの自販機の方へ行くがカイトの姿は無く・・・・・・床に未開封の缶ジュースが転がっている。ここでミトの頭に最悪の予想が浮かんだ。


 場所は変わり、マリアの診療所にて・・・・・・

ジリリリン! と診察室にある黒電話が鳴り、マリアは受話器を取って「もしもし?」と出るとミトが慌てた様子でマリアにこう言った。


「マリア先生大変です! カイトが病院で姿を消しました!」


 それを聞いたマリアは「なんだと! それはいつだ?」とミトに尋ねる。


「たった今です! ジュースを買いに行くと言ってなかなか戻ってこないから自販機の方へ見に行ったら未開封の缶ジュースが床に転がってて・・・・・・」


 それを聞いたマリアは「そこにいろ。私の使い魔を送るカイトの体臭を覚えているから追跡してくれるから一緒に動いてくれ。私は当局へ通報する」と言って受話器を置いた。


 ミトは公衆電話の受話器を戻して振り向くと、マリアの使い魔であるあの黒犬が座っていた。


「送るって言ったけど速すぎない?」


 ミトは驚きながらも「カイトを探せる?」黒犬に尋ねると黒犬はスンスンと鼻をひくつかせながらある場所へ向かった。


 黒犬の後についていくと病院の中庭で、ドクターヘリでも飛んでいるのか? バタバタとヘリコプターのプロペラが回転する音が聞こえる。


 黒犬が屋上へつながる非常階段を上っていくのを見てミトも後に続く。

屋上のヘリポートにつくと、そこにはドクターヘリではなく軍用の輸送ヘリが停まっていた。


 どうやら荷積みをしている最中のようでその中で2人組の男がカイトの両腕を掴んで引きずるようにヘリの中へ入っていくのが見える。


 ミトは黒犬に「あなたはここにいて」と言って積む前の荷台付きのコンテナの影に隠れるようにヘリへ近づいた。


 軍服を着た男が「これで最後か?」と言いながら押しているコンテナの死角になっている部分に飛びついてヘリの中へ入った。


 軍服を着た男がその場からいなくなり、人の気配がしなくなったため、ミトはコンテナの影から辺りの様子を確認する。


 すると、プロペラの回転速度が上がる音が聞こえ、機体が上昇し始めたのを感じた。


そう・・・・・・ヘリコプターが離陸したのである。

 小窓から地上から離れていくのが見え、もう後戻りはできないと不安が掻き立てられるが、カイトなら空を飛べるので大丈夫だろうという打算的な考えからそんな不安もすぐに消えた。


 そっとコンテナの影から周りを確認すると、機体の壁に貼り付けるように鎖で繋がれたウィザードハットを被っていないカイトがいた。


 ミトはカイトの元へ駆け寄り、鎖を外そうするがしっかり施錠されているせいで素手では外せそうもない。


 鎖をガチャガチャされた際に体を揺らされて目を覚ましたカイトが「うん? ミト?」と目を覚ます。


 さっきまで病院にいたはずが覚えのない場所で拘束されていることに「ここどこ? さっきまで病院にいたよね?」とミトに尋ねる。


「ヘリコプターの中・・・・・・軍人さんみたいな人たちがカイトを連れて行くのを見つけたの。それよりもこれを外さないと!」


 カイトは自分の荷物が盗られていないことに気づいてミトにこう言った。


「ミト! 僕のバックの中に水銀みたいのが入った小瓶があるからそれを鎖にかけて!」


 ミトは言われた通り、カイトの背負っているバックから水銀のような液体が入った小瓶を取り出して鎖にかけた。


「金属アメーバ・・・・・・触れた金属の硬度を大きく下げて液状にしてしまう魔法生物で乾燥すると消滅し、干渉していた金属の硬度を戻す。魔法使いが金属加工で使用するもの」


 カイトは小瓶の中身を説明すると、人間の力ではちぎれない鎖が液状になってカイトは拘束から逃れた。


 手枷と足枷まで金属アメーバによって外すことができ、カイトはミトに「ありがとう」と礼を言っていざ脱出と行こうとしたその時・・・・・・


 コックピット側の方から軍服を着た男たちが現れその中の指揮官と思しき偉そうな態度の男が「あきらめろ! 逃げ場はないぞ!」とミトたちに警告した。


「魔法使い管理局は魔法使いに権利を与えようとしているが、そんな必要はない! 魔法使いはいなくなり、最後には我々人間が残る! そうすれば魔法使いに怯える人々もいなくなる!」


 男がそう言うと貨物室の扉が開き、外の風が流れ込んでくる。


「いっそのこと自分たちから消えるか? 箒が無くては空も飛べないのだろう?」


 男の言う通り、今のカイトは箒を持っていないため、いつものように空を飛ぶことができない。


 ミトに関しては魔法も使えないただの人間だ。今の2人に逃げ場はないように見えた。

だが、カイトは小声でミトにこう言った。


「ミト、前にどうして僕たち魔法使いは箒を使って空を飛ぶのかって話をしたよね?」


 急な話にミトは「え?」と驚いていると、カイトは左手でギュッとミトの右手を握った。

何か考えがあるのだろうと思ったミトはつないでいる手で握り返した。


 カイトは右手をバックの中に入れてミトと一緒にゆっくり後ろに下がる。


「おふざけはここまでだ! 扉を閉めろ! それと麻酔銃を持ってこい!」


男はそう指示を出すと、貨物室の扉が閉まり始めた。

 カイトはバックの中に入れていた右手を抜くと、カミナリグモが入ったガラス瓶が握られており、それを前に向かって投げつけてミトの手を引きながらまだ開いている貨物室の扉に向かって走り出した。


 投げつけた瓶は機体の壁にぶつかってガシャン! と音を立てて割れた。

そして、瓶の中にいたカミナリグモが機体の壁に接触したその時、ビリビリビリビリ! と突如放電し、近くにいた男たちは感電して「ぎゃああああっ!」と悲鳴を上げる。


 放電の影響が制御を失ったヘリコプターは機体大きく回転させながら落下し始め、偉そうな態度を取っていた男はパイロットに対し「機体を立て直せ!」叫び、パイロットもそれに応えるように操縦桿に力を込めて何とか制御を取り戻した。


 放電の影響から回復し、機体の回転も止まってようやく制御を取り戻したことにパイロットと男はホッと胸を撫で下ろして再び前を見ると、夜明けと言うこともあって朝日に照らされる入道雲の沸き立つ夏空と箒の上に仁王立ちで立ちはだかるマリアの姿が見えた。


「やれやれ、ミトには勉強を教えるだけでは返しきれない借りが出来てしまったな」


 マリアはミトに感謝してから両手を正面でパンッと音を立てて合わせてグリッと左手の指先を回転させながら下に向けた。


「来い・・・・・・白鯨!」


 マリアはそう叫ぶと自身の後ろにある入道雲の中から自身に向かって飛んでくる数倍ものサイズの白鯨が「クオオオオオォォォォォォン!」鳴き声を上げながら出てきた。


 白鯨はそのまま大きく口を開けてヘリコプターに向かって空を泳ぐように迫り、ヘリコプターに乗っていた男たちは「うわあああぁぁぁぁぁ!」と悲鳴を上げながら機体もろともパクリと白鯨に飲み込まれた。


 一方、ヘリコプターから飛び降りたミトとカイトはそのまま眼下に広がる街へと落ちていた。


「ミト! なるべく姿勢をまっすぐにして!」


 カイトはミトにそう言いながら抱き着いた。

だが、速度は変わることなくどんどん地上が自分たちに迫ってくる。


 このままでは地面に衝突して助からない!

だが、カイトは諦める様子もなく「上がれええええぇぇぇぇぇぇ!」と叫ぶと落下速度が遅くなり、浮遊感を感じ始めた。


 未だに恐怖で目を瞑っているミトにカイトは「ミト、見て! 朝日がすごく綺麗だよ!」と言うと、ミトは恐る恐る目を開けた。


 ミトが見たのは海の水平線に浮かぶ真っ赤な朝日と赤からオレンジそしてオレンジから青へと変わっていくグラデーションの中に沸き立つ入道雲の群れだった。


 そんな絶景に感動したミトは「わぁ!」と驚きの声を上げる。

景色に感動していたミトだったが、徐々に高度が下がっていることに気づき、カイトに「ねえ、なんか高度下がってない?」と尋ねると、カイトは顔色を悪くして「ごめん、流石に箒以外をバランス棒にしたことがないから操作がうまくいかないんだ」と答えた。


 そんな2人を助けるように箒に跨ったマリアが2人のところに来て声をかける。


「2人とも! 白鯨の上に乗れ! 浜の方で当局の人たちが待ってるからそこまで行くぞ!」


 ミトはマリアの出した使い魔である白鯨の迫力に驚きながらもその背中に乗り、マリアと共に浜へと向かった。


 浜には大勢の警察官とパトカー、そして魔法使い管理局の局員たちがおり、3人はその場で事情聴取を受け、マリアの白鯨の中にいたカイトを攫った男たちは警察官に身柄を拘束された。


 それから数日後の朝のこと、ミトは自宅のリビングで出かける支度をしているとテレビでこんなニュースが流れていた。


「最近発生していた魔法使いが行方不明になる事件に進展がありました。防衛省の一部が私用で隔離地域の外に出ている魔法使いを誘拐していたとのことで、魔法使い管理局は防衛省に対し、越権行為と批判し、被害者親族への賠償請求! 防衛省は監督不行きを認め、被害者遺族への賠償を行うとのこと・・・・・・」


 そんなニュースを聞きながらミトは「行ってきまーす!」と言って自宅を出て隔離地域に向かった。


 隔離地域にある広場にて・・・・・・

カイトは新調したウィザードハットを被って広場につくと、そこへ白のウサギの顔を模したバッジを付けた赤のウィザードハットを被ったミトが現れ「お待たせ!」とカイトに声をかけた。


 カイトは箒に跨ってミトを後ろに乗せて「今日はカミナリグモの採取の見学でいいんだよね」と今日の予定を確認する。


 ミトは「うん、今日はよろしくね!」と言って箒に座った状態でカイトに捕まると、カイトは地面を蹴って上昇した。


 初めて箒に乗せてくれた時と同じように海の上を飛んでいた。

空の景色は常に変わる・・・・・・同じ時間・同じ天気・同じ季節でも同じ空の景色を見れるとは限らない。


 黄金のように輝く太陽と海のように深い空の下、沸き立つ入道雲に囲まれ、その隙間を翔けるように吹く夏の風に吹かれながらミトはその景色を漠然と眺め、後にこう語った。


「人生に迷った私は生きることを止めようとした。でも、目標が見つかって再び生きようと思った・・・・・・だから私は魔法使いと空を飛ぶ。この山のようにそびえ立つ入道雲を超えて、自分の答えを見つけるために・・・・・・」


 こうして投身自殺を考えた少女は今日も魔法使いと空を飛ぶ・・・・・・自身の追い求める答えがそこにあると信じて・・・・・・

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投身自殺を考えた少女は魔法使いと空を飛ぶ。 荒音 ジャック @jack13

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