第10話 古代遺跡

「ん……、寒っ」


 真夜中。時刻はわからないけど、肌寒さを感じた私はふと目を覚ました。追われていて急いでいたから仕方がないとはいえ、毛布が無いのが悔やまれる。せめてもう少し厚着を……外套くらい羽織ってくればよかったと後悔してももう遅い。

 明日は草とか葉っぱみたいな保温性の高いものをたくさん拾って絶対に居住環境を改善してやるぞ、と心に誓って私は再び寝床(床といってもほぼ岩の地べただけど)に寝転がる。


「おトイレ……」


 少し寒かったせいか、自然が私を呼んでいるみたいだ。広いとはいえ流石に洞穴の中で用を足すのもなんか嫌だし、億劫おっくうだけど外に出るとしよう。はぁ、日本の温かい便座が懐かしい……。


「ん……、あれ?」


 花を摘み終えた私が洞穴に戻ってくると、さっきまでと同じ洞穴なのにどこか違和感を覚えた。なんだろう?

 カーヤはぐっすり寝ている。魔物が来たら勝手に飛び起きるので、この違和感も別に危ないものではない筈だ。

 しばらく周囲を見て回っていると、ふとその違和感の正体がはっきりした。思ったよりも穴が広かったのだ。昼間には気づかなかったけど、夜になって暗闇に目が慣れたから気づけたみたいだね。


「ちょっと暗くて怖いけど……どこまで続いてるか、見に行ってみようかな」


 大丈夫。魔物はいない。それはカーヤの反応でわかっている。小動物とか虫くらいならいるかもしれないけど……そのくらいなら許容範囲だ。だって別に襲われたりしないからね。

 それに、今は恐怖心よりも好奇心のほうが勝っている。昔から、気になりだしたら解決するまで収まらないのは私の悪い癖だ。その癖が読書好きの習慣をつけたのだと思うと、必ずしも悪いことばかりじゃないのかもしれないけど。

 洞穴の奥は随分と先まで続いているみたいだ。予想と違って、この穴は相当広いらしい。既に私達が寝ていた場所の数倍近い距離を進んでいるけど、未だに先が見えてこない。


「うーん、駄目だ。暗い……」


 ただ、残念なことにそれ以上先には進めそうになかった。いくら暗闇に目が慣れているといっても、文字通り月明かり一つ入らない完全な真っ暗闇の中では、流石に何も見えないのだ。


「引き返すか〜……いや、待てよ?」


 ふと思い立った私は、ポケットから魔石を取り出す。


「確か魔石って……魔力を引き出すと光るんだよね」


 魔石に魔力を注入するのは魔道具がないと不可能ではないにせよ、非常〜〜っに難しい。ただ、魔石から魔力を引き出すだけなら誰にでもできる。その引き出した魔力を自分に再吸収することは、これもまた非常ーーに難しい話なので、私にできるのは引き出した魔力で魔道具を起動させるか、ただ光るのを眺めることくらいだけど。

 とりあえず今ここで必要なのは明かりだ。森狼フォレストウルフ戦の際にコツを掴んだのか、魔道具無しでも少しずつなら、効率は何十分の一にも落ちるけど魔石に魔力を充填できるようになった。だから魔力なら後でいくらでも注入してやればいい。魔石さえ残っていれば問題はない。


「さて、どのくらい先まで照らしてくれるかな……っと」


 私が取り出したのは魔法ギルドから持ってきたゴブリンの魔石。魔力容量自体はあまり大きくないから、光量もそこまでないし、あまり長持ちもしない。でも、真っ暗な洞穴を照らすには充分な明るさだった。


「わぁ……、まだまだ先があるよ。びっくりだね」


 もう軽く一〇〇メートルは進んでいるかもしれない。ここまで歩いて、未だに魔物はおろか小動物は完全にゼロだ。虫すらほとんど見かけない。コケなんかも生えていないみたいだし……。


「まるで、最近まで埋まってた通路みたい?」


 そう。この洞穴、何故かはわからないけど、異常に歩きやすいのだ。普通、自然界にある洞窟とか洞穴は凸凹なんて当たり前、酷い時には亀裂や段差、急勾配でこれ以上先には進めない、なんてこともざらにある。なのにこの洞穴は、ほとんど障害物が無い上に、勾配すらも存在しないのだ。そんなわけがないのに、なんだか人の手が加わったトンネルを歩いている気分になってくる。


 そしてそのまま歩くこと早数分。かれこれ数百メートルほど進んだところで、ようやく行き止まりに辿り着いた。


「もの凄く広い……って、……え?」


 長い長いトンネルの最奥にあったもの。自然にはある筈がないものがそこにはあった。

 白い壁。金属光沢を放つ立派な観音開きの扉。扉には立派な装飾と、昔どこかで少しだけ目にしたことがある古代ルーン文字がびっしりと書かれている。


「これって……もしかして!」


 気がついたら、私はダッシュでカーヤのところまで戻っていた。運動が苦手な私だけど、今はそれどころじゃない。興奮と感動でいてもたってもいられない。


「カーヤ、起きて! カーヤっ」

「うーん、なんだ〜? リゼットちゃん……まだ夜中だぞ〜……」

「そんなのわかってるって! それよりも凄いものを見つけちゃったの。古代遺跡! 古代魔法文明時代の遺跡だよ!」

「んー、わかった。おやす……ん? 遺跡?」


 そこでようやくカーヤの目が覚める。聞き慣れない単語に思わず睡眠が中断されたみたいだ。


「そう! 遺跡だよ。ここの洞穴って妙に過ごしやすいと思わなかった? そりゃそうだよね。だってこの穴は人工的に作られた通路だったんだから!」


 そう考えれば納得だ。雨が降っても水が入ってこないように高い位置に入口を作ったり、不自然なほどに整地されていたり。むしろ今まで気づかなかったことが不思議なくらいだ。

 ……もしかしたら認識阻害の魔法でもかかっていたのかな? それにしてはあっさりと洞穴を見つけられたけど……。

 いや、詳しいことは後だ。とりあえず今はカーヤを連れて遺跡に戻らなきゃ。


「カーヤ、遺跡を見に行ってみよう。もしかしたら生活環境が整ってるかもしれない」


 そうしたら、こんな硬い地面で寝なくても済むかもしれない。仮に生活環境が整ってなかったとしても、古代の貴重な資料がたくさん残されているかもしれないのだ。否が応でも中を調べる必要がある。


「わかった。あたしも行く」

「そうこなくっちゃ」


 もうすっかり眠気が覚めた様子のカーヤを連れて、私は今来た道を再度行く。これで夢オチ、なんて結果だったら私は悲しみで死ねるかもしれない。実際には死なないけど!

 そしてまた数分ほど歩くと、やはり立派な金属製の扉がそこに鎮座ましましていたのだった。


「やっぱり……夢じゃない」

「これは……すごいな!」


 カーヤもまた驚いていた。もありなん。こんなのを寝起きに見たら、眠気なんて吹っ飛ぶだろうね。

 扉のサイズはかなり大きい。高さにして五メートルはあるんじゃないだろうか。大型トラックだって軽く通過できてしまうサイズ感だ。


「……入ってみる?」

「……魔物の気配は無いから、たぶん大丈夫だぞ」

「じゃあ……行くよ」

「うん」


 私は扉に近づいて、思いっきり押してみる。


「ふんっ…………‼︎」

「びくともしないぞ」

「て、手伝って……っ」

「まかせろ! ふんぬっ……‼︎」


 それから数分後。汗を流し、息を切らせた二人の少女がそこにはいた。


「ぜ、全然開かないぞ……」

「なんでぇ〜……」


 まあこんな五メートルもある巨大な金属の扉を、一二歳の女の子二人で開けようとすること自体が間違ってるよね。普通に考えて開くわけがない。


「はぁ〜、ここまできてお預けかぁ……」


 期待していた分、ショックも大きい。急にやってきた脱力感に思わずへたり込む私。


「……ん?」


 すると、ちょうどその位置から見えるところに、思わせぶりな魔石がはまっていることに気がついた。

 扉自体は五メートルもあるくせに、その魔石は高さ一メートルくらいの場所についている。こうやって下から見ないとまず発見できないだろう位置に、だ。


「これじゃん……」


 暴発しないように気をつけつつ、魔石に魔力を注いでみる私。

 ――――ゴゴゴゴゴ……

 こうして、前半の苦労はどこへやら。あっさりと古代遺跡の扉は開いたのだった。




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