古代遺跡編

第9話 洞窟発見!

 森狼フォレストウルフを倒した私達は、血の匂いが周囲に広がる前に急いでその場を離れることにした。匂いに釣られて肉食性の魔物が近寄ってきたら嫌だからね。

 もちろん森狼の魔石はしっかりと確保してある。ゴブリンなんかよりもよっぽど質の高い、良い魔石だ。これなら仮に森狼が群れで襲ってきても撃退できるかもしれない。まあ、森狼は群れを作らないんだけどね。

 それに命には代えられないとはいっても、魔石を武器にするというのはあまり得策じゃない。魔道具無しに魔力を注入するのが難しいということもあるし、何より魔石の単価を考えたらあまりに不経済だからだ。まあ生産性とコスト面を度外視するなら、実はそこまで悪くない攻撃手段だったりするわけだけど。

 というわけで、万が一に備えて鞄から魔石を取り出し、ポケットにいくつか忍ばせておく。できれば使う機会は来ないでほしいと思いつつも、備えないってわけにもいかないからね。

 そんなこんなで仲間の魔石で爆破される森狼達の悲運を想ったり想わなかったりしながら歩くこと早数時間。だんだんと日が傾きだした頃、周囲の景色が少し開けた場所に出た。


「ここだけ森が無くなってる?」


 鬱蒼とした森のど真ん中に、突如として現れた小さな公園くらいの広さの林冠ギャップ。向こう側は崖になっているみたいだ。よく見ると、一部が崩れてしまっている。


「この前の地震で崩れたのかな……?」


 カーヤが警戒していないので、魔物はいないようだ。洞窟とかがもしあれば、今夜のねぐらに使えるかもしれない。地震で崩れたりしないかは少しだけ不安だけど、元々この辺りはほとんど揺れない地域なのでそこまで心配する必要も無いだろうしね。


「もう遅いし、今日はここで夜を過ごそう。私は良い感じの洞窟がないか探してくるから、カーヤは火の準備をしててくれる?」

「まかせろ!」


 日本で暮らしていた頃の温かくてふかふかなベッドを思い出しながら、私はせめて雨風だけでもしのげるような穴を求めて崖の周囲を練り歩く。一〇分ほど探し回っていると、ちょうど良さげなサイズの洞穴を見つけることに成功した。


「カーヤ! 良いとこ見つけたよ!」

「今行くぞー!」


 崖の中腹辺りにあったその穴は、凹凸も少なくてなかなかに過ごしやすそうだ。地面より少しだけ高い場所にあるから、雨が降っても浸水したりはしそうにない。奥行きも広いから、サバイバルでの生活基盤を整えるまで、しばらくはここを拠点にしてもいいくらいだ。


「たしかに広いな〜」

「もしこのままずっとサバイバルが続くことになったとしても、冬はともかく、夏はここで全然問題なさそうだね」

「食糧確保ならあたしががんばるぞ」

「期待してるよ」


 ギュンターの下から離れて早数日。街道を押さえられてしまった私達は道なき道を進んでここまで来たわけだけど、整備された道に比べたら当たり前だが進行速度は相当遅くなる。だから今から近くの街に向かったところで、ギュンターの刺客が先回りして待機している可能性が非常に高いのだ。

 遠くの安全な街に身を寄せるには、もう何十、何百キロと歩く必要がありそうだ。まったく、ほとほと参っちゃうよなぁ。

 そんな距離を徒歩で進もうと思ったら季節なんて簡単に変わっちゃうだろうし、この国は大陸の北方にあるから冬がとにかく寒くて長いのだ。

 今の季節は春の終わり。本格的な防寒対策が必要になるまで、猶予は残り半年も無い。旅をしながら寒さを凌ぐための装備を整えるなんてまず不可能だろうから、一旦はここで生活基盤を整えて、寒さ対策を色々としなくてはならない。


「ま、これも自由に生きるため。絶対に私は自由になってみせる」


 そして余裕ができたら、いつか前世からの夢だった小説家になってみたい。その夢が叶うには、きっと途方もないくらいに長い時間がかかるだろうけど……、それでも私は諦めたくない。

 一度失敗した人生。せっかく二度目のチャンスを掴んだんだ。私は決してこの幸運を離したりはしないよ。


     ✳︎


「じゃ〜ん、本日の夕食は森狼フォレストウルフの塩焼きだぞ!」

「ええ……、あれを食べるの……?」


 その日の夜。日が暮れて辺りがすっかり暗くなった頃になって、ようやくカーヤお手製の晩御飯が完成した。

 メニューはつい数時間前に倒したばかりの森狼。どうやらカーヤが食事用に少しばかりお肉を切り取ってきていたらしい。


「新鮮だぞ?」

「そういう問題じゃ……、いや、食べなきゃ死んじゃうもんね……。ありがたくいただきます」


 もしこの森狼が私達を食べていたら、今頃私達はこのお肉を構成する栄養素になっていたんだよなぁ……。そう思うとげんなりして食欲が少し失せてしまうけど、これ以外に食糧が無いこともまた事実。人間、食べねば生きてはいけないのだ。


「うー……、い、いただきます!」

「ふまひぞ!」


 カーヤはそのあたりは特に気にしていないようで、美味しそうにお肉をもぐもぐしていた。実際、味は良いんだよね。だからこそたちが悪い。なんだか、食うか食われるかの殺伐とした自然界って感じだ。ああ、日本の現代文明が懐かしい……。


「塩振っただけなのに、うまいな!」

「ちゃんとカーヤが下処理してくれたからじゃない?」


 カーヤは塩を振っただけと言うけど、実際は血抜きをしたり、川の冷たい水に晒したりと色々やっていたみたいだ。私は気づいてなかったけど、休憩のタイミングでぱぱっと処理を済ませていたっぽい。どうやらカーヤは仕事ができる子みたいだ。


「ねえ、カーヤ。とりあえず防寒対策の目処が立つまではここを生活の拠点にする感じでいいかな?」

「うん。あたしはいいと思うぞ。リゼットちゃんが言うならたぶん間違いはないしなっ」


 昔からカーヤは私のことを随分と高く評価してくれているみたいで、今みたいに全肯定してくることも少なくなかったりする。信頼度が高いことは嬉しいんだけど、もし私が悪に染まったりしても簡単についてきそうでちょっと心配なんだよな……。

 まあ、カーヤだって自分の意見が無いわけじゃない。自分なりにこうしたほうがいいんじゃないかな、と思いつつ私のことを全面的に信頼しているからそういう発言になってくるのだ。だからまあ、不健全ではない……よね。きっと。うん!


「明日は果物とかないか、探してくるつもりだぞ」

「じゃあ私はここの洞穴を過ごしやすく改良する作業でもしようかな」


 私が同行しても、魔物が出たら足手まといにしかならないからね。その点、カーヤ一人なら大抵の魔物からはなんとか逃げ切れるだろうから問題はない。そもそもこの辺りには森狼以上の魔物はほとんど生息してないのだ。危険度は限りなく低い。


「は〜、うまかった! なんかお腹いっぱいになったら眠くなっちゃったぞ」

「穴の奥のほうなら風も無いだろうし、昨日よりは暖かく寝られるかもね」


 春の終わりとはいえ、まだ夏じゃないからね。どうしても肌寒さは否めない。ぶっちゃけここまでの間に風邪を引かなかったのは奇跡に近い。万が一、外界と隔絶されて医療もへったくれもないようなここで風邪なんか引いてしまったら、最悪の場合、待っているのは死だ。流石にそれだけは勘弁願いたい。


「それじゃあ、明日に備えて寝ようか」

「うん。おやすみ、リゼットちゃん」

「おやすみ、カーヤ」


 逃げて歩いて戦って、疲労困憊の私達のまぶたはもう半分閉じかけだ。まだまだ環境には恵まれてないけど、今夜はぐっすりと眠れそうだね。


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