目覚めー4

 ガルフ達に何かを言い終えると、此方に近づいてくる。心なしか、ガルフ達が申し訳なさそうにしているように見えた。

 男は、眉間に皺を寄せて口を開いた。腰を下ろし、目線が合う。綺麗なみどり色の瞳が見えた。


「…彼らが、困らせた……申し訳ない」

「いや、驚いただけで何かされた訳ではないからな。だから、謝らなくていいさ」

「ムッ……感謝する」


(感謝される事を言ったわけでもないんだがな…)

「ああ……」


 口元を歪め、笑みを作ったかと思えば、すぐに口を横一文字に閉じ何やら考え込んでいる。話しかけられない雰囲気に困っていると、アマネが助け舟を出してくれた。


「ええと、コハクさん。この人が貴方をこの村まで運んでくださったムーさんです。運ぶのがあと少しでも遅かったら死んでいたかもしれないってリーアスさんがおしゃっていたほどに危険だったんですよ」

「そうだったのか。ありがとう、あんたのおかげで自分は今を生きていられている」

「……礼など…不要だ。無事なら、それでいい」

「ムーさん、コハクさんは今日からここの住人になるので、これから色々とここの事を教えていきましょうね」

「……ああ、勿論だ」

「教えてくれるのはありがたいが過度な期待は止めてくれ、緊張で押しつぶされてしまうからな」


 自分の言葉に、アマネは楽し気に、ムーは静かに笑った。穏やかな雰囲気が辺りを包んだ。

「そうだ」と自分は疑問に思ったことを二人に話す。


(まるで、ムーの言葉を理解しているように見えたが……)

「さっき、そのガルフ達に何か話していただろう?理解を示しているように見えたのだが、意思疎通が出来るものなのか……?」

「いえ、彼らと意思疎通が出来るのはムーさんしかいません」


(ムーにしかできないだって……一体どういうことなんだ?)

「……ムーにしか?」


 自分の疑問にアマネは頷き、その理由について説明し始めた。


「はい。ムーさんは山の意志ケクル・ティという特異なモノを生まれつき持っていまして、獣や自然と同調したり、意思疎通ができるんです」

山の意志ケクル・ティ?」

山の意志ケクル・ティは言葉の通り〝山の意志でありその体現者˝。ここの山の縄張りの主である山の神ケクル・カムリと対等な存在です。故に、ヒトと自然を繋ぐ鎖の様な存在です」

「……山の神ケクル・カムリは、彼らの親…」


 ムーはそう言ってガルフを撫でた。その顔は優しく、どこか儚げな笑みを浮かべている。アマネは悲し気な顔をして、ムーを見つめ、こちらに振り替える頃には悲し気な顔は笑みを作っていた。


「つまりですね、ムーさんは物凄いヒトなんです。私の説明で少しでも伝わっていると良いんですけど……」

「ああ、十分に伝わっているさ。自然を大事にし、ガルフ達を敬愛してる少し無口で心優しい漢だってことがね」

「本当ですか!嬉しいです。ね、ムーさん!」

「……ぁぁ」


 自分とアマネのべた褒めに余り褒められ慣れていなくたじろいでいるのか、はたまた、恥ずかしがっているのか少し朱に染めた頬で小声で同意をするムーにアマネが更に褒めていると、ガルフがムーの袖をクイックイッと引っ張った。


「……時間か」

「時間?何か、あるのか?」

「ムーさんは毎日、この村周辺の見回りをされているんですよ」

「……ああ……彼らと、共にな」

「そっか。久しぶりに、ムーさんとこんなに長く話をしたから、気付かなかったや」

「…そう、だったか」

「そうですよ」

「ムッ……行って、くる」

「ええ、行ってらっしゃい。気を付けて」


 そう言って、ムーを見送ったアマネ。所々口調が崩れていたが、あれが本来の彼女の喋り方なのだろう。楽しげに話す彼女に見ているこっちも自然と笑みが零れた。


「では、私たちも帰りましょうか。歩けますか?」

「十分休めたからな、大丈夫だ」

「行きましょうか」

「ああ」


 またアマネに支えてもらいながら、結構、歩いてきたのだと思いながら景色を見ていると突然、「あっ」とアマネが声を上げた。


「実は、当分は貴方の面倒を見てくれと頼まれていまして……それで、その…」

「言いにくい事なら、無理に言わなくていいだぞ?」


 何やら、言いにくそうにしているアマネにそう言うと


「その、ですね。『今は空き家がなく、診療所もいつも空いているわけではないから暫くはアマネの家で暮らしなさい』と長がですね…」

(ああ、なるほど)


 合点がいった。確かに、素性がわからない男と一緒にいても、アマネからしたら気分のいい話ではないだろう。それに、アマネの家族にも多大な迷惑をかけてしまう。


「自分がいると、迷惑になるだろう?今からでも遅くはないかもしれん。ここはモルネアさんに話して……」

「迷惑じゃ、ないです!!」

「……そう、か?」

「あっ……す、すいません。急に大きな声を出してしまって」

「いいんだ。自分も知らぬ間に、意地の悪いことを言ってしまったらしい」

「コハクさんは何も…」


(そんな顔をさせたくはなかったんだがな……)


 女の子を困らせてはいけないと心に決めていたんだが……いかんな、自分はまた、困らせてしまったのか。また、どやされてしまう。


「はい!これから、よろしくお願いします!」

「こちらからもよろしく頼む」


 それからアマネの家にたどり着く道中、自分はアマネの他に家族はいるのか聞いた。見知らぬ男性とこれから住むことになるんだ、いろいろと不安になるだろう。


「母は早くに亡くしました。父は少し前に。今は妹と二人で住まわせて貰っています。そ、その妹の事なんですが……少し……と言うより極度の人見知りでして。もしかしたら、不快な思いをされるかもしれません」

「自分はそのくらいで不快に思う事は無いさ、安心してくれ」

「そうですか?なら、良かったです」

「その子の名前は?」

「ヌイって言うんです、とっても優しくて素直ないい子なんです。ですから、きっと仲良くなれますよ」

「それは、頑張らないとな」

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