第11話 大図書館

「なんか、ついこの間まで人が住んでたみたい……」

「ぜんぜん汚くないぞ」


 扉が無事に開いたので、私達はそのまま遺跡の中へと足を進めていた。中は埃一つ落ちていない。古代魔法文明っていうくらいだから二千年以上は時間が経っている筈なのに、まったく経年劣化の痕が見られなかった。


「状態保存の魔法でもかかってるのかな?」


 だとしたら、ここには古代人が逸失させたくなかった貴重な資料が数多く残っている筈だ。これは期待大だね。


「奥に行ってみよう」

「あたし、なんかわくわくしてきた!」


 肩に下がったツインテールをぴこぴこ揺らしてカーヤが元気に跳ねている。なんか子犬みたいで可愛いね。


「見て見てリゼットちゃん! すごい数の本だ!」

「えっ! 本⁉︎」


 奥の扉を開けたカーヤが叫んだ。本と聞いて私は思わず駆け寄る。


「凄い……! 古代魔法文明時代の大図書館だ……!」


 小学校の体育館か、それ以上の広さの空間を埋め尽くす本棚の数々。その一つ一つに端から端までぎっしりと本が詰まっていた。


「うわぁああ……っ!」


 近くにあった本棚から一冊、手に取って見てみる。重厚な装飾が施された、革張りの立派な本だ。ページをめくってみると、古代魔法文字やルーン文字がびっしりと書かれている。


「読めない……けど、凄い! カーヤ、お手柄だよ!」


 私は半ば狂喜乱舞した状態で図書館の中を駆け回る。こんなにたくさんの本があるなんて、まるで夢みたいだ。こんなに広い図書館がこの世界にもあったなんて、こうして実物を目の前にしてみても未だに信じられない。それこそ前世の日本でもあんまりお目にかかれなかった規模だ。県下一の中央図書館か、有名大学の図書館級の蔵書量に匹敵するだろう。 

「これが全部読み放題なんだ……!」


 ギュンターのところで(勝手に)拝借して読んだ本の知識があるから、古代魔法文字でもある程度なら読むことはできる。とはいえ、それは英語でいうなら中学一年生レベルの単語と文法がわかる程度のもの。本を読むのに必要な知識にはほど遠い。

 それでも。私はこれを全部読んでみたい。まずは簡単な、今の私でも読めそうなものから一冊ずつ始めていこう。そして最終的には……自分の本を書いてみたい。

 ここにいるのは私とカーヤの二人だけ。だからもし私が本を書いても、読んでくれるのはカーヤくらいしかいない。それでも私は自分の本を書いてみたい。そしてこの無限に等しい本達の端っこに、自分の本をそっと並べさせてもらおう。それができたらもう幸せで死んでしまうかもしれない。


「ちょっとだけ読んじゃおう……」


 ここが古代遺跡だと判明したはいいものの、居住スペースがちゃんと存在しているかの確認は必須だ。だけどあまりにも本の中身が気になってしまった私は、ついつい一冊手に取ってしまう。


「うっ、難しい……けど、まったく読めないわけじゃない!」


 ああ、古代魔法文明時代の単語帳が手元にあったらどれだけよかったか! ギュンターに捕まるリスクを背負ってでも、今から街に向かって本屋に向かいたいくらいだ。


「……へぇ。この本は魔法の発動原理について書いてあるんだ……」


 実際に街に向かうわけにはいかないので、諦めて大人しくそのまま読み続ける私。周囲から音が消えて、静謐せいひつな大図書館の中にまるで私一人しかいないような錯覚に陥る。

 なるほど……、魔法の発動にはいくつかパターンがあるけど、古代魔法文明時代にはルーン文字しかなかったんだ……。

 へぇ……、詠唱はルーン文字の応用なんだね……。

 …………。

 ……。


「リゼットちゃーん? おーい。聞こえてるかー?」

「はっ! カーヤ⁉︎ 今何時⁉︎」

「窓が無いから時間はわかんないぞ」

「そうだった……」


 夢中になって読みふけっていたら、いつの間にか結構な時間が経っていたみたいだ。カーヤに声を掛けられて、すっかりお腹が減っていたことに気づく。


「ご飯できたぞ!」

「あっ、準備してくれてたんだ。ありがとう」


 私が本の虫になっている間に、カーヤは食事を用意してくれていたみたいだ。生活拠点になりそうな場所が見つかったからか、今日のメニューはいつもよりも心なしか豪勢な気がする。


「いただきまーす」

「いただきます」


 サバイバル飯なのにちゃんと美味しいカーヤの手料理を味わっていると、カーヤが肉にかぶりつきながら話しかけてきた。


「さっき遺跡の中を色々見てみたんだけど、図書館のほかにもいろんな部屋があったぞ」

「へえ。どんな?」


 どうやら私が使い物にならなくなっている間に、遺跡の中を色々見て回ってくれていたみたいだ。感謝だね。


「ふつうに生活するための部屋とか、厨房とかかな。ベッドも見つけた」

「ベッドが!」


 それはありがたい。流石にここ数日のサバイバル生活で、いい加減身体の節々が凝り固まってきていたところだ。ベッドで眠れるのはとても助かる。


「お風呂もあったぞ!」

「お風呂!」


 もう至れり尽せりって感じだ。古代人はわざわざ辺鄙へんぴなところにこんな立派な施設を作ったりして、いったい何がしたかったんだろうね。


「あとは……広くて何も無い部屋もあったかなー」

「広くて何も無い部屋?」

「うん。なんか軍隊の演習場みたいな感じだったぞ」

「演習場……」


 ひょっとしたらこの遺跡は、かつて古代魔法文明が隆盛を誇っていた時代の訓練施設だったのかもしれない。それが学園なのか軍の施設なのかはわからないけれど……もしそうだとしたら、大量に保存されていた貴重な資料とか、やたらと立派な設備とかにも説明がつく気がする。流石に個人でこの規模の施設を所有するのは、いくら古代人でも難しいに違いないだろうし。


「あと探してみたけど、やっぱり人は誰もいなかったぞ」

「まあ、そうだよねぇ」


 建物の様式やら遺された資料を見る限り、ここが古代魔法文明時代の遺跡であることはまず間違いない。そして私達の住む国の隣にあり、現状存在する国の中で最も長い歴史を持つ皇国が成立してから一五〇〇年ちょっとであることを考えると、確実にこの遺跡は二〇〇〇年は時間が経過している筈なのだ。

 皇国ができるよりもずっと昔。「魔人のくびき」と呼ばれる、人類が魔人に支配されていた時代は数百年ほど続いている。その間に多くの遺跡や資料が魔人に荒らされたり、野盗に盗掘されたりして逸失してしまっているのだけど……ここは違う。この洞窟の迷宮は、他の遺跡とは違ってまだ誰にも踏み荒らされていない。誇張なしに当時のままの姿を残しているのだ。


「決めたよ、カーヤ」

「何を?」

「私、ここにある本を全部読破する」

「……い、いくらリゼットちゃんでも流石にそれは難しいんじゃないのかな。これだけたくさん本があるんだし、おばあちゃんになっちゃうぞ」

「頑張る!」

「そっか。じゃあ、あたしも何かがんばれるものを見つけるぞ!」


 カーヤが脳筋で助かった。頑張ってどうにかなる類のものではないような気もするけど……まあ全部読むと決めてしまったものは仕方ない。私は全部読むよ、絶対に。

 そしてカーヤにも、何か夢中になれるものを見つけてほしい。


「そうだね。これだけ広い遺跡なんだし、きっと何かあるよ」

「できたらリゼットちゃんを守れるくらい強くなれるものがいいぞ」

「頼りにしてるからね」


 私はここにある本を全部読みたい。そして、もし全部読み終えたら、今度は私が書く側に回りたい。

 大丈夫。ここには私の自由を脅かすものなんて何もないのだ。私は、私達は自由になったんだから。


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