第15話 『速読』

 ……というのがここまでのあらまし。ひと月くらい前に魔力の固定化実験に成功した私は、事実上無制限の魔力を手に入れた。

 そこからの成長は早かった。なにしろ無限の魔力が使えるのだ。魔導書を読んで新しい魔法の使い方を理解したら、すぐにその場で練習ができる。何度も何度も成功するまで魔法を使い続けられるのだ。おかげで既に数十もの魔法が使えるようになった。

 変わったことはまだまだある。魔法が使えるということは、生活に必要な火や水が自在に生み出せるようになったということだ。だからここ数週間ほどは、毎日のように広い浴槽に熱々のお湯を満たして温泉ライフを楽しんでいる。カーヤと二人で一緒にお風呂で洗いっこしたり、お湯をかけあったりして遊ぶこともしょっちゅうだ。

 最近は栄養状態も改善されてカーヤも私も成長期に入ってきたのか、ちょっとずつ身体の各部が大きくなりつつある私達だったりする。おかげで日に日にカーヤが女性的でエッチな身体つきになってきているので、一緒にお風呂に入る度に少しだけ緊張してしまうのは内緒だ。それなのにカーヤときたら昔と変わらず無邪気な態度ではしゃぐもんだから、私的にはたいへんマズい感情が湧き上がってくることも少なくない。なんというか、共同生活崩壊の日が着実に迫ってきているような気がする。おかしいな。私は一応、異性愛者だった筈なんだけどなぁ……。


「さて、雑念が混じってるようじゃ学問は身に入らないよね。集中、集中! 今日も今日とて読書といきますか」


 頬をパンと叩いて気合いを入れると、読みかけの本を開いて昨日の続きから読み始める。


「『世界を知り、己を陶冶とうやして、以て自らが叡智の生みだす礎となれ。――――速読』」


 この魔法は、つい最近覚えた速読を可能にする魔法だ。まだ使い慣れていないせいで一時間くらいで効果が切れてしまうけど……この魔法のおかげで読破スピードは劇的に向上した。以前までは一日に一冊から、良くて二冊が限界だったけど、『速読』を覚えてからは一〇冊以上はコンスタントに読めている。この調子ならお婆ちゃんになるのを待つことなく、ここにある本すべてを読破できてしまえそうだ。


「よし、頑張るぞ!」


 今、私はこの生活が楽しくて楽しくて仕方がない。昔から大好きだった読書をしながら、魔法の修行に励む。着実に自分が成長できているのが実感できて、やる気も増える一方だ。

 古代魔法文字で書かれたページをペラペラとめくり、次々に読み進めていく私。さあ、今日はいったいいくつの魔法が使えるようになるかな。


     ✳︎


「じゃあリゼットちゃん。見ててくれ」

「うん、頑張って。カーヤ」


 それから更に時は過ぎ。私達が古代遺跡にやってきてから二年が経過していた。あれからずっと森の外には出ていない。食料調達も兼ねて、何度か近場の森までは出ることもあったけど、人が通るような街道には近づかないようにしていた。

 そろそろギュンターによる捜索の手も緩まったんじゃないかと私は踏んでいるけれど、気は抜けないからね。年端も行かない少女二人が生きていけるほどこの世界の森は甘くないので、おそらくギュンターには死んだと思われているだろう。ただ、目撃情報が上がれば捜索が再開されないとも限らない以上は、不用意な接触は避けるべきっていうのが私とカーヤで話し合った結論だ。

 そんなこんなで、私達はどんな脅威でも撃退できるくらいの力がつくまではお互いにここで修行を続けることを選択した。私は読書と魔法の修行を、カーヤは陽光流魔剣術の修行を、毎日の日課としてこの二年を過ごしてきた。

 カーヤにとって、今日はその集大成を見る日。彼女が取り組んできた修行の成果が、今ここで私にお披露目されるというわけだ。


「よし、いくぞ。……設定はレベル一〇。最終試練モードだ」


 魔道具にコマンドを打ち込んで、難易度を最大レベルに設定するカーヤ。二年にわたる修行の果てに、カーヤは免許皆伝の一歩手前まで実力を高めていた。

 ――――ゴゴゴゴ……と音を立てて、全身を甲冑で包んだ騎士のゴーレムが生み出される。その出立ちや雰囲気は、これまでの練習用ゴーレムとは比較にならないほどの力強さだ。剣術では素人の私にさえ、その迫力が伝わってくるレベルである。

 カッ、と騎士ゴーレムの目が光った。次の瞬間、私はあまりの気迫に後退ってしまう。カーヤは微動だにしていないが、臨戦態勢に入ったみたいだ。


「推して参るぞ!」


 カーヤの最終試練が始まった。

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