第16話 カーヤの最終試練。そして……

「推して参るぞ!」


 カーヤが抜刀して、一気に騎士ゴーレムとの距離を詰める。生来の足腰のバネに加えて、陽光流魔剣術で鍛えた瞬発力が加わって、物凄い加速でカーヤは突撃した。


「陽光流魔剣術・四段目――――『雷閃』!」


 突進の勢いを利用して、中段の構えから目にも留まらない動きで突き技を放つカーヤ。まるで雷の閃光のような一撃は、しかし騎士ゴーレムの盾に阻まれて傷をつけることはかなわない。


「まだまだだぞ! ――――九段目・『虚空』!」


 鍔迫り合いのような体勢から、カーヤは体格差をものともせずに相手の巨躯を吸い寄せ、そのまま弾いて騎士ゴーレムのバランスを崩す。そうして隙が生まれたところを狙って、今度は大振りな一撃をお見舞いした。


「――――二段目・『驟雨しゅうう』!」


 上段の構えから振り下ろされる、激しい雨のような一撃。騎士ゴーレムは慌ててそれを受け止めようと剣を持ち上げるが、間に合わずに肩に直撃を喰らう。


「――――――――」


 声帯がついていないので声こそ発しないが、それでも私には騎士ゴーレムの絶叫が聞こえたような気がした。今のは確実にダメージが入っているに違いない。

 ……そこに油断が生じたんだろうか。騎士ゴーレムは予備動作抜きに跳ね起きると、その巨大な盾を振り回してカーヤにシールドバッシュを喰らわせたのだった。


「うわああっ!」


 ひとたまりもなく何メートルも吹っ飛ぶカーヤ。ただでさえ体格差があるのに加えて、気の緩みがあったところを突かれたのだ。回避のしようがない。


「カーヤ!」

「うぐっ、……だ、大丈夫だ。リゼットちゃん!」


 そう言うカーヤだけど、顔は痛みに歪んでいる。今のでどこか怪我をしたのかもしれない。私は最終試練が終わった時のために、あらかじめ回復魔法を待機させておく。


「あたしはリゼットちゃんを守るために強くなるんだ。……こんなところで立ち止まってらんねーんだぞ! うおりゃああっ、三段目・『蒼穹』!」

「――――」


 見るからにフラついていたカーヤだが、なんと彼女は気合でそれを乗り切って下段の構えから鋭い剣戟を一振り。相手の巨躯を吹き飛ばし、騎士ゴーレムは強制的に空を仰がされることになる。


「ま・だ・ま・だぁあああああ! ――――八段目・『嵐』!」


 予測不可能な荒々しい動きで騎士ゴーレムを翻弄するカーヤ。相手は盾で守りながら反撃の機会を窺っているが、カーヤはそれを許さない。


「――――六段目・『狭霧さぎり』!」


 霞むほどの素早い動きで、カーヤが騎士ゴーレムの背後に回り込む。騎士ゴーレムに視覚があるのかはわからないが、その何かしらの知覚センサーの処理速度を振り切ったカーヤの動きに、相手はついてこれていない。がら空きの背中に思い切り横薙ぎの一撃を入れるカーヤ。ここではっきりと騎士ゴーレムの身体ボディに傷が入る。火花を上げながら後ろを振り返る騎士ゴーレムだけど、もうそこにはカーヤはいない。


「――――」

「これが最後だぞ」


 カーヤと騎士ゴーレムの距離は随分と離れている。カーヤを倒そうとゴーレムは駆け出すが、カーヤは落ち着いた様子で深呼吸をして、そのまま納刀した。

 しかしそれはカーヤが戦いを諦めたからではない。むしろその逆だ。最強の一撃を放つための準備段階。カーヤの全身の魔力が活性化していくのが感じられる。


「――――十段目・『天之川』」


 僅か一瞬。まさに攻撃の瞬間だけ、一時的に人間の限界を超えた身体能力で、カーヤが騎士ゴーレムに斬り掛かる。最後の最後、絶対に外せないタイミングにしか放てない、一撃のみにすべてを集中するカーヤ最強の一撃。


「――――――――」


 ――――ドォォォオオオオンッッッ!!!!


 まるで雷でも落ちたかのような爆音が演習場内に響き渡る。二メートルはあった騎士ゴーレムは、金属でできた胸部装甲がぺしゃんこに潰れた状態で吹き飛んでいき、壁に激突する。

 土煙が辺りに立ち込める。痛いくらいに心臓が鳴っているのがわかる。


「……どうなったの?」


 やがて土煙が晴れて視界が開かれると、完全に壊れてぴくりとも動かなくなった騎士ゴーレムが壁に寄りかかって倒れているのが見えた。……どうやら勝ったみたいだ。


「カーヤ!」


 攻撃を放った位置で、残心の姿勢を保ったまま立っていたカーヤ。ふらりと揺れて倒れそうになるのを、慌てて駆け寄って支えてやる。


「か、勝ったぞ。リゼットちゃん……。これであたし、免許皆伝だ」

「凄いよ、カーヤ。かっこよかったよ!」


 文字通り、すべての力を一撃に込める『天之川』は、一度放つとしばらくの間は戦闘不能になるみたいだ。これは本当に切り札、軽々しく使えない技だね。

 ただその分、威力は申し分ない。これならどんな相手が来たって……それこそ分厚い装甲を持ち、陸の王とすら言われるベヒモスだって倒せるかもしれない。


「カーヤは強くなったよ。もう立派な私の騎士様だよ」

「そうか? ならよかったぞ! ……あいたたた」

「カーヤ! 怪我見せて」


 そういえばさっき、騎士ゴーレムの攻撃を受けてどこか痛めた様子だったのを思い出した。準備していた回復魔法で幹部を『診察』、『回復』してやる。


「あたしはもっと強くなるから、待っててくれ!」

「もう充分に強いと思うけどなぁ」


 ぐったりとして動けないカーヤを労りつつ、この恐ろしく強い、それなのにどこかほっとけない可愛らしい騎士様を思いながら私は苦笑いを浮かべるのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る