目覚めー5

 アマネより一回り小さい少女というにはまだ幼さが残る彼女は物陰に身を隠しながら物珍し気に自分をじーっと見つめている。


「ヌイ、お出迎えありがとう」

「……ん」

「紹介しますね。コハクさん、この子が妹のヌイです。ヌイ、前に話したけど、この人がこれからしばらくの間だけど住むことになったコハクさん」

「紹介に預かったコハクだ。よろしく頼む」


 上から見下ろされては怖いだろうと思い、屈んでその気だるげな目を合わせると瞬間、ピクリ反応したかと思えば、すぐさま部屋の奥へと消えてしまった。聞いてはいたが、仲良くなるには骨が折れそうだ。


「……行ってしまったか」

(こうなることは想定していたが……中々堪えるものがあるな)


「すみません」

「いいんだ。見知らぬ大人というのは、子供にとって怖いもんだ」


 不安そうに眉を八の字にしているアマネにそう言って、彼女を安心させるように微笑みながら「だから」と言葉を続ける。


「これから知ってもらえばいい。自分の事を、少しずつ」

「…そうですね!」

「とは言ったものの、自分はまだこの村のことも、村の人たちのことも、君達のことも知らないのだがな」

「お互いに少しずつ、ですね」

「そうだな」


 そこで一旦話を区切り、支えてもらいながら居間に着く。適当な場所に座り一息つくと、アマネが夕食の支度をし始めた。


「ゆっくり寛いでくださいね」

「ああ」

「今日の夕餉はシノリカのお肉を煮詰めたものです。他にも山菜など用意してあるので腕によりをかけて作ります!」

「楽しみにしている」


 言われた通り寛いでいると奥の方でガタガタッと物音がしたのでそちらに顔を向けると、扉に隠れているヌイがいた。チラッと自分を見ると目が合うと、サッと隠れてしまう。その一連の警戒しているのか興味があるのか分からない行動に何だか可愛らしいなと思いながら夕食を待つ。待っている間暇なので、ここら辺の事を聞こうとアマネに話しかけた。


「それにしても、いつの間にか吹雪が降り始めてきたな。いつもそうなのか?」

「はい。ここは雪が降りやすく、日が傾きやすいので家で過ごすことが多いんです。ですから、ある程度の蓄えをしながら生活しているんです」

「なるほど」

「その蓄えもあまり多くはないのですが……」

「なにかあるのか?」

「実は、この周辺を治めているセキノツという國にその月の半分以上の蓄えを納めるよう言われているんです」

「……納税か。だが、ここの村は見た限りではあるが余り裕福とは言えないと思うが…」

「はい。最近は更に納める量も増えてきていまして、このままだと納めることも難しくなってしまいます」

「そこまで増やすものでもないだろうに」

「それでも、私たちには納めるしかないので」


 何か言ってやりたいが、未だ部外者に等しい自分の言葉では慰めにも一時の気休めにもならないだろう。それが解っているから何も言えない自分がもどかしくなる。


「……っと夕餉が出来ました。今、そちらに運びますね」


 話を終わらせるように話題を夕食に変えたので、自分もその話題に乗っかる。


「これは、美味しそうだ」

「味は保証しますので、安心して食べてくださいね」


 そう言って、食卓に少し豪華な料理が並べられた。その香りに釣れられたのか、隠れていたヌイが眼を輝かせ開いた口から涎が出ていることを気にした素振りを見せること無く行儀良く座る。時折、ソワソワと身体を左右に動かしているがよほど食べたいのだろう。


「…ヌイ?まだお祈りしてないから、食べちゃ駄目だからね」

「ん!我慢する」

「お祈り?」

「自然の恵みを与えてくれるこの大地に感謝をするお祈りです。古くからこの地に根付いている儀式……のようなものです」

「おねぇちゃん、早く」

「もう、せっかちなんだから」


 ヌイの急かす声にアマネは咳払いをする。背筋を正し胸に近い位置で手を組み、目を閉じた。


「雄大なる自然よ、母なる大地よ。我らに恵みを与えたもう偉大なる山の神ケクル・カムリよ。今日も変わらぬ時を過ごせる事に感謝を」


 そこまで言い切ると、少し間をおいて


「深く喜び、ありがたくいただきます」


 とお祈りを締めくくった。瞬間、アマネの隣にいるヌイが目にも留まらぬ速さで口に料理を突っ込んでいる。余りの速さに唖然としていたがその光景が当たり前なのかアマネは黙々と料理を口に運んでいる。それに見習い、自分も料理を口に運んだ。


「――美味い」

「お口に合って良かったです」


 この美味さを言語化して説明できるような言葉が思い浮かばない自分が恨めしくなる程に。自然と食べる手が早くなる。アマネの隣でさっきまで食事を口に頬張るだけ口に運んでいたヌイが喉を詰まらせてしまい、気付いたアマネがそっと背中をさすりながらヌイに水を飲ませた。


「食べ物は逃げないからゆっくり食べなさいっていつも言ってるでしょ?」

「……美味しいから」

「美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど、ヌイはお姉ちゃんとの約束は守れないの?」

「ん。これから気を付ける」

「本当?約束守れる?」

「…約束する」

「ならいいの」


 そんな姉妹の和やかな雰囲気を感じていると、何やらヌイがじー-っとまるで捕食者の目で自分のまだ食べている料理を見てきた。自身の分を食べ終えた彼女はまだ、お腹が空いているのだろう。


「まだ、腹が減ってるのか?」

「!!っ……ん」

「もし良かったらなんだが、半分いるか?」

「…いいの?」

「ああ。自分はもう腹がいっぱいで食べれそうにないからな」

「………ありがと」

「どういたしまして」


 なんとかヌイと話すことが出来て安堵した。嫌われているわけではなさそうだ。もっとも、それが自分の勘違いであるならば別だが。


「あの、コハクさん」

「ん?」

「ありがとうございます。あの子も喜んでいました」

「そりゃ、良かった」

「それとですね、ここでは気を遣わなくていいんですよ?」


(バレていたか……)

「そうか。自分なりに接していたつもりだったが……」

「不快に思ってしまったのなら謝ります」

「いや、此方こそすまなかった。ここに住むとなっているのに一人だけずっと堅苦しいままでは息も詰まるというものだ」

「ではっ!」

「いつまで経ってもよそよそしくてはいかんからな。改めて、よろしく頼む」

「ふふ、頼まれました!」






 ・ ・ ・ ・




 食事を食べ終わり、片づけを手伝いながら暫くしてヌイがコクコクと舟をこいでいたので、寝床に入ることになった。アマネは休んでいて良いと言っていたが自分が手伝いたいという趣旨を伝えたところ渋々だが了承、布団を敷いていく。その途中で先にヌイが寝てしまい、彼女を寝かすことになった。


「余分に布団があってよかったです」

「ああ、まったくだ。最悪、そのまま床に寝ることになるところだった」

「夜は更けますから、暖かくしないと死に至るまではいかないですけど、それでも身体の節々に激痛が走ったりしますから」

「……想像しただけで背筋が凍る」

「では、そろそろ寝ましょうか?」

「そうだな。寝るとしよう」


 たった一日だけだが、凄く濃厚なものになった。これからのことに不安に思うことや記憶を失ったことによる負い目はある。ただ、それ以上に何とかなるとなぜだか思うのだ。病も気からという言葉もあるくらいだ、気楽に行こう。


(当分の目標は恩をできるだけ早く返すことだな)

「さてと、明日のことは明日の自分に任せるとするかね」


 瞼をそっと閉じ、微睡みへと誘われていった。

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