目覚めー3

 雪が降り積もる緩やかな坂をゆったりと歩く。そこでふとアマネの耳に目がいった。人の耳にしては尖っている。俗に言うエルフ耳と言うやつだ。今更になって気付いたのだがコスプレなのだろうか?しかし、ピコピコと僅かに動くその耳はコスプレにしても少し不自然だと感じてしまう。そんな光景を見ている内に、触りたいという欲求と触れては駄目だと思う理性とが頭の中で揺れ動いていた。


「今日はいい天気ですねぇ」

(コスプレ…にしては自然すぎる。まさか、本物なのか?)


「どうしました?まだどこか痛むんですか?」

「いや、なんでもない」

(まさか、な……)


「……ならいいんですけど」

「それにしても、支えてくれるのはいいが、そのままとなると疲れるだろ?」

「そんな事ないですよ。それに、私は見た目程か弱くありませんので」

「そうか、ならいいんだが……」


 チラッとまた盗み見る。ピコピコと耳が動く。触りたくてウズウズする。見まいと顔を背けるが、チラッとまた見る、耳が動く、触りたくなるのを何回か繰り返した時。ついに、好奇心に勝てずそっと彼女の耳を優しく触れる。


「ひゃぁぁ……いやッ!」


 ビクンッ!と体全体が震え、顔を赤く染め蕩けきった顔をしたかと思えば、軽く自分を突き飛ばした。


「……あっ!大丈夫ですか!?」


 受け身が取れず、思わず尻もちを着いてしまう。ハッと我に返ったアマネが慌てて近寄ってくるのを見て意地の悪い笑みを浮かべる。


「確かに、見た目程か弱くはないな」

「もう!急に女の子の耳を触るからですよ!」

「…本物だったんだな」

「なに…言ってるんですか?」

「うん?いや、深い意味は無いんだ。忘れてくれ」

「そう、ですか?」


 戸惑いながら自分を見つめるアマネ。咄嗟にでた言葉で誤魔化し、服に着いた汚れを手では叩いて落としながら立ち上がり、再び歩き出したが、気まずい空気に耐えられなくなり、謝罪する。


(まさか、付け耳なのではなく本物の耳とはな……。うーむ、不思議な事もあるもんだな)

「……その、だな。急に触って悪かった」

「もういいです。ですが、特に女性にはさっきと同じことをしないでくださいね?」

「や、約束する。もう触らない、絶対だ」

「ならいいんですけど。ただ…」

「ただ?」

「……いえ、なんでもありません」


 自身の耳を触っているアマネがなにか言いかけたのか気になるが、触らぬ神に祟りなし。これ以上詮索するのはやめておこう。ゆっくりと坂を降りているとアマネが息を深く吐いた。


(細身とは言え、大人を一人で支えているんだ。そりゃ疲れても仕方がないか…)

「アマネ、そろそろ休もうか」

「お疲れでしたか?」

「いや、自分はこの通りピンピンしてる。アマネの方が疲れているんじゃないかと思ってな」

「私はまだまだ大丈夫です」

「辛くなったら言うんだぞ?」

「はい!」

(ただの勘だが、自分が言わんと休まないぞ。となると、ここいらで何処か一息つきたいもんだが……)


 休めるような場所を探していると遠くからアマネを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーうい!!」

「オロスさん」

「アマネ!………っと誰だ、あんた?」

(何だ?この感覚…まるで自分を通して別の何かを見ているような……)


「このヒトはこの前の」

「…うん?………ああ!」


 訝し気にこちらを見ていた男は少し考えた後、思い出したかのように手を叩いて大きな声を上げた。


「いやー忘れちまってたぜ。兄ちゃんが大きな怪我で運ばれてきったていう?」

「そうですよ」

「そうかそうか、俺はオロスっつうんだ。よろしくな!」

「こちらこそよろしくお願いします、オロスさん」

「おう!」

「オロスさん、仕事は終わったんですか?」

「おうさ…と言いてぇとこだが腹が減っちまって仕事になんねえよ」


 ガッハッハッと豪快に笑うオロスさんに呆れ顔でため息を吐くアマネ。オロスさんは斧を肩に担ぎながら、片手で腹を擦る。アマネは呆れた様にため息を吐き、自分は苦笑い浮かべた。すると、遠くの方から誰かがこちらに向かって歩いてきている。その姿を見たオロスさんの頬は引きつっていた。


「真面目にやっているのかと思って来てみたら、アンタ!!また仕事サボって何してるんだい!」

「げぇ、母ちゃん!」

「リーアスさん」

「おや、アマネじゃないか。ちゃんとあたしが言った事を守ってるかい?」

「はい!」

「ならばよろしい。ところで、どこに行こうってんだい?」

「ちょ、ちょいと休憩しようと……」


 そっと逃げようとしていたオロスさんは引き止められると顔を引き攣らせそっと顔をそむける。そんな態度に女性はにこやかに、しかし額に青筋を浮かべ、肩を振るわせながら思い切りオロスさんの耳を引っ張った。


「いっっででででで!!!痛てぇよ!母ちゃん!」

「あんたがちゃんと仕事してれば、アタシもこんな事する必要はないんだよ!」

「そ、そんな事言ったってよォ」

「あ”?」

「なんでも…ナイデス」


 凄まれてカタコトになるオロスさんを見ながら、この女性を怒らせるのはやめておこうと思う。鼻を鳴らしながら、乱暴にオロスさんの耳を離した。痛いのか、涙目になりながらオロスさんは耳を擦っている。女性はオロスさんに目もくれず、目を細めて自分を見た。


「あんたがこの前の?あたしはリーアスってんだ。見ての通り隣にいる馬鹿の妻さ」

「ひっでぇよ、母ちゃん!」

「事実を言ったまでさ。それとも、あたしが間違った事でも言ったかい?」

「ぐっ、間違っちゃねぇけどよォ…」

「ならいいじゃないか。それと、本来ならまだ動いていいだなんて口が裂けても言えやしないんだけどね。長に感謝するんだね」

「貴方達には感謝してもしきれないです。リーアスさん、貴女が自分を治療してくれたとアマネから聞きました。改めてありがとうございます」

「…いいさね。元々、アタシが好きでやった事さ」

「んな事言ってェっけど、素直になれないヒトなんだよ。うちの母ちゃんは……」

「言い残すことは、それでいいんだね?」

「いぃぃっっっっでででででででぇぇ!!!」

「さてと、アタシ達はもう行くよ。それにしても、あんなに奥手だったアマネがこんなにも積極的になるなんてねぇ」

「………はえ?」


 リーアスさんはまた乱暴にオロスさんの耳を引っ張り、引きずるように去っていった。オロスさんが可哀そうだと思いながら苦笑いを浮かべてオロス夫妻を見送る。ふと、アマネの方を見ると目をパチパチと瞬きをして、自分の顔と支えてもらっているアマネの肩を交互に見た後に耳まで顔を真っ赤にしている。まるで、湯気が出ているようだ。


「………うぇぇっと…その、あの、ち、違うんです!け、決してそう言うことでは無いんです!」

「どうかしたのか?もう、リーアスさん達はいないが…」

「あぅぅぅ…」


 湯気が出そうなほど赤い顔を手で隠しながら、なにやら唸っている。


(もしや、ひどく疲れてしまったか……なら、早く休まないとな)

「この辺りに休める場所を知ってるか?」

「……は、はい」

「すまんが、案内をお願いしてもいいか?」

「ま、任せてください!」


 その場から離れ、少し歩いた先には付近には小川が流れる場所にたどり着いた。ちょうどいい木にもたれ掛かりながら座る。ふとアマネを見ると、彼女は申し訳なさそうにしていた。


「どこか痛みませんか?」

「いや、少しだけ疲れただけだ」

「私が無理をさせたんじゃ」

「自分の意志で歩いてきたんだ。だから、アマネのせいじゃないさ」

「でも…」

「自分は大丈夫だ。だから、アマネが気に病むことは無いぞ?」

「…分かりました。では、ここでひと休みしたら家に戻りますよ」

「ああ、分かった」


 目を瞑り、ひと息つく。そうするだけで疲れが取れるのを実感した。暫くの間そうしていると、すぐ近くに犬の様な荒い息遣いが聞こえてきたのでそっと目を開けると、そこには視界いっぱいに白い毛を纏った生き物がいた。それは段々と数が増え、自分の腹や肩に埋もれる様に顔を擦り寄せてきた。突然の状況に何が何だか分からず軽くパニック状態に陥った。


「な、何なんだこの生き物は! ?」

「この子達はガルフと言って、私達と生活を共にしているんです。主に狩猟のお供をしたり警備の手伝いなどしてくれる賢くて良い子達なんですよ」

(ほ、本当なのか?信じていいんだろうな!!)


 アマネは近くにいるガルフを優しく撫でながら説明してくれた。その説明を聞き、わちゃわちゃと自分の周りにいる沢山のガルフの一匹を恐る恐る撫でる。すると、勢いを増してこちらにすり寄ってくる。


「なぜ、自分の周りに集まってきているんだ?……これが、普通なのか!?」

「普段ならそんな風にならないんですが、もしかしたらコハクさんは動物に好かれやすい体質なのかもしれませんね」


(まさか、体質の性であの馬鹿でかい熊に襲われたなんて、ないよな?)

「嬉しいような、悲しいような…」


 なんとかして、このもふもふの塊から脱出しようと考えていると突然、周りにいるガルフ達がピタッと動きが止まり去っていった。ほっと息を吐き、去っていった方向を見ると大柄な男がいた。

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