紡ぐもの

@eidan

序章

目覚めー1

『――ちゃ―!』




 何処からか声が聞こえる。だが、自分は今凄く眠いんだ。その声を無視して眠りにつこうとする。




『――くお―て!!』




 抵抗の意思を見せようとするが毛布を声の主にひったくられ、為す術なく自身の身体を暖めてくれた存在を失ってしまった。こうなってしまっては起きないという選択肢が無くなってしまったので仕方なくベットから降りる。




『おじちゃん!せっかく、あたしが遊びに来たのになんで寝てるのさ!!』




 どうやら、小さなお姫様が直々に起こしに来てくれたらしい。自然と頬が緩む。さて、このお姫様に言い訳を言わせて貰おう。




『ああ、すまんな■■■。だがな、これには物凄く底が見えない程の深ぁーーい訳があってだな…』




『もう、そんな事言って。誤魔化されないんだからね』




 フンスッ!と胸を張っている姿は可愛らしい。さて、困ったな。自分の頭を掻きながら反対の手で■■■の頭を撫でる。適当に言い訳を考える。






〔設定……たプログラム……り、……状態を解除……す〕





 それから、■■■になんて言い訳をしたのだろうか。





〔おは……ご…います。貴方……目覚めが良いもので……ます…うに〕





 その酷くノイズ混じりな機械音声を聞き終わると同時に、視界が暗転した。







 ・ ・ ・ ・








 何かの音で、目を覚ました。痛む身体を起こし、自分の入っていたであろうカプセル?の中から降り、自分が寝ていた部屋から廊下にあたる通路を歩きながら、あるかも分からない出口目指す。通路は薄暗く、明かりが僅かに灯っていることが確認できた。ボンヤリと働かない頭をなんとか動かし、運動不足なのか何度も転びそうになる。声を出そうにも喉からはガラガラな声しか出ない。暫く歩き続け、出口と思われる一つだけ大きな扉を見つけた。しかし、回路が繋がれていないのか近くにある開閉ボタンを押してもビクともしないが、どうやら完全に閉じられている訳ではなく隙間が空いていた。その隙間に無理矢理自分の身体を押し込み、やっとの思いで外に出ることが出来た。


「………ぅ」


 外に出た瞬間、暗い所にいたせいか陽の光が眩しすぎて思わず顔を顰めた。少しして、目が慣れてきてから辺りを見渡すとそこには美しい銀世界があった。


「……おぉぅ」


 と感動して漸く声を出せるようになった事を確認。身体を解しながら、深呼吸を数回繰り返す。意を決して歩き始めた。


「――ヘックシ!」


 歩き始めて暫く経ち、ザクザクと雪を踏む足音を聞きながら足をひたすら動かす。裸足で歩いているため酷く痛む。それに、今着ている服……というには少々疑問に思うがこの際もう服でいいだろう。生地が薄く、それしか着込んでいないこともあり急激に冷え込む身体を何とか暖めようと腕をさする。気休め程度だが、少し和らいだ気がした。


「……何処なんだ?ここは…」


 周囲を見るが隙間なく木々が立ち並び、まるで包み込んでいるかのようだ。雪がちらつき、まるでここだけ現実の世界じゃないみたいだ。


(さ、寒いなんて次元じゃない。このままだと、比喩抜きで氷漬けになってしまう!自業自得だが、安易に外に出るんじゃなかった!)


 戻ろうにも、来た道を覚えておらず、どの道を戻ればいいのか分からないでいた。


(確実に遭難してしまった。この場合、無理に動こうとせずにこの場にとどまればいいのだが……)


 しかし、それには一つの条件がある。


「はたして、自分を探している者がいるのか……」


 当然、今の現状を見るにいないだろう。希望的観測も早々に無くなり、肩をガックシと落とす。ため息を心の中でつきながら考える。


(自分がどうしてあそこにいたのかも分からない状況で救助を期待するなんてしない方がいい。そうなると、危険の上でこの場から動いた方がいいな。幸い、まだ明るい。暗くなる前に移動しよう)


 一歩前へと歩いた瞬間、背中に悪寒が走る。突然のことにその場に突っ立ってしまう。冷汗が頬を伝った。


(な、何だ?さっきのは……)


 言いようのない不安に駆られたが、落ち着こうと息を吸おうとした時、近くから大きな音が聞こえた。


「うぅわぁああ!!」


 音の正体が鳥である事に気付き、ほっと息を吐いた。


「……鳥……か………驚かすなよな……」


 鳥たちは何かに怯えるように鳴き喚いている。


「……やけに騒がしいな」


 何やら様子のおかしい鳥たちを見上げていると、ゾクリっと悪寒が走り、息を吞んだ。得体の知れないナニカに睨まれているような気分になる。


(…またか……一体何だというんだ)


 視線を感じる方向を見る。すると、木々の間から大きな黒い物体を見つけた。その物体は大きく、全体的に黒い毛に覆われ2つの赤い点を見つけた。それが目だとわかった瞬間、身体が勝手に動き駆け出した。


(不味い!目が合った!!)


 あの瞳には確実に敵意や殺意があった。あのままなにもせず突っ立っていたなら自分は瞬きする間にもう此の世にはいなかっただろう。そう確信させる何かがあの瞳から読み取れた。


(ゆ、夢だ!それか幻!もしくは仮想空間!こんな馬鹿でかい熊の様なものなんぞ現実にいるわけがないだろう!?)


 息を切らしながらけれどもペースを落とさず走る。一直線に走るのは愚行である為、気休めだが右へ左へジグザグになって走る。


(とにかく、逃げなければ!少しでもペースを落としてみろ、喰われてしまう!!)


 少しでも距離を取ろうと一心不乱になりながら走り続ける。


「ガルルルルルウゥゥウァァア!」


 その時、轟々と力強い獣の咆哮が鳴り響いた。その行為は獲物を見つけ、今から狩るための宣言をしているかのように感じ取れた。そして、自分以外の足音の他にズシリと重い足音が真後ろに聴こえてきた。振り向かず、草木をかき分け木々の間を通りなりふり構わず走り続けた。数分あるいは数十分走っただろうか。何度目かの草木をかき分け、見た光景に思わず顔を引き攣った。


「クソッ!行き止まりか!」


 その先に道はなく、あるのは憎らしいほどの絶景とも言える景色だった。まさに断崖絶壁。下を確認するが少なくとも落ちたら良くて重症、悪くて死亡と言った所だろう。他の逃げ道を探そうにもすぐ近くに獣の息遣いが聞こえる。後ろを振り返ると……居た。まるで小さな山の様に大きな体を四つの足で支え、口を大きく開け鋭い牙が前歯から奥歯まで見えており端から涎が溢れている。


(ここで………終わりなのか?)


 向こうも学習したのか赤い瞳は此方を見ながらじわじわと近寄ってくる。それに気圧され、一歩後ずさる。崖の先端が崩れたのだろう、体が重力に従いゆっくりと下へと落下した。突然の事に理解が出来ず、やっと脳の処理が追いついた頃には驚いて叫んでいた。


「う、うわあぁぁぁぁああぁあぁ!!」


 そうしている間にも地面との距離が縮んでいき、何とか受け身を取ろうとしている間に地面と接触した。大きな衝撃に耐える暇などなく、肺から空気が一気に抜け、全身からの痛みに耐えられずそのまま気を失った。








 ・ ・ ・ ・








 頭が割れるように痛む。呼吸をする動作をするだけで、胸の奥が燃えるように熱く爛れる。だが、指の一本動かせない我が身はただただこの苦しみから解放されたいと願い続けるしかない。




「――グッ!…………ガァァッ!!」


「――――です」




 その時、声が聞こえた。その声はまるですべてを包み込み、永久の安らぎを与えてくれるような。そんな、優しく、慈愛に満ちた声だ。




「……ココ……ハ…」


「―丈夫ですから、余り動かないでください。余り動くと傷が開いちゃう……」




 聞き間違いなどではなく、今度ははっきりとに聞こえた。




「安心してください。貴方を害するものはここにはいませんから。ですが、それでも不安にと思うのでしたら、少しだけ手を貸してください」




 声に導かれるように、なんとか手を差し出す。彼女はそっと自分の手を包み込むように握ると、微笑んだ。その笑顔を薄目で見た自分はなぜだか、ひどく安心して身を預けるように眠りについた。


「――――大丈夫、大丈夫ですからね。今はただ、安らかに……」

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