目覚めー2
微かに香る薬品の匂いで目が覚める。何がどうなったか知らないがどうやら助かったらしい。
(ココは……自分ハ、確か)
(馬鹿でかい怪物に……襲われテ…崖カら……落チ…………て)
その後のことを思い出そうとするが、思い出すことが出来ない。意識がハッキリとしない頭では到底状況の整理などできようもなかった。
「ッ――!!」
身体を動かそうとすると電流が走ったような痛みで顔が歪む。
(まダ……痛ムが………動け…ル)
動かす度に痛む身体に鞭を打ちながら壁を背におぼつかない足取りで歩く。外の状況を確かめるべく、出口を目指し歩を進める。
(なン…だ?………痛ミ…が……和らいデ…いる…ノか……?)
先程よりも痛むことのない身体に驚きつつ、外へとでる。
(何処……なンダ?……ココは)
雪が降りしきる。その光景を見ながら息を吐く、吐くたびに白く、そして消えていく。ふと、分厚くうす暗い雲を見やる。どうやら今まで起きた出来事は夢幻の類ではなかったらしい。
(ああ……気持ちノ…いい)
まとまらない頭を穏やかな吹雪が顔にあたりヒンヤリとまるで熱をゆっくり覚ましてくれているかのように。少しの間、このままでいようと立ち止まる。
「あ、あのっ」
ふと、近くから躊躇い気味に困惑した声が聞こえた。そちらの方に顔を向ける。そこに居たのは見知らぬ少女。
「そ、その、まだ動いたらダメですよ。傷口が塞がってませんし、そのままここに居ると本当に危険ですから」
「いや…もウ……大丈夫ダ…」
「大丈夫なわけがないじゃないですか。まだ完治もしていないのに」
「……しかシ」
「心配なんです。貴方の事が」
「だが……色々ト……迷惑になってシ…まう…だロウ?」
「迷惑と思っているのでしたら、どうか安静にしてください」
「…………」
「お願いですから、戻りましょう。倒れないよう私の肩に掴まっていてくださいね」
消え入りそうな少女の言葉に従い肩を借りながらさっきまで寝ていた場所まで戻る。少女はテキパキと自分を寝かせて看病してくれている。
「……すマん」
小さく呟くように口にした謝罪はどうやら少女に届いていたらしい。困ったように眉を下げて、優しい笑みを浮かべていた。
「謝ってほしいわけじゃないです」
「そうカ…」
「謝られるよりも、ありがとうってお礼を言ってほしいです。そっちの方が嬉しいですから」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「君が…自分を?」
「いえ、手当てをしたのはリーアスさんで私は何もしてないんです」
「それでも、今は君に助けられている。ありがとう……本当に」
そう言うと少女の頬は少し赤みを帯び、落ち着きなく動いていたのが噓のように固まった。数秒、気まずい空気が漂う。
「……君の名前を教えてくれないか?」
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。私の名前はアマネと言います、貴方のお名前はなんて言うんですか?」
「自分の名前は……」
「はい」
「自分の……名前ハ…」
「どうしました?」
「自分ハ……」
少女、アマネに尋ねられ答えようとした時、頭にモヤがかかったような感じがした。自分の名前が分からない。今まで何をして生きてきたのか、家族や友人はいたのか思い出そうとすると鋭い痛みが走り頭を抱える。何も覚えていない。その事実を認識すると焦燥と恐怖でごちゃ混ぜになった。
「自分は、誰なんだ?」
「へ?」
「思い…出せないんだ。自分が何者でどんな名前だったのかも……」
アマネが言葉を失っていると戸を開ける音が聞こえた。
「おや、目が覚めたんだね」
「長おさ!」
「手伝いをしていたアマネが居なくなったとリーアスから聞いてね。もしかしてと思って来てみたんだが……彼は一体どうしたんだい?」
「それが……」
長と呼ばれる人に何やら話し込んでいる間、軽い放心状態でにあった。
「ふむ、酷な話だが失った記憶はいつ思い出すかも分からない。それが明日か数年後かは誰もね」
「そんな……」
「今はまだ、休んだ方がいいだろう。話はその後にでもできることだ」
「…そうですね」
「自分…は…」
「なに、あまり落ち込む事は無い。そのうち思い出すかもしれないからね。今は身体を治すことに専念するといい」
「………わかり、ました」
「明日またここに来るとしよう。行こうか、アマネ。リーアスが怒ってないといいのだけどね」
「は、早く戻らないと!……また来ますので、ゆっくりと休んでくださいね!」
「ああ…」
・ ・ ・ ・
激痛が走り、強制的に目が覚める。
「……痛…ゥ」
辺りを見渡すが、どうやらここには自分しかいないようだ。痛みに悶えていると足音が聞こえてきた。
「まだ、痛みますか?」
「ああ…」
「少し汚れていますから拭きますね」
水が張った桶に布を浸し自分の顔を拭う。暫くして、身体の調子も全快とは言えないがだいぶ良くなってきた。
「良かった。顔色も良くなってきていますし、体調も安定してきています」
「随分と世話になってしまったな」
「助け合うのが大切なことだと教わりましたので」
「それは、いい教えだな」
上半身だけ起き上がり、軽く動かしてみるが痛みは前ほどない。どこかに出歩く分には大丈夫だろう。
「もう、平気だ。心配をかけた」
「………出歩くなんてダメですからね」
まるでこちらの行動を先読みしているかの如くピシャリと言い放った。
「ほ、本当に身体はなんともないぞ?それにだな、いつまでも世話になりっぱなしでは流石に居心地が悪いというか…」
「……それで傷でも開いたらどうするんですか?」
(痛いところを突いてくる…)
恨めし気に視線を送るとぷいっと顔を逸らされる。このままでは最悪数日間何もできない。何もしないで生活するのというのは願ってもない事だが、こちらも命を救って貰って未だ世話になっている手前、居たたまれない。せめてここのお偉いさんに言いそびれた礼を言っておきたいところなのだが……。
「昨日より元気そうで何よりだ」
「貴方は確か…」
「名乗るのが遅れてしまい申し訳ない。私はモルネアという、ここの長だが、名ばかりでね。ただの老いぼれに過ぎないさ」
そう言って穏やかに微笑む長と名乗る老人……ではなくモルネアさん。挨拶を程々にかわし、これ幸いと礼を口にする。
「見ず知らずの自分を助けてくださり、ありがとうございました」
「……私はただ了承したに過ぎない。礼があるのなら、そのヒト達に言ってくれると私は嬉しいよ」
「…しかし」
「それでもと言うのなら、自分の足で礼を言いに行くといい」
「――!」
驚くアマネと戸惑う自分にまるでいたずらに成功したかのようにモルネアさんは静かに笑った。
「歳をとると耳が遠くなってしまうと聞くのだが、どうやら私は例外なのかもしれないね。気を悪くしてしまったなら申し訳ない」
「いえ……自分はまだ、何も返せていませんから」
「…私は反対ですからね」
「いい返事だ。そんなに彼が心配ならば、アマネが彼の監視役になって無茶をしないように見張るといい。また倒れでもしたら大変だからね」
「……へ?」
「アマネ、頼んだよ」
モルネアさんの言葉に顔を赤くし、慌ただしくなるアマネから身体ごと自分へと向き一つ咳をして話し始めた。
「さて、出歩くのはいいがその裸同然では行くに行けないだろう?」
言われて気付く。薄着に隠れているが身体の至る所に包帯が巻かれている。加えて、所々引き裂かれている。衣服らしい物を何一つ身に着けていない状態であった。
「そのままだと寒いだろう。息子の古着を持ってきているんだが、君がいいのなら着ていきなさい」
「いいんですか?」
「ああ、もう随分と使われていなくてね。多少汚れているが、気にしないでくれ」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「なに、困った時は助け合いさ。アマネ、彼の着付けを手伝ってくれ」
「はい」
立ち上がり、両手を上げモルネアさんとアマネの二人に着付けをさせてもらう。最後の帯をアマネが結び、離れる。着込んだ姿を見た二人は満足そうにしていた。
「少々背丈が合わないかと心配だったが、これなら安心だ」
「それでは、自分はもう行きます」
「ああ、行ってきなさい。くれぐれも体には気を付けるんだよ。それとアマネ、彼のことを頼んだよ」
「無理しないようにしっかりと見ておきます」
「ああ、しっかりと頼んだよ」
アマネに支えてもらい立ち上がり、玄関の扉を開けようとして、モルネアさんに呼び止められる。
「呼び止めてすまないね」
「いえ。どうしたんですか?」
「君の名前だよ」
「自分の?」
「ああ、名が無いというのは色々と不便だろう?君に会った後考えていたんだ。君の名はコハク。これからはそう名乗りなさい」
「……はい」
「これで貴方の名前を呼べますね、コハクさん!」
アマネから自分の名前を呼ばれる。胸の奥からじんわりと温かな想いが溢れるようなものを感じた。
「ありがとうございます、モルネアさん」
「気に入ってもらえて何よりだ。くれぐれも無茶をしないようにね」
「ええ、分かっています」
「本当ですか?」
アマネの言葉に苦笑いを浮かべながら頷き、村の探索を開始した。
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